第136回:真保裕一さん

作家の読書道 第136回:真保裕一さん

特殊な専門分野を持つ公務員が活躍する小役人シリーズから壮大な冒険小説、時代小説まで、さまざまなエンターテインメント作品を発表している小説家、真保裕一さん。かつてはアニメーションの世界に身を置いて有名作品を手掛けていたことでも有名。ということは、読書歴にもその個性があらわれているのでは? 小説家に転身したきっかけとは?エンターテインナーが生まれる道筋も見えてくる読書歴です。

その5「デビュー後の読書&新作について」 (5/5)

百舌の叫ぶ夜 (百舌シリーズ) (集英社文庫)
『百舌の叫ぶ夜 (百舌シリーズ) (集英社文庫)』
逢坂 剛
集英社
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新装版  カディスの赤い星(上) (講談社文庫)
『新装版 カディスの赤い星(上) (講談社文庫)』
逢坂 剛
講談社
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大迷走 御茶ノ水警察シリーズ
『大迷走 御茶ノ水警察シリーズ』
逢坂 剛
集英社
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取引 (講談社文庫)
『取引 (講談社文庫)』
真保 裕一
講談社
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奪取(上) (講談社文庫)
『奪取(上) (講談社文庫)』
真保 裕一
講談社
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ローカル線で行こう!
『ローカル線で行こう!』
真保 裕一
講談社
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デパートへ行こう! (講談社文庫)
『デパートへ行こう! (講談社文庫)』
真保 裕一
講談社
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――デビューしてからの読書は、何か変わりがありましたか。

真保:ものづくりをするようになってからずっと、純粋に楽しんでいたとはいえないかもしれません。漫画にしたって、どこがよくてどこがいけないのか、みんなで話しながら読んでいましたから。キャラクターは素晴らしいのに話の運び方は下手だとか、そういうようなことですよね。小説について人と語り合うことはなかったけれど、同じようにいろいろと考えながら読んでいました。映画もそうでしたね。よほどの傑作か自分の趣味に合うもの以外は、評判がよいものでもなぜ評判がいいのかみんなで言い合っていました。

――小説で純粋に楽しめるほどの作品はありませんでしたか。

真保:ディック・フランシスはそうでしたけれど、あとは逢坂剛さんですね。たまたまスタジオの女性でやおい系が好きだった人が「ミステリ好きなら読んでみたら」と言って、やおい系で評判になっていた『百舌の叫ぶ夜』を教えてくれたんです。ちょっとそういうシーンが出てくるんですよね、あれは。それを読んで驚愕しました。その直後に『カディスの赤い星』を読んでまたまた驚愕して、何度も読み返して勉強させてもらいました。最近もまた逢坂剛さんに驚愕させられましたね。御茶ノ水警察署シリーズの『大迷走』が、もうあまりにもふざけた作品で。もう、どうしようもないんですよ。

――ど、どういうことでしょう。

真保:あ、これは褒め言葉ですからね。そういう作品なんです。管理官の名前が牛袋だったりと、ふざけるなよっていうくらいいい加減なことをやっていて、もう大笑いしちゃって。仕事の間にちょっとめくってみたらそのまま一気読みしてしまいました。『百舌の叫ぶ夜』や『カディスの赤い星』なんかの逢坂剛さんとはまったく違うんですから。逢坂さんのほかにも、北方謙三さんや大沢在昌さんや船戸与一さん、志水辰夫さんの作品は読んでいきました。自分が働くようになってからはその影響か、ハードボイルドや冒険小説が多かったですね。

――現在、一日のタイムスケジュールは決まっていますか。

真保:5時半に起きて8時前後に仕事場に入ります。そこからずっと書いているわけですが、最近は4時半くらいに気力がなくなって帰り支度を始めてしまう。夜はゲラや小説を読んだりしています。時代ものを書いている時は資料ばかり読んでいました。小説は何かしら興味をひくものを読むんですが、評判がいいものを読んでも気になるところがたくさん出てきてしまう。ここは手を抜いているなとか、ここでテンポが悪くなるけれど書いておかないと気がすまないんだよなあとか、余計なことを考えてしまうんです。

――真保さんご自身はさまざまなテイストのものを発表していますよね。こういうことを描きたい、というのはありますか。

真保:自分が読みたいものを書いているんです。『連鎖』や『取引』などの小役人シリーズといった地味なもの...自分ではそうは思っていないんですが、そういうものもあれば、『奪取』ような軽快なものも、最近書かせてもらっている時代小説もある。自分が本を読むことで幸福な時間を過ごしてきたので、それをいろんな人に与えられたら、と思っています。もっといろんなものを書きたいんですが、筆がはやくないので1年に1作か2作しか書けないんですが。

――毎回丁寧に取材をして書かれているという印象もあるので、それで時間がかかるということもあるのでは。

真保:そのイメージがありすぎて堅苦しいと思われているかもしれません。インタビューを受けてもどんな取材をしたかとか題材についてばかり訊かれて、小説自体が面白いんだか面白くないんだか分からない。自分はこれだけ面白いものを書いたんだぞ、という気持ちでいるんですが、そこは触れられないんです。でも最新刊の『ローカル線で行こう!』は「楽しかった」と言ってもらえるので、狙い通りでしたね。

――『ローカル線で行こう!』は確かに楽しい作品です。東北の赤字ローカル線の廃線の危機を救うために、新幹線のカリスマ・アテンダントの女性が社長に大抜擢される。ユーモアもたっぷり、元気の出る再生お仕事小説。執筆のきっかけは何だったんですか。

真保:以前『デパートへ行こう!』で営業の終わったデパートにいろんな人が集まってくる話を書いたんです。あれは映画の企画で考えたんですが実現しなくて、寝かせておいた案を小説にしたものでした。その延長線上で何か書こうと思ったんですね。『デパートへ行こう!』は家族が隠しテーマでした。というのも自分の父親が日本橋に勤めていたので、よくデパートの前で待ち合わせて家族で食事をしたりした思い出があったんです。似たようなテイストで書こうとした時、夏休みのたびに帰っていた母親の故郷が無人駅だったのを思い出しまして。特急も走っている線だったのでローカル線とはいえないんですが、使っている駅は無人でした。それとは別に地方の疲弊やローカル線が苦しいという状況も知識として知っていたので、家族というテーマを、地域というテーマに輪っかを広げることにしました。地域社会における鉄道の役割って大きいですから、鉄道を盛り上げることでその地域自体が盛り上がって、みんなが元気になれる小説にしたかった。

――小説の舞台と同じように、お母さんの故郷が東北だったのですか。

真保:いえ、母の故郷は群馬です。新幹線のアテンダントが社長になるので新幹線が通っている地域の話にする必要がありましたし、他の設定からも考慮して舞台を探していたら、宮城にもう廃線になってしまった「くりはら田園鉄道」という鉄道があったので、そのままモデルとして使わせてもらいました。方言がしっかりある地域がいいということも考えていたので、ちょうどよかった。現代が舞台ですから、震災のことを入れるかどうかは担当者とも相談しましたね。ただ、今回はみんなが元気になれる小説にしようということでしたから、あえてその部分は端折りました。

――とにかく社長に抜擢されたまだ31歳の篠宮亜佐美さんが気持ちいいくらいパワフルですよね。県庁から出向している鵜沢という青年のような反発する人もいて、その関係の変化も楽しい。亜佐美さんが発案する数々のアイデアもユニークです。

真保:元気でダイナミックで、腹をくくった女性の強さを出せればいいなと思いました。立て直しのいろいろなアイデアはもちろん取材したこともベースにしていますが、さらに上乗せしないと読者が驚いてくれませんから自分で考えましたね。すでにやっていることを書いても「ああ、あの鉄道でやっていたことね」と思われてしまう。小説として面白いものになるように、そこはミステリのトリックを考えるのと同じように考えました。あとはさまざまな立場の人を入れて、いろんな人に楽しんでもらえるようにしたつもりです。

――ローカル線が身近ではない人でも活力を与えられる小説です。「~行こう!」はシリーズ化されるとのことですが。

真保:再生の物語、なんていう縛りは作らず、ただ元気が出るような話を書いていこうと思っています。実は漠然と考えていることがあって、独自に取材もしています。

――次の作品はどういうものになるんでしょう。

真保:6月か7月に徳間書店から『正義をふりかざす君へ』という本が出ます。『ローカル線へ行こう!』とまったく違うミステリです。同時期に書いていたのでその反動かもしれませんね。スポーツジムの立て直しに成功した社長の男が元妻から頼まれ、あることを調べていく...という話。『ローカル線へ行こう!』は苦労を重ねて書いたんですが、こちらはノリにノッて進めました。「ローカル~」と同じ人物が書いたのかっていうくらい違う小説なんですが、自分では自信たっぷりです。

(了)