第147回:小山田浩子さん

作家の読書道 第147回:小山田浩子さん

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で第42回新潮新人賞受賞。2013年、初の著書『工場』が第26回三島由紀夫賞候補作となる。同書で第30回織田作之助賞受賞。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。

その2「ひたすら文庫本を読む中学生時代」 (2/5)

  • 罪と罰〈上〉 (新潮文庫)
  • 『罪と罰〈上〉 (新潮文庫)』
    ドストエフスキー
    新潮社
    853円(税込)
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  • ジャン・クリストフ 1 (岩波文庫 赤 555-1)
  • 『ジャン・クリストフ 1 (岩波文庫 赤 555-1)』
    ロマン・ロラン
    岩波書店
    972円(税込)
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  • あやしい探検隊 済州島乱入 (単行本)
  • 『あやしい探検隊 済州島乱入 (単行本)』
    椎名 誠
    角川書店
    919円(税込)
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  • 発作的座談会
  • 『発作的座談会』
    椎名 誠
    地方・小出版流通センター
    5,199円(税込)
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――中学生時代はいかがでしたか。

小山田:中高一貫の女子校に進んだのですが、クラスに誰も友達がいない学年の時もあって。ずっと本を読んでいました。図書室で一冊文庫を借りて移動や食事の時に読んで、下校までに読み終えて図書室に本を返し、次の日に読む本を借りて帰るということを3年間ほぼ毎日やりました。今思うと辛いこともあったけれど、本を読むことで耐えられたんだと思います。当時はそんな悲愴感もなかったんです。こんなもんだと思っていました。こっちもいけなかったと思います。自分から仲間に入ろうとするわけでもなく、来てくれる人を受け入れるわけでもなく。自意識が強かったんですね。自分が思う自分と他人が思う自分が違って、思っているほどちやほやされないことに対して折り合いがつかなかったんです。それでずっと本を読んで、自分と対話していました。20歳くらいになってやっと、そうか、みんな私に興味ないんだなあってわかりました。

――そういう時ってどういう本を読んでいたんでしょう。

小山田:本は普通に楽しく読んでいました。図書室に文庫の棚があって、ちょっとでもタイトルや作者を聞いたことがあったら借りていました。ご飯を食べながら読んだりするので、文庫ばかり借りていました。ただ、毎日読んでいたのにあまり書名は憶えていないんです。漱石は全部読みましたし、ドストエフスキーの『罪と罰』、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』、あとはヘッセとか。カフカの『変身』も読みましたが、その時はよさがわかりませんでした。他には輿津要という人が編んだ『古典落語』の全集があって、それが好きで何度も繰り返して読んでいました。とにかく最後まで読んで面白ければもう1回読むことが多かったです。今でも面白いと思った本は2回3回繰り返し読みますね。

――では繰り返し読んだのは『古典落語』と、他には...。

小山田:本好きの従兄弟が今度は椎名誠さんや東海林さだおさんの文庫をたくさんくれたんです。椎名さんの『あやしい探検隊』シリーズや『さらば国分寺のオババ』、東海林さんの「丸かじり」シリーズ、それと椎名さんと沢野ひとしさんと目黒孝二さんと木村晋介さんの『発作的座談会』は何十回と読みました。椎名さんは最初エッセイが好きだったんですが、しばらくして『アド・バード』のようなSFなども読むようになりました。『中国の鳥人』の中に入っている「月下の騎馬清掃団」なんかがもう大好きで。普通の家にある日突然馬に乗った人たちが大勢やってきて、テキパキと家の中の掃除を始めるんです。家の住人は唖然として、途中で「悪いから」と言ってお鮨の出前をとるんですが、「我々は掃除しに来ただけだから」と言って彼らはそれに手をつけず、掃除が終わると去っていく。住人は鮨桶とともに呆然と見送るんです。それがすごく面白くて。

――ものすごく日常的なところに奇妙なものが入り込むのは小山田さんの作品にも共通しますね。

小山田:そう言われるとそうですね。「工場」でいろんな名前をつけた動物を登場させたのも、『アド・バード』などの名前のつけ方が格好いいなと思っていたからですし。

――それにしても従兄弟の方はかなり幅広く読んでいる方なんですね。

小山田:男性で、普段ニコニコしているタイプではないんですが、私が芥川賞を獲った時に「直木賞を獲ったら食べていけるけれど芥川賞は難しい。でも10年書き続けなさい」と言ってお祝いにボールペンと万年筆をくれたんです。嬉しかったですね。従兄弟がいなかったら椎名さんや東海林さんのエッセイを読むこともなかったし、読書傾向もまったく違うものになっていたと思います。すごく感謝しています。

――さて、高校生になってからは。

小山田:やっとちょっと友達ができて、学生めいたことができるようになりました。はじめて学校帰りに買い食いもしました。漫画が好きな友達が多かったので、わりと借りて読むことが多かったです。『ジャンプ』に連載していた『封神演義』とか。漫画以外は、新たに見つけたものではなく、『古典落語』や椎名さんや東海林さんを繰り返し読んで、新刊が出ると買って読んでいました。あ、でも安部公房を読んだのは高校生の時でしたね。試験問題に出たか教科書に載っていたかで『棒になった男』を読んだら面白かったんです。『壁』が好きでした。

――部活は何かやっていましたか。

小山田:中学、高校と文芸部に入っていました。年に3回部誌を出すのが主な活動で、日々合評みたいなことをやっていました。恥ずかしいんですが、ポエムみたいなものばかり書いていましたね。どうにもこうにもならない乙女チックなものというか、なんと言ったらいいか。1回だけ時代小説を書こうとして書けなくてしゅんとして終わったことと、ホームコメディみたいなものを書いたことはありましたが...。今、こうやって話していても口の中が渇くくらい恥ずかしいです。

――その時の部員の方々は、部誌を持っているわけですよね...。

小山田:ひとりひとり訪ねていって、焼いてまわりたいくらいです(笑)。今時代小説のことを言ったので思い出しましたが、杉浦日向子さんの漫画が好きだったんです。『百日紅』とか。『大江戸観光』のなかに出てくる滑稽本に興味を持って、大学では近世文学を専攻しました。杉浦さんの作品は笑えるし、江戸のものに憧れを持っている感じがあってよかったんです。私ももともと古典落語が好きでしたし、今にはないような感覚や生活ぶりがいいなと思えた。江戸っぽいものがものすごく好きなんです。専門的に詳しいとかでは全然ないんですが。

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