第127回:青木淳悟さん

作家の読書道 第127回:青木淳悟さん

今年『私のいない高校』で三島由紀夫賞を受賞した青木淳悟さん。デビュー作「四十日と四十夜のメルヘン」から独自の空間の描き方を見せてくれていた青木さんはいったい、どんな本を好み、どんなきっかけで小説を書きはじめたのでしょう。それぞれの作品が生まれるきっかけのお話なども絡めながら、読書生活についてうかがいました。

その3「執筆のきっかけとなった本」 (3/4)

スーパーマーケットまでの旅―高級スーパー、デパート食料品売場ほど面白いところはない (COSMO BOOKS)
『スーパーマーケットまでの旅―高級スーパー、デパート食料品売場ほど面白いところはない (COSMO BOOKS)』
上杉 昌子
コスモの本
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四十日と四十夜のメルヘン (新潮文庫)
『四十日と四十夜のメルヘン (新潮文庫)』
青木 淳悟
新潮社
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いい子は家で
『いい子は家で』
青木 淳悟
新潮社
1,512円(税込)
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このあいだ東京でね
『このあいだ東京でね』
青木 淳悟
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――気楽に思えるようになったきっかけがあったのですか。

青木:デビュー作となる小説を書く前に、とある新古書店で上杉昌子さんの『スーパーマーケットまでの旅』というエッセイを見つけて読んだんです。もう絶版だし、著者の方を検索してもこの1冊しか出てこないので、どういう方か分からないんですが。91年に刊行されているのでちょうどバブル期の本ですね。スーパーが身近にある生活の、何気ない日常を描いたエッセイです。作り込んでいない面白さがあった。それを読んで、あ、こういう平易な、普通の文章で小説を書いてみても大丈夫じゃないか、と思ったんです。読書は時期の問題が大きいと思うので、今この本を読んでも面白く思えるかどうかはちょっと分からないんですが、その頃僕は西武線の下井草の住宅街で一人暮らしをしていたんです。自炊をしていたのでスーパーに行く日常を送っていたんですが、暇な日はちょっと遠くの店に行ってみたりもしていた。その頃にこれを読んだことが相乗効果になったのか、自分の日常的なものを題材にして書こうと思えたんです。

――「四十日と四十夜のメルヘン」はチラシ配りをしている主人公が登場しますが、チラシも身近なものだったのですか。

青木:僕もチラシ配りのバイトをしていました。本当にあのままの日常だったんです。 日常の実感を出発点にして、デビュー作ができました。

――デビュー作の時から、場所を俯瞰していて書かれているという感覚がありましたが。

青木:地図も好きなんです。昭文社の地図をよく見るんですよ。エリアごとだけの地図ではなくて、道路地図とか、いろいろ。引っ越した時にもらえる、近隣のお店の名前が書きこまれた住宅地図も好きですね。ああいうのを見ているのが楽しいんです。小説も、空間を描きたいという気持がいちばん強い。人間を描きたいというよりも、その場所を描きたい。風景というとちょっと違う。空間を書きたいんです。

――単行本の『四十日と四十夜のメルヘン』に収録されている「クレーターのほとりで」はどのようなきっかけで書いたのですか。

青木:その頃は神話にハマっていたんです。『古事記』とか『旧約聖書』の「創世記」を読んでいました。『古事記』は衝撃でしたね。それまで抱いていたイメージとは全然違っていて、神話ってこんなんでいいのかというくらい自由さを感じました。神様がものすごく人間的だし、行動の因果関係があまりないし、話もいかにも小説的な展開ではない。その衝撃で何か神話っぽいものを書きたくなって、いつのまにかああいう形のものになっていました。

――2冊目の『いい子は家で』では、家のなかを自在に動いている視点がありました。

青木:あれは勝手に住宅小説だと思いながら書いていました。実家がモデルになっているんですが、一般的な郊外の一軒家を書きたかったんです。有名な建築家が好きだとかいうのではなくて、よくチラシに間取りが載っているような、建売の住宅のほうに興味があるんです。

――そうした作品を発表していたから執筆依頼がきたんでしょうか。『このあいだ東京でね』の最後の短編「東京か、埼玉」は、建築雑誌に寄せられた個人住宅の訪問記ですよね。

青木:建築誌ってアカデミックでハードルが高い気がしたので依頼がきた時にどうしようかと思ったんですが、普通に取材してエッセイを書くというのではなく、小説にしようと思って。反アカデミズムといいますか、建築誌に載らないような文章で書きたいと思ったんです。

――その『このあいだ東京でね』は、東京の町がモチーフとなっている短編が多いですね。

青木:東京で面白いのは道路じゃないかと思うんです。道路地図を見ているのがすごく楽しい。京都や新しい地方都市だと道路が碁盤状で整然としすぎている。東京は高低差があって、歴史があって、丘の上に昔武家屋敷があったなんて話があって、昔ここに川が流れていて...というのがあって、独特の地理ですね。でも実際に町を歩いて小説を書くわけではないです。書く時に横に地図を開いておいて、それを身ながら書いていくことが多いですね。

――資料を見ながらというのは、『こないだ東京でね』の「ワンス・アポン・ア・タイム」もそうですよね。執筆時において10年ほど前になる1999年の新聞記事を眺めて書いている。あれは時間というか、過去を俯瞰しているような感覚ですか。

青木:時間を追いかけたいとか壮大な歴史を眺めたいというのではなくて、一昔前の時代への憧れがあるかもしれません。ちょっと昔、それこそ10年ほど前に目を向けたい。大きなテーマからちょっと目を背けて、三面記事的な過去の出来事を知りたいんです。現在というものはまだ混乱していて、時間が経たないと物事の評価って定まらないし......というと逃げているとか、正面から勝負していないと言われてしまいそうですが、小説がつねに最先端を追いかけなくてもいいだろうな、という思いはあります。必ずしも現在を扱わなくてもいいだろう、と。

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