第132回:池井戸潤さん

作家の読書道 第132回:池井戸潤さん

すべての働く人を元気にさせるエンターテインメント作品を発表し続け、昨年『下町ロケット』で直木賞に輝いた池井戸潤さん。幼い頃から「みんなが元気になる小説が書けたら」と思っていたのだとか。大学卒業後は銀行に就職、その経歴も作品世界に多大な影響がある模様。その時々にどのような本を愛読してきたのか、小説執筆に対する考え方の変化についてもおうかがいしてきました。

その4「最近の読書&今後の刊行予定作品」 (4/4)

陰陽師(おんみょうじ) (文春文庫)
『陰陽師(おんみょうじ) (文春文庫)』
夢枕 獏
文藝春秋
594円(税込)
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魔法博士―少年探偵 (ポプラ文庫クラシック)
『魔法博士―少年探偵 (ポプラ文庫クラシック)』
江戸川 乱歩
ポプラ社
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卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ文庫NV)
『卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ文庫NV)』
デイヴィッド ベニオフ
早川書房
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ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)
『ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)』
J.D.サリンジャー
白水社
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民王
『民王』
池井戸 潤
ポプラ社
1,620円(税込)
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――さて、最近の読書はいかがですか。

池井戸:乱読というかむちゃくちゃになってしまっていますね。時間がないので、めったに最後まで読まないんです。面白くないとすぐにやめてしまう。そんななかで最後まですいすい読めたのは夢枕莫さんの『陰陽師』のシリーズ。気楽に読めるところがいい。最近思うところがあったのは、ポプラ社が江戸川乱歩の少年探偵団のシリーズを復刻した際、『魔法博士』の解説の依頼があったんです。もともと乱歩が好きだし、乱歩賞でデビューしたんですから断るなんてありえない。即座にOKして30数年ぶりに読んだんです。断片は憶えているけれども話の筋道は忘れていて、それで読み返してみたら...これが意外と面白いと思えない。そのことにびっくりしました。当時、乱歩は日本のエンタメとしてものすごく売れていたのに。江戸川乱歩賞を受賞すると立教大学の隣にある乱歩邸に招かれるんですが、同時受賞の福井晴敏さんと一緒に乱歩のご子息で立教大の名誉教授の平井隆太郎さんに挨拶に行ったんです。いろいろお話をうかがったんですが、戦時、平井先生が土浦の飛行場にいらした時に東京大空襲があって、爆弾が落ちていく様をなすすべなく涙を流して見ていたそうなんです。爆風がすごくて、土浦までいろんなものが飛ばされて落ちてくる。そこで目の前にバサッと落ちたのが乱歩の本だったそうです。つまりそれくらい乱歩の本が世の中にたくさんあった、ということ。なのに、当時読まれていた『魔法博士』に、そこまでの魅力を感じない。それではっとして『トム・ソーヤーの冒険』を読み返してみたら、これは面白かった。マーク・トウェインは1835年の生まれで、あの本は19世紀の終わりに書かれたもの。一方『魔法博士』は20世紀の半ばに書かれている。半世紀の時間差があるのに『トム・ソーヤーの冒険』のほうがはるかに進んでいるということは、日本のエンターテインメントのクオリティはアメリカと半世紀以上の差があるということなのか、と思いました。今はだいぶ縮まってきたとは思っているんですが。

――最近の作品で、途中でやめずに最後まで惹きこまれた小説はありましたか。

池井戸:『卵をめぐる祖父の戦争』は最後まで熱中して読みました。戦争青春小説なんですが、読後感は『ライ麦畑でつかまえて』に匹敵する。しかももっとシリアスで、人間の核心をつくような小説です。祖父が少年の頃を語る、という設定です。戦時下のレニングラード。ドイツ兵がパラシュートで落ちたと知って、主人公は外出禁止令を無視してその場所に見に行き、秘密警察に捕まってしまう。通常なら銃殺刑となるのだけれども大佐のもとに連れていかれ、娘の結婚のパーティで卵が必要だから探してこい、そうしたら助けてやる、と言われる。それで脱走兵のコーリャとともにレニングラードを抜けて延々と卵を探す旅に出るんです。パルチザンの少女に出会ったり捕虜になったりと大変な思いをするんですが、すごくユーモアにあふれている。いい小説なんです。

――お忙しいなか本を読む時間を作るのも大変なのでは。一日の執筆時間や読書時間は決まっているのでしょうか。

池井戸:執筆のコアタイムは朝の8時から12時。午後も書くことはありますが、インタビューなど別の仕事をしていることが多いですね。役員をしている会社は2週間に1度行く程度。前はもっと行っていたんですが最近社長が気を遣って「あんまり池井戸さんの仕事を入れるなよ」と社員に言ってくれていて(笑)。読書時間は昼の移動中や夜ですね。今は資料を読むことが多いです。

――そういえばたくさん趣味をお持ちなんですよね。昨年『下町ロケット』で直木賞を受賞した時、ゴルフで日焼けしてらしたのが印象に残ってます(笑)。

池井戸:そう、あの時はまさか受賞するとは思っていなかったので、Tシャツだったんですよね(笑)。趣味はフライフィッシングとかバイクとか写真とか、いろいろありますが最近はもっぱらゴルフです。はじめて6年くらいなんですよ。44歳から始めてどれくらいうまくなるんだろうと思っていて。今は月に2~3回行っています。

――さて、今後の刊行予定を教えてください。

池井戸:来年の6月に『民王』が文春文庫から出ることが決まっていて、他は未定です。その前に1冊出すかどうか...。連載はここ2年くらい断っていたんですが、年明けから始めようかなと思っています。単行本はいくつか出す予定のものがあるんですが、時期が決まっていなくて。

――そういえば『民王』は政治小説ですが、今後、企業小説以外のものももっと書いていく可能性はありますか。

池井戸:そうですね。『ミステリマガジン』に連載した『仏蘭西ノオト』は1913、14年くらいのパリが舞台で、島崎藤村が出てきます。

――それはいつ刊行されるんですか。

池井戸:うーん...。改稿に改稿を重ねていて、出すに出せずにいるんです。連載は4~5年前に終わっているのに。もうちょっと先になりそうです。

――えええ。ものすごく読みたくなってしまっているので、なるべくはやくお願いします!

(了)