第136回:真保裕一さん

作家の読書道 第136回:真保裕一さん

特殊な専門分野を持つ公務員が活躍する小役人シリーズから壮大な冒険小説、時代小説まで、さまざまなエンターテインメント作品を発表している小説家、真保裕一さん。かつてはアニメーションの世界に身を置いて有名作品を手掛けていたことでも有名。ということは、読書歴にもその個性があらわれているのでは? 小説家に転身したきっかけとは?エンターテインナーが生まれる道筋も見えてくる読書歴です。

その4「小説執筆と会社の応援」 (4/5)

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――漫画原作を書くうちに、小説を書こうと思ったのですか。

真保:漫画というのは最終的に漫画家さんのものなんですよね。自分がいいなと思って書いたセリフもラストシーンも、変えられてしまうことがある。なんでそうなっちゃうのかなと思うことが何度かあって。それに原作の仕事が恋愛がテーマの少女漫画に限られていたので、ちょっとしんどかったんですね。それだったらコンテを描かせてもらえるようになったことだし、そちらから監督の道を目指したほうがはやいだろうと思ったんですが、まあコンテを直されるわけです。128カット中私のカットは28カットしか残っていなかったりする。フラストレーションがたまるわけです。先輩たちには「お前が下手だからだ」と言われたんですが、生意気ですから「いや、そうじゃない。みんなこの良さが分かってない」と思っていましたね。それで考えたのが、小説だったら最初の1行から「完」の字をおくまで自分の責任でできる、ということだったんです。それで短編を一本書いてオール讀物推理小説新人賞に応募したら、一次しか通過しなかった。その時は宮部みゆきさんが獲ったんです。どれだけ差があるんだろうと思って受賞作を読んだら、これはかなわない、この人はとんでもないなと思いました。自分も腰をすえて書かなくてはと思ったんですが、仕事が忙しいのでとてもじゃないけれどすぐには書けない。それで2年計画を立てて、最初の半年をかけてプロットを作り、後は半年ごとに200枚ずつ書いていけば長編になるだろうと考えました。仕事の合間に絵を描かないで文字を描き始めたわけです。

――最初に応募したのは何だったんですか。

真保:『代償』というタイトルで、後に『誘拐の果実』という作品になったものです。それが江戸川乱歩賞の最終候補になりました。でもどんどん仕事が忙しくなっていく時期だったんです。最終選考に残った時点で会社に「最終候補になったけれども今回は無理だと思う。次も書けと編集者に言われていて自分も書きたいから、仕事を減らしてくれ」という無茶なこと注文をしました。そうしたらなんと、仕事を減らしてくれたんですね。シンエイ動画に入っていなかったら私は作家にならずに今もアニメの仕事をやっていたと思います。よく減らしてくれましたよね。ただ、その頃『チンプイ』をやっていた原恵一さんという先輩も「忙しすぎるから辞める」と言ったら会社は「辞めなくていいから1年間ふらふらしてこい」って言って、それで原さんは海外に行ったりして、戻ってきて『クレヨンしんちゃん』をやってました。ものすごく太っ腹な会社です。ものづくりのことを分かっていたんだと思います。創設者が『巨人の星』の作画で有名な楠部大吉郎で、弟の三吉郎が社長で。とにかくそこから半年間、定時で帰る生活を送ることができて、『連鎖』を書き上げたわけです。

――それが第37回江戸川乱歩賞を受賞するわけですね。食品汚染の問題が描かれますが、取材をする時間などはあったのでしょうか。

真保:たまたま以前別のスタジオで一緒だった先輩が食品のアニメを作っていて、面白いよと言われて資料をもらったりしていた頃に、シンエイ動画で『美味しんぼ』の仕事が始まったんです。会社の名刺を持っているわけですから「『美味しんぼ』の取材です」と嘘をついて取材させてもらったこともありました(笑)。そこから半年かけて『連鎖』を書いて、書き上げたと言ったら会社が「じゃあ働け」といってぶわーっと仕事がふってきて、それで倒れて入院しました。それに、実は締切には間に合っていないんです。締切の日に「書けたので持っていきたいんですけれど、都合が悪くて...」と電話して数日待ってもらったんです。規定の枚数よりオーバーしていたので、その数日間で規定の550枚にぴったり合わせて出したんです。

――前年に最終選考にまで残っていたから聞き入れてもらえたことですよね、よかったですねえ。

真保:そうですね。締切3日後に提出ということは、ひょっとしたら翌年まわしで第38回の選考になっていたかもしれませんよね。それってどういうことか分かりますか。

――え? 38回になにかあったんでしょうか...。

真保:38回から賞金が1000万円になったんですよ(笑)。それまではゼロだったんです。私と、同時受賞者の鳴海章さんが最後の賞金ゼロの受賞者です。しかも宣伝などに諸経費がかかるからといって印税も通常より2%低い8%でしたね。今はちゃんと10%なんです。受賞はできたんですが、そんなオチがつきました。

――なんと(笑)。受賞の知らせは会社の方たちも喜んでくれたのでしょうか。兼業でいくか専業にするかはどうしようと考えていたのですか。

真保:最終選考の日もずっと仕事だったので会社に電話がかかってくることになっていて、仲間も一緒に待っていてくれました。出先にいるプロデューサーも電話をくれたりして、受賞が分かった後でみんなで繰り出してお祝いをしました。仕事を続けるかどうかどうしようかという話もしていたんですが、その直後に倒れて入院したものですから辞める理由ができました。みんなも「わかった、それじゃあ」と言って送りだしてくれて。そうそう、倒れた時4日間入院したんですけれど、その費用も確か会社が出してくれたんです。

――なんていい会社なんでしょう...。

真保:考えられないですよね。

――ところでなぜ応募先は乱歩賞だったのでしょうか。

真保:それはいろんな人に言われます。でも乱歩賞しか考えていなかったんです。森村誠一さんや斎藤栄さんや西村京太郎さん、東野圭吾さんに井沢元彦さんたちを輩出している賞ですし、やはり親が買い与えてくれて幼い頃に読んだのが乱歩だったという刷り込みもありますし。それに推理作家協会に入りたかったので、協会が主催ということも大きな理由でした。

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