第143回:和田竜さん

作家の読書道 第143回:和田竜さん

城戸賞を受賞した脚本を小説化したデビュー作『のぼうの城』が大ヒット、一躍人気作家となった和田竜さん。このたび4年の歳月を費やした長編『村上海賊の娘』を上梓、こちらも話題に。脇役に至るまで魅力的な登場人物、明快な筆運び、そして迫力満点の戦いの場面といった和田作品の魅力は、幼い頃から触れてきた映画や漫画、そして小説から大きな影響を受けて生まれたもののよう。では、その作品の数々とは?

その4「脚本家を目指して」 (4/5)

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――卒業後して、番組制作会社に入社されてからは...。

和田:ADとしてドラマの制作を手伝っていたんですけれど、番組に入ると3か月か4か月かは1日3時間睡眠の日が続くんです。ずっとTBSに泊まり込んで、1週間ごとに着替えを取りに家に帰る。1週間でいうと3日ロケがあって2日緑山スタジオに入って、あとの2日はスタンバイ。そういう状況でしたが、そこでシナリオが現場でどう使われるかがわかったことは新鮮だったし勉強になりました。シナリオって設計図にすぎないんですね。それを読んで美術さんがそのシーンの道具を揃えたり、ロケ場所をどこにするかが決まっていったりする。シナリオの中で物語が紡がれてはいるけれど、なんというか、もっと実践的なものなんだなと思いました。その会社には3年ほどいました。

――番組製作会社を辞める頃も映画監督になりたいと思っていましたか。

和田:その頃にはもう、俺は向いてないなと思っていましたね。僕は考えるのが遅いんですが、現場では反射神経が必要なんです。「あれをやれ」と言われたらぱっと動かなければいけないのに、あれこれ「うーむ」と考えてしまってぶっ叩かれるのが日常でした。入った瞬間から向いてないなとは思っていたんです。ただ、すぐ辞めるのはどうかと思い、とにかく3年やって、やっぱり向いてないと思って辞めました。その頃はもう監督業と脚本業が完全に分かれていて、じゃあ自分はどっちがやりたいんだと考えた時、脚本家になりたいと思いました。そこで、別な仕事をしながら脚本のコンクールに送る作業をしていこうと思い、転職しました。

――制作会社勤務の間は、読書する時間はなかったでしょうね。

和田:本を読む時間もシナリオを書く時間もなかったです。4月クールの番組をやってすぐ次の7月クールの番組に入る時があるんですが、そうなるともう、死にそうになる。それでも、番組につかないで1か月まるまる時間に余裕ができる時期をもらえたりもするんです。その時に山田太一さんのシナリオ集みたいなものを読んでいました。山田さんは大好きです。『男たちの旅路』なんかが好きですが、実は映像はあまり観ていなくて...。どういうところが好きなのかが、うまく言えないんですよね。発想にはっとさせられるんです。つねにある事象に対してオリジナリティがある解釈をしているし、会話がなるほど感にあふれているし、繊細さに満ちている一方で煙に巻く感じもしなくて納得できて......。でも、いちばん印象に残っているのは、そういうところじゃないんですよね。『男たちの旅路』は警備会社の社員たちの話で、そこに勤める元特攻隊員の鶴田浩二さんが、若い水谷豊をぶんなぐって「俺は若い奴が嫌いだ」と言う。そのキャラクターが印象的なんです。独善的なんだけれども、それによってどんどん難題が切り崩されていく。そこがつくづく面白いなと思って。山田太一さんは何を読んでも面白いです。

――新たな転職先では記者になったそうですが。

和田:繊維の業界新聞です。繊維業界って、糸を作って生地にするところまでを川上、そこからアパレルが洋服を作って小売するところまでを川下と呼んでいるんですが、僕は川上が強い新聞社に就職しました。例えば異形断面糸なんかの取材をするんです。ポリエステルの糸がシャワーヘッドのようなところからシャーッと出てきたものをより合わせて糸を作るんですが、そのシャワーヘッドの穴のところが十字になっているんです。それを異形断面糸といいます。その形によって皮膚に接着する部分が少なくなり、涼感が得られたり、速乾性が得られたりするのでクールビスに使われている...とか、そういう記事を書いていました。

――本を読む時間もできたのでは。

和田:このあたりから海音寺潮五郎も読み始めました。海音寺潮五郎が、自分の好きな司馬遼太郎を評価していたので読み始めたんです。薩摩の人なんですが、人柄を彷彿させる作風で、すごく好きですね。男っぽくて強くて、「僕はこういう人は嫌いだ」なんていう作者の主張が小説の中に入り込んでいる。歴史考証にしても「この人物の名前は不明なので、仮に○○という名前をつけておく」とか、「場所はこちらだったという説とあちらだったという説があるが、ここではこちらということで話を進める」といったことまで書かれてあって独特なんですよね。ナタでぶった切ったような書き方が面白いんです。いちばん好きなのは『平将門』。あとは短篇が好きです。『海音寺潮五郎短篇総集』というのが出ています。あとは佐藤賢一さん。『王妃の離婚』や『双頭の鷲』や『カエサルを撃て』とかを読みました。これも面白かったですね。自分と同じ年代の人が、こんなにすごく詳しく調べてそれを小説の中に溶け込ませて、かつ人物をダイナミックに描き、娯楽性もあるエンタメ作品にしている。すごいなと思いました。

――シナリオの応募もはじめたわけですよね。

和田:送っては落ち、ということを繰り返していました。28歳から始めて33歳の時に城戸賞をいただくことになります。最初は現代のアクションものを書いていたんです。でもはじめて城戸賞に応募する時に、やけくそな気分で好きなものを全部つめこんで、はじめて時代ものを書きました。それが後に小説でも出した『小太郎の左腕』でした。そうしたら最終選考に残ったんです。審査員の選評を読んでいると小太郎を評価してくれている人もいて、ああ、やっぱりそうかと思って。その時にはもう埼玉の忍城のことは知っていたので、史実をしっかり調べて翌年「忍ぶの城」を応募して受賞しました。時代ものを出す人間がほとんどいないなか、続けて出せば「去年応募してきたあいつか」と思い出してもらえるかなと思って。

――それが後に小説『のぼうの城』となる脚本ですね。

和田:勤めていた会社に埼玉の行田市から通っている同僚がいて、一緒に飲みにいった時、僕が歴史好きだというのを知って「行田市には忍城がある」という話をしてくれて。これは面白い、と思ってずっと温めていたんです。

――受賞したことで生活に変化はありましたか。

和田:一応プロデューサーに挨拶にいったりして、とりあえず脚本家としての切符はもらえたように思えたんですが、その後仕事は一本だけ。歴史ものの脚本を書かないかと言われただけです。記者の仕事も続けていました。その時に書いたものは、後に『忍びの国』という小説にしました。それ以降は全然仕事がこなかったので、もしもあのままだったら......と考えると寒気がします。もちろん、それは僕の場合だというだけで、他の方はもっと依頼があったりするのかもしれません。

――脚本「忍ぶの城」を小説にしないかという話はどのように持ち上がったのですか。

和田:映画プロデューサーの久保田修さんと知り合う機会があったんです。「忍ぶの城」を読んでくれて、「映画化の権利はどうなっていますか」と訊かれ、誰も権利をとっていないと言うと「ちょっと預からせてくれないか」と。それで、映画化に向けていろんなところに出資をお願いしたようなんですが、城戸賞を獲った脚本というだけで海のものとも山のものともつかないものですから、難航したんです。そうしたら久保田さんが「和田くん、これを小説にしなさい」って言って。とにかく何らかの話題を作って、そこから映画化の話を進めようということだったんでしょうね。僕は即答したつもりでしたが、後から久保田さんに聞くと何日か考えさせてくれって言ったらしい。すでに話としては練りに練ってあったので、あとは情景と歴史的背景を入れ込んでいくだけでいいし、書店に自分の本が並んだら嬉しいだろうなと思って引き受けました。

――その小説が『のぼうの城』として刊行され、本当にベストセラーになり、映画化が実現したんですよね。

和田:当時は、というか今もそうですが、原作がベストセラーにならない限り映画化はなかなか難しいんです。でも、だからといって本を作ってゴリ押ししたらベストセラーになるわけではないですから、あそこまで評判になったことには久保田さんもびっくりしていました。

――お仕事はその頃に辞めたのですか。

和田:『のぼうの城』が出て1年後くらいの2008年12月に辞めました。僕としては続けたかったんですけれど、こちらを取材していただくこととか、エッセイの依頼が増えて、それだけで一日が終わってしまうので、小説を書く時間がなくなってしまって。それに、小説を書きながら勤務している時は会社にいく3時間前に寝て、帰ってきて3時間寝るという変則的なことをやっていたので、このまま続けていくのは無理だなとも思っていました。

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