第147回:小山田浩子さん

作家の読書道 第147回:小山田浩子さん

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で第42回新潮新人賞受賞。2013年、初の著書『工場』が第26回三島由紀夫賞候補作となる。同書で第30回織田作之助賞受賞。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。

その5「純文学は光を拡散するレンズ」 (5/5)

雪の練習生 (新潮文庫)
『雪の練習生 (新潮文庫)』
多和田 葉子
新潮社
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君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)
『君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)』
津村 記久子
筑摩書房
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ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)
『ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)』
津村 記久子
角川書店(角川グループパブリッシング)
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山椒魚 (新潮文庫)
『山椒魚 (新潮文庫)』
井伏 鱒二
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厄除け詩集 (講談社文芸文庫)
『厄除け詩集 (講談社文芸文庫)』
井伏 鱒二
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穴
『穴』
小山田 浩子
新潮社
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――デビュー後の読書生活に変化はありましたか。

小山田:基本的には変わっていませんが、編集者の方が「こういう本は読んだことがあるか」と言って送ってくださるので、それで多和田葉子さんや津村記久子さんを読んで、なんで今まで読んでいなかったのかと思いました。多和田さんは「かかとを失くして」がデビュー作なのかと思うと恐れ戦くものがあります。たまたま『雪の練習生』が「工場」と同じ『新潮』に掲載されて、同じ号に載っているというだけで嬉しかったです。津村記久子さんは『君は永遠にそいつらより若い』と『ミュージック・ブレス・ユー!!』がすごく好きです。あとは、地元なのに井伏鱒二をちゃんと読んだことがなかったので『山椒魚』を読んでこれはすごいなと思い、他のものも読むようになりました。『厄除け詩集』みたいなものがすごく好きです。他には深沢七郎を読んだりもしています。

――直球のエンターテインメント作品はあまり読まないのですか。

小山田:読まず嫌いなだけかもしれません。ただ、例えばミステリを読んでも、本筋とは関係ない部分ばかりが気になって、最後まで読んでも誰が犯人かわからなかったりするんです。エンターテインメント小説が例えば「犯人はこの人である」と焦点を絞って、光を集めていくレンズだとすると、純文学は光を拡散していくレンズのように思います。純文学は読み間違えても面白いし、自分だけの作品にすることができる。『緑の家』も読むたびに新しい話のように感じるんです。自分の読み方しかできないことを許してくれるものが私は好きなんだと思います。

――確かに小山田さんの作品も、さまざまな解釈ができる余地があります。「工場」も、何を作っているのかわからない工場が舞台であるところに意味を感じる人もいたし、芥川受賞作の「穴」も、穴が象徴するものをいろんな風に解釈できる。

小山田:そう思ってくださると本当に嬉しい。見当違いの解釈で嫌だなと思ったこともないんです。どんな感想も全部斬新で面白いなって思います。「工場」では何を作っているかはあまり考えていませんでした。強いていうなら何でも作っているところかなと思っていました。オビで「何を作っているのかわからない、巨大な工場」とあって、読む人もそこが気になっている様子を見て、何を作っているのか書かなくてよかったなと思って(笑)。

――どの作品にも、なんらかの動物が出てきますよね。「工場」の灰色ヌートリアや洗濯機トカゲ、工場ウ、「ディスカス忌」の熱帯魚、「穴」の黒い獣...。いつか『小山田浩子動物図鑑』ができたらいいなと思うくらい(笑)。

小山田:ただ好きだから、なんですよね。「穴」も、主人公が穴に落ちた時に目線が地面に近くなるので、虫のことがいっぱい書けるのが嬉しかったです。植物も今でも大好きなので「工場」には架空の苔をふたつほど出したりしました。

――芥川受賞作の「穴」は、夫の転勤で仕事を辞め専業主婦になった女性が、夫の実家の隣に住みはじめてまもなく、黒い獣を見かけて追いかけて胸ほどの高さの穴に落ちる。なんとも奇妙でユーモラスな味わいです。

小山田:"嫁"というものが不思議だなと思っていました。最近では結婚して"妻"になる感覚はあっても"嫁"になる感覚は持たない人が多い気がします。よそから来て家に入って、一家の要のような存在になって、何十年かしたらその家に新たな"嫁"を迎えるんだな、ということを考えながら書きはじめたら、途中で先に進まなくなってしまったんです。そうした頃に、穴を掘る獣が出てくる夢を見たんです。この獣を出したら話が動くなと思って出しました。

――きっかけは夢だったんですか!

小山田:そうなんです。なので穴が何かを象徴するなんて考えていませんでした。でも原稿を読んだ夫に「穴に入る前と後で何が変わったのかを書かないと」と言われて、そこからまた書き直して、あのような形になりました。

――つくづく、面白い成り立ちです。今はお子さんもまだ小さいですが、一日の執筆ペースなどはいかがですか。

小山田:子供が生まれるまでは勤めていて、仕事をして帰ってきて寝る前の2~3時間くらい書いていました。妊娠して出産してからはしっちゃかめっちゃかです。締切がある時は子供を母に預けてご飯を作ってもらうんですが、おっぱいをあげなくてはいけないし、なぜかものすごく眠くなるので集中できず、1時間以上連続して書けないんです。本当は書きたい小説もあったんですがお断りしてしまって。この「作家の読書道」の川上未映子さんの回を読んだら、出産の前後も執筆しておられる様子だったので、ものすごく劣等感が...(笑)。今は半分リハビリを兼ねて、1日1行はあてのないものでも書くようにしています。私は読まないと書けないので、小説ももっと読みたいですね。

――落ち着いたらどんなものを書きたいですか。

小山田:妊娠については自分が想像していたものとは全然違う部分があったので、主題にするかどうかはわからないけれど、書いてみたいなと思っています。

(了)