
作家の読書道 第132回:池井戸潤さん
すべての働く人を元気にさせるエンターテインメント作品を発表し続け、昨年『下町ロケット』で直木賞に輝いた池井戸潤さん。幼い頃から「みんなが元気になる小説が書けたら」と思っていたのだとか。大学卒業後は銀行に就職、その経歴も作品世界に多大な影響がある模様。その時々にどのような本を愛読してきたのか、小説執筆に対する考え方の変化についてもおうかがいしてきました。
その2「小説家に憧れつつ、銀行員に」 (2/4)
- 『放課後 (講談社文庫)』
- 東野 圭吾
- 講談社
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- 『新装版 猿丸幻視行 (講談社文庫)』
- 井沢 元彦
- 講談社
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- 『写楽殺人事件 (講談社文庫)』
- 高橋 克彦
- 講談社
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- 『江戸川乱歩賞全集(15)天女の末裔 放課後 (講談社文庫)』
- 鳥井 架南子,東野 圭吾
- 講談社
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- 『江戸川乱歩賞全集(16)花園の迷宮 風のターン・ロード (講談社文庫)』
- 山崎 洋子,石井 敏弘
- 講談社
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――最初に作家になりたいと思ったのはいつ頃だったのですか。
池井戸:小学生くらいの頃から思っていましたよ。みんなが元気になれる小説が書けるといいなあ、とずっと思っていました。学生の頃に書いていたのは今思うと恥ずかしい。絶対に表には出せません。まあ、学園もののミステリみたいなものです。ずっと忘れていたんですが、学生のうちに一回だけ長編を乱歩賞に応募したことがありました。会社に入ってからは土日に50枚くらいの短編を書いて応募していました。
――池井戸さんは文学部と法学部を卒業されていますが、それはどういう経緯だったのですか。
池井戸:文学部を出てから法学部に学士入学しました。3年に編入したということですね。文学部だと就職先が限られていると言われ、2年間ならダブってもいいかなと思ったんです。そうしたらやはり、銀行を受けた時に「法学部に入り直してくれてよかった」と言われました。
――ちょうどバブルの頃ですよね。引く手あまたという感じでしたか。
池井戸:それほど簡単でもなかったですよ。銀行の面接会場の大広間に行ったら人であふれていて、そこにいる全員が慶応の学生だったこともありました。倍率も50倍くらいだったのかな。
――作家になりたいと思いつつ、銀行に就職したのはどうしてだったのでしょう。
池井戸:作家になれる確率は低いと思っていましたから。
――プロになるために何か研究したり、練習みたいなことはしましたか。
池井戸:本を読むことだけです。それしかない。そういえば、本を買ったらレシートを栞にしていたんです。大学生の頃はお金がないから一回に1冊ずつ買っていたこともあって。この『ビザンチウムの夜』にも挟まっていますよ。ほら、これです(と、本の間からレシートを取り出す)。
――わあ、1987年6月8日に大学生協で購入したんですね。
池井戸:そう、店名と日付が残っているのでいつどこで買ったのかがすぐ分かるんです。以前も担当編集者の一人が小林信彦さんの娘さんだと知って小林さんの「オヨヨ大統領」のシリーズを読んだことを思い出し、本を見てみたら東京駅の構内の書店のレシートが挟まっていて。就職が決まって研修に来た時に売店で買ったんでしょうね。20年30年経った後でも、レシート一枚でその頃のことを思い出せる。レシートの日付の順番に本棚に並べてみても楽しいだろうし、自分が死んだ後に孫が見て「おじいさんここでこの本を買ったのね」って思うかもしれないし(笑)。お勧めの習慣です。
――就職してからの読書生活はいかがでしたか。
池井戸:会社に入ってから読む時間がなくなったんですが、日本の小説、特に江戸川乱歩賞の作品は好きでよく読んでいました。僕が就職する少し前くらいに東野圭吾さんが『放課後』で受賞したんですよね。その単行本も持っています。選評を読むもが好きだったので、その前の年に東野さんが『魔球』という作品で最終選考まで残ったけれど落ちたことも知っていたんです。他の受賞作もずっと読んでいますね。井沢元彦『猿丸幻視行』、高橋克彦『写楽殺人事件』、鳥井加南子『天女の末裔』、石井敏弘『風のターンロード』......これは当時の最年少記録でしたね。最近になって神山裕右に破られましたが。あとは長坂秀佳『浅草エノケン一座の嵐』、鳥羽亮『剣の道殺人事件』...。そういうものを読みながら、作家になれたらいいなあと思っていました。
――その後、銀行は7年勤めて退職されましたが。
池井戸:他の仕事をすることにしました。顧客のデータベースを作る会社を立ち上げたんですが、1人でやっていたので1日24時間働かなきゃいけない状態。もう少しラクにできることはないかなと思い、融資の基礎知識をふまえたお金の借り方についての原稿を書き、版元に持ち込みました。それが僕の最初の本になりました。嬉しかったですね。刊行された時はいろんな書店をまわって、写真を撮って怒られたりしました(笑)。銀行を辞めからはそうしたライターをしつつ、税理士、会計士向けの講演みたいなことをしたりソフトウェアを作って全国で売ったりしていました。それが2年間くらい。
――それと同時に、応募原稿を書いていたのでしょうか。その頃は金融ミステリを書いていたのですか。
池井戸:独立1年目の時に長編を乱歩賞に応募しました。江戸川乱歩賞をとって作家になるのが夢でした。最初に応募したのはミステリ色が強く、銀行が舞台といっても銀行強盗の話でした。それは最終選考で落ちてしまうんですが、講談社が編集者をつけてくれて「来年も頑張りましょう」と言ってもらった。それで、次の年に銀行員時代の経験をベースにして書いた『果つる底なき』で受賞できました。あの時受賞していなかったら今頃何をしているか分かりませんね。今、僕は乱歩賞の選考会の司会をやっているので応募作を見るんですが、プロの作家になるならこういう風に書いては駄目だな、と思う作品が多い。文章のうまい下手ではなく、何をどう書くのか、どうしたらプロの作家としてやっていけるのかを考えないと、プロとして認められる作品は書けない。気づかなきゃいけないんだけれども、自分で気づくのは難しい。応募した当時の僕もよく分かっていなかったと思います。意図的ではなく、偶然そういうものを書くことができたので賞をとることができた。運がよかったんです。
- 『江戸川乱歩賞全集(17)白色の残像 浅草エノケン一座の嵐 (講談社文庫)』
- 坂本 光一,長坂 秀佳
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- 『江戸川乱歩賞全集(18)剣の道殺人事件 フェニックスの弔鐘 (講談社文庫)』
- 鳥羽 亮,阿部 陽一
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- 『果つる底なき (講談社文庫)』
- 池井戸 潤
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