第150回:綾辻行人さん

作家の読書道 第150回:綾辻行人さん

1987年に『十角館の殺人』で鮮烈なデビューを飾って以来、新本格ミステリ界を牽引しつつ、ホラーや怪談などでも読者を魅了してきた綾辻行人さん。小学生で推理小説家になると決め、その後、読書と創作が密接な関係にあったというその愛読書とは? さまざまな先輩作家、後輩作家との交流なども交えて、その読書生活を教えてくださいました。

その5「好きな作品&後輩作家との交流&今後について」 (5/5)

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)』
マックス ヴェーバー
岩波書店
1,080円(税込)
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幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))
『幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))』
アーサー・C・クラーク
早川書房
907円(税込)
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ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)
『ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)』
スタニスワフ・レム
早川書房
886円(税込)
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星を継ぐもの (創元SF文庫)
『星を継ぐもの (創元SF文庫)』
ジェイムズ・P・ホーガン
東京創元社
756円(税込)
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悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
『悪童日記 (ハヤカワepi文庫)』
アゴタ クリストフ
早川書房
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ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)
『ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)』
アゴタ クリストフ
早川書房
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第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)
『第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)』
アゴタ・クリストフ
早川書房
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文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)
『文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)』
京極 夏彦
講談社
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――デビュー以降の読書生活には変化がありましたか。

綾辻:執筆量に比例して読書量が増える作家と減る作家、ふたつのパターンがあるようですね。僕は明らかに後者で、書くモードと読むモードが分離しているみたいで。書くモードに入ってしまうとめっきり本が読めなくなる。なので、作家になってからはそれまでのようにたくさんは読めなくなってしまった。これがたぶん、作家になっていちばん悲しいことです。

――ミステリ以外ではどのような作品が好きでしたか。

綾辻:ええと......マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』とか。岩波文庫で改訳版が手に入ります。

――あれ、いきなり意外なところから。

綾辻:いちおう元社会学者なので(笑)。いや、学生はこれ、一度は読んでみたほうがいいと思うんですよ。社会学の古典的な名著ですが、展開される論理が実にダイナミックで面白い。いま読んでも充分に面白くて、知的刺激に富んでいます。社会学的な思考法の醍醐味も味わえる。文系の学生には特にお薦めですね。
 まあそれはさておき(笑)、ミステリの近接ジャンルになりますが、いわゆるモダンホラーはやはり好きで、けっこう読みましたね。スティーヴン・キング、ディーン・R・クーンツ、ジョン・ソールあたりはひとしきり。SF方面でたくさん読んだのはもっぱら一時期の国産SFで、海外の名作はハヤカワSF文庫の青背も満足に読めていない。アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』やスタニスワフ・レム『ソラリスの陽のもとに』クラスの名作は押さえていますが。あ、ジェイムズ・P・ホーガンは好きで、『星を継ぐもの』から何冊かは読んだなあ。
 純文学と呼ばれるものについては、いわゆる文豪の名作を、人並みには読んでいるけれど人並み以上には読んでいない、という感じです。唯一、安部公房は好きでたくさん読みましたが。
 結局ね、僕の場合、小学生の時に好きになったミステリを一度も「卒業」していないんですね。ひととおり読んだあと「卒業」する人って多いじゃないですか。それをまったくしないまま大人になって、ミステリ作家にまでなってしまったという。やっぱりいちばん好きなんですね、ミステリが。「謎」→「解決」という構造がない物語には基本、大した魅力を感じないんです。

――他に例えば、海外の名作などは。

綾辻:名作と言うにはマイナーすぎるんですが、むかし皆川博子さんに薦められて読んだホセ・ドノソの『夜のみだらな鳥』は強烈に面白かったです。チリの作家ですね、ドノソは。皆川さんとはある時期から親交があるんですが、内外問わずものすごくいろいろな本を読んでおられます。僕の100倍じゃあ済まないくらい。アゴタ・クリストフの『悪童日記』も、翻訳が出て間もない頃、皆川さんに薦められて読んで、震撼しましたね。このあいだふと思いついて『悪童日記』『ふたりの証拠』『第三の嘘』の3部作を再読してみたんだけど、やはりすごい傑作だなと感じ入りました。僕的には、あの3部作もミステリの範疇に入るんですが。

――交流のある作家の方々の新作は読みますか。

綾辻:昔はマメに読んでいたんですが、どんどん知り合いが増えてとても追いつけなくなり......自分が仕事をしなくていいなら、それだけを読んで過ごしたいです(笑)。京極夏彦さんの京極堂シリーズは『姑獲鳥の夏』で衝撃を受けて以来、大好き。新本格以降のミステリの中では別格に刺激的です。新作が待望されます。

――読む本はどのように選んでいるのでしょう。

綾辻:作家になってからは出版社からいろいろと送られてくるようになって、それはそれでありがたいんですが、これが欲しいと思って書店で買っていた頃の手応えみたいなものが薄れてしまって。嬉し悲しというか、痛し痒しというか。いちばん望ましいのはやっぱり、本屋さんの店頭でたまたまその本との出会いがあって買う、というシチュエーションですね。今でもそういう本をなるべく優先させて読みます。

――最近読んだもので面白かったのは。

綾辻:直近だと、道尾秀介くんの『貘の檻』。彼は知り合いにもむやみに献本をしない方針らしいので、ちゃんと買って読みました(笑)。久しぶりに直球のミステリを書いたという話でもあったので。ミステリ的にも物語的にもかなり難しい課題をクリアしていて、とても面白かったから、すぐ本人に電話して感想を伝えましたよ。道尾くんは『向日葵の咲かない夏』を読んだ時も、デビュー2作目にしてこんな傑作を書いちゃったのかと感心したので、すぐさま電話でエールを送った憶えがあります。
 道尾くんに限らず、元気のいい年下の作家の作品を読むのは最近、楽しいですね。辻村深月さんや米澤穂信くん、詠坂雄二くん、宮内悠介くん。これは帯に推薦文を寄せた本ですけれど、一肇(にのまえ・はじめ)さんの『少女キネマ』も、今年に入って読んだものの中では1、2を争うくらい面白かったなあ。で、話をしてみたらみんな、むかし僕の作品を読んで多かれ少なかれ刺激を受けてくれていることが分かったりして、そう聞くとやっぱり嬉しいものでね。こちらとしては、そんな彼らが書いたものをうまく自分の創作にフィードバックできれば、というふうな気構えもあります。

――辻村深月さんはずっと綾辻さんのファンで、辻村さんがデビューする前から交流があったとか。以前「作家の読書道」のインタビューでもおうかがいしたのですが、辻村さんのデビューとなったメフィスト賞の受賞の連絡は、綾辻さんが伝えたんですよね?

綾辻:そうそう。もう10年ほど前の話になりますねえ。辻村さんは高校時代から熱心なファンレターを送ってくれていた人で、作家志望だっていうから気にかけていたんです。大学を卒業しても勤めながら書きつづけている、ということも知らされていた。ところが、あれはちょうど『暗黒館の殺人』が完成して、単行本化の打ち合わせで講談社のKさん(当時、文芸図書第三編集部の部長)が京都に来られた時、「さっき新幹線の中で読み終えた原稿があって、これが面白いんですよ。作者は千葉大のミステリ研出身の女の子で」と熱っぽく語るから「あれ?」と思って、「それって、○○さん?」と彼女の本名を出してみたら、Kさんもびっくりして「何で知ってるんですか」と(笑)。誰かが仕組んだような巡り合わせでしたね、あれは。「次のメフィスト賞にこれに決めました」とKさんが言うので、「じゃあ、受賞のお知らせは今夜、僕がしましょうか」ということになったんです。

――辻村さんが大学生になった時に、忙しくてしばらくファンレターを出していなかったら綾辻さんから心配して連絡をくれた、という話もご本人から聞いています。もう、なんていい方なんだろう、と。

綾辻:彼女はマメに手紙をくれる高校生だったんです。「もうすぐ大学受験です」ということ伝えてくれていたんだけど、春になっても結果の報告が来なかったので、ああ落ちたのかな、と思ったんですね。そこで、「もしも落ちたのなら、めげずに頑張って。合格して、新生活が楽しくて綾辻行人どころじゃないのなら、それは全然OK、気にしないように」という内容の手紙を書いて送った――ということを、あとで辻村さんから聞いて思い出しました(笑)。
 ああ、そういえば、2007年に『首挽村の殺人』で横溝正史ミステリ大賞を受賞した大村友貴美さんも、むかし僕にファンレターをくれたらしいんですね。受賞後に対談をした時、そう知らされて驚きました。そのファンレターは彼女、なぜか男性名義で送ったそうなんですが、「ミステリ作家志望です」と書いたのに応えて、僕が励ましの葉書を返していたんです。まったく憶えてなかったんですが、証拠にその葉書を持ってきてくださって。何て優しい先生なんだろう、と我ながら感心しましたよ(笑)。

――返信を受け取った側は、相当嬉しいと思います。

綾辻:全部に返事を書いてるわけじゃあ決してないんですけどね、僕自身がかつて連城さんや島田さん、竹本さんにとてもお世話になっていますから、自分も志のある後進に対して、できることはしてあげたいと思うわけです。直に原稿を読むことは、いくつか新人賞の選考委員を務めていることもあって、立場的にもなかなか難しいんですが。先輩によくしたもらったから自分も後輩にそうしたい、というポジティブな連鎖が、ここには生まれているようですね。

――さて、普段の執筆時間や生活のリズムは決まっていますか。

綾辻:体内時計はないに等しいんですよ、僕。会社に勤めて、毎日決まった時間に通勤する、という経験を一度もしていなくて、学生がそのまま自由業者になってしまった人間なので、その辺は完全に壊れていて。夜型と呼ぶのさえためらわれるような、ひどい生活パターンですね。今日なんかはとても早起きなんですよ(13時起床)。ドラキュラみたいな昼夜逆転の生活が基本なんですが、ドラキュラにしては朝日も浴びてるしなあ(笑)。逆転したままそれが規則正しいリズムになってしまうならまだしも、なかなかそのようにもならず......ただ、昔から執筆は原則的に夜、読書も夜です。外が明るいとどうも気分が乗らない。

――最近の刊行情報についてですが、角川文庫の作品や講談社文庫の前期「館」シリーズの電子書籍版が続々と出ていますね。また、メディアファクトリーから出ていた『深泥丘奇談』の角川文庫版が6月に刊行されたところですね。

綾辻:電子書籍化については、たまたまこのタイミングで両社の動きが重なったんです。僕自身はいまだにスマホもタブレットも持っていないので、自著の電子書籍版はまだ1度も読んだことがないんですが(苦笑)。文庫のほうは、本格ミステリ系の作品は講談社文庫に、ホラー系の作品は角川文庫に、という振り分けを意識しています。『Another』の展開がいろいろ面白かったので、『フリークス』や『眼球綺譚』に加えて、ちょうど新潮文庫で品切れになっていた「殺人鬼」シリーズも角川文庫に集めてしまいました。『霧越邸殺人事件』も〈完全改訂版〉として角川で再文庫化したんですが、これがホラー系と本格ミステリ系を橋渡ししてくれればいいな、と願っています。『深泥丘奇談』が角川文庫でも出たのは、単にメディアファクトリーがKADOKAWAに吸収されたから、ですね(笑)。

――『Another』は外伝の『Another エピソードS』も出ましたが、続編は出るのでしょうか? 

綾辻:秋には『野性時代』で『Another 2001』という続編の連載を始める予定です。『エピソードS』は外伝的なライトな作品でしたが、次作は『Another』本編から3年後、2001年に夜見山を襲う〈災厄〉の物語なので、けっこうバタバタと人が死ぬ展開になるんじゃないでしょうか。『Another』についてはさらにもう1作、長編の構想があって、3部作――いや、『エピソードS』を入れて4部作にしたいと考えています。「館」シリーズのほうはあとひとつで10部作が完成なんですが、これも50代のうちには何とかしたいなと。うーん、何だか大変そうですね(笑)。

――頑張ってください! 他に、近々の刊行予定はいかがですか。

綾辻:8月3日奥付で、講談社から『アヤツジ・ユキト 2007-2013』という本を出します。エッセイなど「小説以外」の文章を編年体でまとめた雑文集で、これが第4集になります。こうやって何年かごとに自分の軌跡を振り返って整理することで、バラバラになりかけた「わたくし」の形を捉え直している感じがありますね。僕は昔から、自分という存在の連続性に不信感を持っていて、つまり、あちこちで「わたくし」の断絶を感じてしまうんです。それが不思議だったり不安だったりもするんですが、何年かごとにこういう本を作ることで、どうにか自分の連続性を確かめて前に進もうとしているような、そんな気がします。こういう本をわざわざ買って読んでくださる奇特な読者の皆さんに対しては、今から大声で「ありがとうございます」とお礼を申し上げておかねば。

深泥丘奇談 (角川文庫)
『深泥丘奇談 (角川文庫)』
綾辻 行人
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Another(上) (角川文庫)
『Another(上) (角川文庫)』
綾辻 行人
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Another エピソード S (単行本)
『Another エピソード S (単行本)』
綾辻 行人
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アヤツジ・ユキト 2007-2013
『アヤツジ・ユキト 2007-2013』
綾辻 行人
講談社
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(了)