第127回:青木淳悟さん

作家の読書道 第127回:青木淳悟さん

今年『私のいない高校』で三島由紀夫賞を受賞した青木淳悟さん。デビュー作「四十日と四十夜のメルヘン」から独自の空間の描き方を見せてくれていた青木さんはいったい、どんな本を好み、どんなきっかけで小説を書きはじめたのでしょう。それぞれの作品が生まれるきっかけのお話なども絡めながら、読書生活についてうかがいました。

その4「最近の読書生活&『私のいない高校』のこと」 (4/4)

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私のいない高校
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――作家になってからの読書生活はいかがですか。

青木:デビューするまではまったく開いたことのなかった文芸誌を見るようになりました。学生時代に現代文学も読むようになっていたんですが、単行本が文庫になった時点で読むくらいの環境から、本当にその時に書かれたものを雑誌や単行本で読むようになりました。デビューしていなかったら今月の新刊を読むといったところまでたどりついていなかったと思います。現代の作家では誰を読むというより、目に付いた作品をいろいろ読んでいます。

――そういえば前にインタビューしたとき、オススメ本として庄野潤三さんの『ピアノの音』を挙げてくださいましたよね。

青木:ああ、庄野さんはある時期から急に読み始めたんです。庄野さんの日記のような文章が好きで。90年代前後に発表した作品の、散文的な文章が好きなんです。とくに『さくらんぼジャム』とか。自分もああいう風に書きたいなと思います。普通の家族が出てきて、毎年同じことを繰り返しているだけなのに、面白く読めてしまうという。

――他に、これが面白かった、というものはありますか。

青木:本じゃないんですけれど...。『このあいだ東京でね』の表題作で不動産小説みたいなものを書きましたが、あれはインターネットのマンション関連の巨大掲示板が面白かったんです。マンションを買う人たちが集まって情報を交換していて、そのやりとりがものすごくて。それ以前はネットの掲示板なんて見たことがなかったのに、急にハマりました。ハマりすぎてしまって、小説を書かずに半年間ずっとそれを読み続ける生活を送ってしまいました。自分がマンションを買うための参考になるとか、そういった実利的な部分はまったくなかったんですけれど、でも面白かった。そこに人間がいて活動している感じがあって、それを観察していました。そういう意味では人間への興味はあるんです。

――心理描写には興味がないけれど、と。その後ネットはかなり利用するようになったのですか。

青木:『このあいだ東京でね』のあたりから、小説に書く言葉使いから何から何までいろいろネットで検索するようになりました。そうすると執筆が遅くなってしまうんですが、もうネットがないと書けない感じになってしまっていて、それはいいのかどうか(笑)。

――このたび三島由紀夫賞を受賞した最新作『私のいない高校』は、教室という空間を描いていて"私"という主人公のいない小説ですが、この本に関してはネットではなく古書店である出会いがあったとか。

青木:はい、某新古書店で。前々から学校の日常が書かれた本を探していたんです。数年間ずっと探し続けていたんですが全然なかったんです。学校の先生で本を書くという人はちょっと特殊な環境にいたり、何らかの活動をしていたりする人が多くて、出す本もごく普通の学校の日常を書いたものではないんです。でも出会ったんです。大原敏行さんという人が書いた『アンネの日記 海外留学生受け入れ日誌』という本が、ごく普通の学校の日常そのものだったんです。先生が留学生を迎えた1年間の記録を詳細に書いた教務日誌のようなもので、日常が細かく書いてあることで学校組織、学校全体のことまで見えてくる。僕も小説で、集団とか組織とかの全体の構造を書きたいなと思っていたので、ものすごく面白く読みました。僕は自分の高校時代の記憶がまったくないので(笑)、この本があったおかげで学校の日常空間が想像できました。

――『アンネの日記』も拝読しましたが、時間割から教室内のちょっとした出来事までかなり細かく書かれてあるんですね。青木さんの小説に細部がそのまま活かされているので驚きました。単に書き写しているのではなく、それが三人称の小説にトレースされてまた別の小説世界になっていることにさらに驚きました。

青木:本当にそのままなので、自分で書いたという気がしなくて。引用のレベルを超えて参考にしているので、発表できるかどうかも危うかったと思います。自分で作った部分といえば、構成というか...。そういう調整をしたり再構成をしたという感覚しかないんですが、でもそれが僕にとっての創作なんだって、言い張りたいんです(笑)。そういう作風が顕著に表れたという意味で、『私のいない高校』は自分の集大成的なものになったのかなと思います。

――教室内でものが紛失する事件や、試験の時解答用紙の配布ミスといった出来事や、修学旅行の行先などは元の本と同じですよね。一方で、『アンネの日記』のアンネはブラジルからの留学生ですが、『私のいない高校』のナタリーはブラジルからカナダへ移民している、という設定。

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青木:編集者にも「修学旅行の行先くらいは自分で考えて書いたらどうか」と言われたんですけれど、でも一緒じゃないと駄目だったんです。実際にあったことが重く感じられて、それがないと書けなかった。他の小説だったら現実との整合性は別に気にしないんですけれど、あの作品に関しては、実際に起こったことが重要なんではないか、と思いました。実際のことといっても、その学校だけではなく他の学校でも起こっているようなことなんですけれど、そこに何か普遍的なものを感じて、このエピソードは落とせないと思ってしまう。かなり調整して少しずつ変えてはいるんですけれど。オリジナルなドラマはまったく入れていないんです。でも『アンネの日記』は1年間の出来事なんですが、小説は3か月くらいの話になりました。1年間ぶんを書いたらものすごい分量になっていたと思います。

――授賞式で著者の大原先生にお会いできたとか。

青木:とてもいい先生で感激しました。僕が一方的に知っているだけという気がしていたので、直接お礼が言えてよかったです。先生の一言目が「よく書きますねー!」だったのかな(笑)、本当に喜んでくださって、よかったなと思います。

――刊行当時、次は学校ではなく会社という空間を書きたいとおっしゃっていましたね。

青木:そう、会社組織でこういうものを書いてみたいんです。でも資料との出会いがないんですよね。

――さて、次作の予定はどうなっていますでしょうか。

青木:今発売中の『群像』8月号に短編を書いているんです。これは阿部和重さんの新刊『クエーサーと13番目の柱』へのオマージュ小説なんですが、オマージュなのかどうか。「え、オマージュなの?」って、ちょっと考えてしまう感じだと思います。今後は中編をいくつか書く予定があるんですが、何か面白い題材があればいいなと、まだ模索中です。

(了)