第138回:畑野智美さん

作家の読書道 第138回:畑野智美さん

2010年に地方都市のファミレスを舞台に人間模様を描く『国道沿いのファミレス』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー、二作目の『夏のバスプール』がフレッシュな青春小説として評判を呼び、三作目、図書館に勤務する人々の群像劇『海の見える街』は吉川英治文学新人賞の候補に。今大注目の新人作家、畑野智美さんは一体どんな人? 読書遍歴はもちろん、作家になるまでの経緯、そして最新作についてもおうかがいしました。

その6「ご自身の作品について」 (6/6)

国道沿いのファミレス
『国道沿いのファミレス』
畑野 智美
集英社
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夏のバスプール
『夏のバスプール』
畑野 智美
集英社
1,620円(税込)
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海の見える街
『海の見える街』
畑野 智美
講談社
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南部芸能事務所
『南部芸能事務所』
畑野 智美
講談社
1,512円(税込)
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――SFとは意外です。最初の三作『国道沿いのファミレス』、『夏のバスプール』、『海の見える街』は地方都市の青春模様を描いた作品といえますよね。

畑野:「国道」の時は自分にとっていちばん信頼できる主人公を書こうと思い、ああいう男の人になりました。それから、自分が10代20代の頃にやっていたバイトのことや、親とうまくいかなかったことなんかを全力で書こうとしたんです。「バスプール」は中学生くらいの頃の妄想そのままですね。最初は高校生のスポーツものはどうですかと提案されたんです。でもどうしても書けなくて、それで高校生という設定だけを残して必要以上にキラキラした青春ものにしました。

――第三作の『海の見える街』は図書館で働く人たちの群像劇となっていますが、図書館でのバイト経験はあるんですか。

畑野:図書館で働いた経験はないんです。家の近くの図書館が児童館も併設されていたせいか、司書さんの事務室も見通しがよかったんです。普通の図書館とは雰囲気が違って、みんなせかせかしていなくて子供たちと目線を合わせている感じでした。無断持ち出し防止の装置も一切なかった。小学生くらいからそうした様子を見て騒いで怒られてきたので、『海の見える街』の舞台のモデルだといえます。「国道」が出た時、その2週間後くらいに震災があったんですよね。デビュー作は出たけれども本の宣伝も何もできないし、自分の中に暗い気持ちがたまっていっていたと思うんです。その頃に『海の見える街』の1話目を書いたんですが、気持ちを変えるためにも自分の好きなものを入れようと思って。「国道」とはまた違うタイプの男の子にして、海が見える街、図書館、昔インコ飼っていたのでインコ、と、好きなものを出しました。2話目は同僚の女の子の話ですが、本を読むのが好きで友達づきあいがうまくできないという、自分を投影した人を主人公にしました。その2人を書いたことで、3、4本目は自然とできていきました。『海の見える街』までの3作でわりと近しく感じる人たちのことを書いたので、これからはもうちょっと違うことをやりたいなと思っているんです。それでSFを書きたいと言い出して編集者たちに「何を言っているんだ」と思われているんです。でも最近、変化球の練習ばかりしているので、ストレートの投げ方が分からなくなっているかも(笑)。

――SF作品の前に、新刊『南部芸能事務所』がいよいよ発売になります。突然お笑い芸人を目指すことを決めた学生・新城と、彼とコンビを組むことになった溝口という青年2人をはじめ、彼らが所属する弱小プロダクションの芸人たちや周囲の人々を描く連作短編集。さきほど高校生の頃一時芸人を志したということですが。

畑野:ツイッターに「芸人の話を書きたい」としつこく書いていたら「書きませんか」と声をかけてくださったんです。子供の頃からお笑い番組が大好きで、いつか芸人さんを書きたいと思っていました。「ボキャブラ天国」が人気だった頃に全盛期で、そこから消えていく人も見てきたので、1人のサクセスストーリーにはしたくありませんでした。芸能界って売れている人だけにものすごくストーリーがあるように語られるけれど、売れなくて全然ダメで辞めたいけれど辞められない人にもいろんな物語がある。辞めちゃうと「都落ち」とかって軽く言われるけれど、そこにある苦しみはものすごいものだと思うんです。そうしたことはすでに鈴木おさむさんが書いているので、そこは被らないように気を付けました。でも鈴木さんが書いているからこそ、そういう話にも人の胸を打つものがあるはずだと思って、それを支えに書いていこうと思いました。あと自分のバイトをしていた10年の経験も、売れない芸人さんの話であればうまく活かすことができると思いました。きっとこの10年を輝かせてくれるだろうと希望をこめて(笑)。

――畑野さんご自身も劇場に足を運んだりしているのでしょうか。突然お笑い芸人を目指そうと思った学生の新城くんや、彼とコンビを組むことになった、亡くなった父親が芸人だった溝口くん、中堅コンビのスパイラルや売れない三人組など、出てくる芸人さんたちにはモデルがいるのかどうかも気になるところです。

畑野:書いている時には意識していなかったんですが、中堅のコンビのスパイラルの話には少しキングコングの話が反映されている気がします。バンと売れて、でも相方が心を病んで...という。でもお笑いの世界でも演劇の世界でも、急に相手がいなくなったり体調を崩したりすることはよくあるので、特に誰のことを書いた、というのはないです。新城たちに近いのはオリエンタルラジオです。実は『国道沿いのファミレス』の主要登場人物が慎吾という名前なのは、藤森さんから拝借しているんです。藤森さんも新城くんと同じで、それまでお笑いを全然知らなかったんですよね。中田さんを見ていて面白いから芸人になろうよと軽い感じで言ったのが始まりだそうです。

――なるほど。さて、この次に発表するのがSFになるのでしょうか、それともまだ先でしょうか。

畑野:藤子・F・不二雄先生がSFのことを「少し・不思議」とおっしゃっていて、私もサイエンスフィクションは無理ですが少し不思議な話なら描いてみたいと思い、今『小説すばる』で短編を書いているんです。ロボットが出てきたりしています。これまでに5回載っているので、あと何篇か書いて、いつか単行本になるといいなと思っています。それと、実は『南部芸能事務所』はまだ連載中なんです。続いているんです!1冊書きわった時点でシリーズ化は決まっていなかったんですけれど、でも最終話でいきなり「鹿島さん」という、それまで出てこなかった名前を出しているのは、実はもうすでにその人の話があったからなんです。それで鹿島さんの話も書きました。『IN・POCKET』に隔月で連載していきます。

(了)