第137回:いしいしんじさん

作家の読書道 第137回:いしいしんじさん

幻想的、神話的、寓話的な作品で読者を魅了する作家、いしいしんじさん。その独特の物語世界は生まれる源泉となっているものは? 幼い頃から人一倍熱心に本をめくっていたといういしいさんの読書体験やデビューの経緯などについてうかがいます。

その2「格好いい大人といえばあのパパ」 (2/6)

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『ドリトル先生と秘密の湖〈上〉 (岩波少年文庫―ドリトル先生物語)』
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――では、好きな本の傾向といいますと...。

いしい:今から考えてみると、まず、動物がいろいろ出てくるもの。『シートン動物記』やジャック・ロンドンの本も好きでした。子どもがほがらかで元気なものよりも、ちょっと曲がっているものほうが好きだったですね。佐々木マキさんの『やっぱりおおかみ』なんかとても好きでした。おおかみの子どもが町のいろんなところに出かけていくけれど、うさぎもぶたも、さーっと逃げていってしまう。おおかみはいつも必ず「けっ」と言って去っていく。そして結局、やっぱり俺はおおかみなんだ、おおかみとして生きるほかないよ、そう思うと心と身が軽くなった、という話です。「たいふう」の終わりに似ていますね。自分も、みんなが騒いでいるのをちょっと離れて見ているような子どもだったんです。「遊びにまぜてー」と言ったら「おいでやー」と言われるのは分かっているけれど、それは違うなと思っていて。「やろうや」と誘われたらサッカーでもドッジボールでもやったんですけれど。

――学校では、読書感想文の課題もありましたよね。

いしい:一応書いたんでしょう。でも内容を何も憶えていないから、つるつるの感じだったんでしょうね(笑)。感想文というものの胡散臭さには気づいていました。感想に正しいも正しくないもあるわけないのに点数をつけられる気持ち悪さは感じていました。

――大人を冷静に見ている子どもだったんですね。『ドリトル先生と秘密の湖』も、物語の中の深遠なテーマを感じ取っていますし...。

いしい:そういうものばかりじゃなかったですよ。深遠なものが何もないという素晴らしさも大好きです。生涯のベスト1を訊かれたら『天才バカボン』って言いますもん。バカボンのパパって格好いいと思う。子どもの頃、あんな格好いい人いないって思って、手紙書きましたから。ちゃんと返事がきました。

――バカボンのパパが「格好いい」というのは。

いしい:うーん。いろんな人をいじめるけれど愛情があるし、結局は一緒に遊んでいるし、最後に全部パパのところに返ってくるんですよね、顔がぐじゃぐじゃになってしまうとか、そういうので。それをちゃんと受け止めて責任をとっているんです。あとは繰り広げられるアイデアの思いもよらなさとか。大人が書いているはずなのに、当時の子どもよりもよっぽどバカなことを思いついている。その、大人としての格好よさですよね。植木等や「社長シリーズ」の森繁久弥や勝新太郎や小林旭もそう。大人っていうのはこうでなくてはいけないというのを、全部はじきとばしてしまっているような大人がいいなと思います。自分は将来こういうものになりたい、というのもあまりなかったんですが、テレビや雑誌を見ていると、出てくる格好いい大人というのはみんなお芝居や映画や音楽や絵や小説をやっている。だから自分もそっちのほうになりたいなと思っていました。会社員になるなら「社長」シリーズの会社に入りたかった。

――先ほども感想文の胡散臭さに気づいていたということでしたが、大人に対する不信感がありましたか。

いしい:父親をはじめ、自分のまわりに先生と呼ばれる人たちが多かったんです。先生というのは「こうでないとあかん」と子どもを矯正する人たちのように見えていて、そういうのはすごく抵抗がありました。

――反抗したりしたんですか。

いしい:小学生の時のある時から、テストは一切書かないことにしていました。名前も書かなかった。ひねた反抗でしたね。先生に提出する日記も読めない字で書いたり「昨日はカメに乗ってニューヨークに行きました」と書いたり。それで先生から「たまにはほんとうのことを書こう」と返ってきたから、次の日には「ほんとうのことってなんですか」って書いて出しました。それが小学3年の時だったかなあ。嫌な奴ですねえ...(笑)。

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