第145回:井上荒野さん

作家の読書道 第145回:井上荒野さん

人と人との間に漂う微妙な空気感を丁寧に掬いとる実力派作家、井上荒野さん。幼い頃からお話を作るのが好きで、1989年にフェミナ賞を受賞してプロへの道を切り開いたものの、しばらく小説が書けなかった時期があったという。再び筆をとって2001年に再起、その後は直木賞や中央公論文芸賞を受賞。そんな彼女が出合ってきた本たちとは? 戦後文学の旗手と呼ばれた父・井上光晴氏の思い出にも触れつつ、お話ししてくださいました。

その1「動物の出てくる絵本が好き」 (1/5)

100まんびきのねこ (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)
『100まんびきのねこ (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)』
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スザンナのお人形・ビロードうさぎ (岩波の子どもの本)
『スザンナのお人形・ビロードうさぎ (岩波の子どもの本)』
マジョリー・ビアンコ
岩波書店
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こねこのぴっち (岩波の子どもの本)
『こねこのぴっち (岩波の子どもの本)』
ハンス・フィッシャー
岩波書店
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象のアンクル―象のアンクルシリーズ1 (評論社の児童図書館・文学の部屋)
『象のアンクル―象のアンクルシリーズ1 (評論社の児童図書館・文学の部屋)』
J.P.マーチン
評論社
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キャンディとチョコボンボン (小学館文庫 おE 2)
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――幼い頃の読書の思い出を教えてください。

井上:4歳か5歳くらいの頃、うちに定期的に段ボールが送られてきて、その中に子供向けの本がたくさん入っていたのを憶えています。子供の感覚なので実際はどうだったのかわかりませんが、大きな段ボールだという印象でした。小さい頃は本を読むことが大好きで、読むと真似して書きたくなっていました。最初の頃は本の絵を描く人になりたいと言い、その後お話を書く人になりたいと言っていたらしいです。後から考えるとあの段ボールは、父が私に本を読ませようと思って知り合いの編集者に見繕って送るように言っていたんですよね。自分で選ばずに人に選ばせるところが父らしいです(笑)。

――お父さんは作家の井上光晴さんですよね。父親が小説家だということは幼いうちからわかっていたのですか。

井上:小説を書いている人だということはわかっていました。なにしろうちにずっといるし、父の書斎もありましたから。でも作家というものがどういうものかはわかっていませんでしたね。後から大人に聞いたのですが、お友達のお母さんに「荒野ちゃんのお父さんは毎日どこに行っているの?」と訊かれて「シンニチブンとバー」と答えたそうです。シンニチブンは『新日本文学』のことです(笑)。

――好きだった絵本は憶えていますか。

井上:『100まんびきのねこ』という外国の絵本はよく憶えていますね。猫を飼いたいと思っている老夫婦がいて、おじいさんが猫を探しにいくとどんどん猫が集まってくる。それがけんかになって殺し合いになって、隠れていた弱々しい猫だけが残る。その猫を飼うというお話。切り絵のようなイラストもよく憶えています。『スザンナのお人形』という薄い本のシリーズも、送られてくる段ボールによく入っていて好きでした。『こねこのぴっち』も。外国の絵本が多かったですね。

――どういうお話が好きか、傾向などはありましたか。

井上:動物が出てくるものが好きでした。小学生くらいになると小説内だけに通る理屈があるものを好んでいましたね。不思議な世界の話だけれども、その不思議さに納得がいくもの。例えば『象のアンクル』は、絵本というより文字の多い本だったんですが、すごくお金持ちの象がものすごく大きな邸宅に住んでいて、その家にはいろんな人が住みついているんです。アンクルが見回りに行くんですが、ドアを開けると下に行く階段があって、そこを下ってすべり台をすべるとどこかに出たりして。そういうものが大好きでした。それを真似してお金持ちの猿の話を書いたりしていました。

――ああ、自分でも真似したくなって、実際に書いていたわけですね。

井上:面白い話を読むとその亜流のようなものを書いていました。小さい頃は絵を描いて紙芝居のようにして、父と母に見せていました。小学校低学年くらいの頃に書いた3匹のシェパードの話は今でも残っています。タイトルは「裏山の船に乗った犬」。裏山に船って矛盾していますよね(笑)。たぶん「裏山」といった言葉が格好いいと思ったんです。絵もちゃんとついていました。やっぱり自分で書くものも、動物が出てくるものが多かった。食べることが好きだったので、食べ物もよく出てきていました。

――その頃からすでに食べ物の描写を(笑)。小さい頃"は"本を読むのが好きだったということですが、その後は変わっていったのですか。

井上:小学校5年生くらいの頃、うちに来た編集者が『りぼん』をお土産に買ってきてくれたんです。それまで漫画はほとんど読まなかったんですが、そこから夢中になって、小学校5、6年の頃は漫画ばかり読んでいました。山岸涼子の『アラベスク』が連載されていた頃です。一条ゆかりも全盛期で、絵が巧いなあと思っていました。その後で大矢ちきの漫画を読んだ時は外国の文化が入ってきたかのように思いました。フランス映画のようなエッセンスがあるんですよね。絵も巧いうえにストーリーも大人っぽくて、色っぽいキスシーンが出てきたりするのでドキドキして読みました。

――好きだった作品は。

井上:『りぼん』に「一条ゆかり全集」みたいな、毎回全然異なる話が載っている冊子付録が毎号ついてきた時期があって、それを素晴らしいと思いながら読んでいました。大矢ちきの漫画は『キャンディとチョコボンボン』や、『おじゃまさんリュリュ』。リュリュという女の子がハンサムな男の子たちがいっぱい住んでいる家にまぎれこむ話なんですが、最終回で恋人に口紅をもらうんです。つけてみるけれど不器用だからはみ出してしまう。みんながそれを指摘していると、恋人の男の子が「いいよ、少しずつ返してもらうから」と言うんです。エロいでしょう(笑)。子供ながらにドキドキしました。中学に入った頃には『マーガレット』に『ベルサイユのばら』が連載されていて、これは興奮して読んでいました。『エースをねらえ!』が流行ったのもこの頃。木原敏江や大島弓子が出てくるのはもうちょっと後だったかな。

――自分でも漫画を描きたいと思ったのでは。

井上:思いましたね。中学生の頃は漫画家になりたいと思って、漫画用のペンとインクを買ってきて描いて友達と交換していました。何かの作品の真似をして恋愛ロマンスを描いていました。でも台詞やストーリーはいっぱい浮かぶけれど、絵がついてこないんですよ。横顔も片側しか描けなかった。うんとデッサンを勉強すればできるようになるのかなとも思ったけれど、自分に才能はないなと思いました。

――台詞やストーリーは出てくるということは、やはり話を作ったり文章を書くことは得意だったのでしょうか。

井上:文章を書くことは好きでした。小さい頃にいっぱい本を読んだせいもあると思いますが、全然苦にならなかった。でも作文は無意識に無邪気に書いていた頃のほうが上手かったと思います。父にも褒められました。だんだん知恵がついてきて、「こういう風に書けば格好いいかな」と考えるようになってからは、何かつまらない作文になっていったように思います。つまりは自我の芽生えとともに、面白い作文を書かなくなっていったということですよね。

――中学生の頃は小説は読まなかったのですか。

井上:中学校の頃は優等生で、勉強ばかりしていました。息抜きに漫画をちょっと読むくらい。レイ・ブラッドベリは好きでした。父が読ませたがって持ってくるんです。これならお前の年なら読めるだろう、と言って。ほかには井上ひさしさんの『ブンとフン』に熱中したのを憶えています。いつ読んだか憶えていないんですが、それが中学生の頃だったかもしれません。

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