第150回:綾辻行人さん

作家の読書道 第150回:綾辻行人さん

1987年に『十角館の殺人』で鮮烈なデビューを飾って以来、新本格ミステリ界を牽引しつつ、ホラーや怪談などでも読者を魅了してきた綾辻行人さん。小学生で推理小説家になると決め、その後、読書と創作が密接な関係にあったというその愛読書とは? さまざまな先輩作家、後輩作家との交流なども交えて、その読書生活を教えてくださいました。

その3「京大推理研究会からの広がり」 (3/5)

  • ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)
  • 『ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)』
    夢野 久作
    角川書店
    562円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • 黒死館殺人事件 (河出文庫)
  • 『黒死館殺人事件 (河出文庫)』
    小栗 虫太郎
    河出書房新社
    972円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • 匣の中の失楽 (講談社ノベルス)
  • 『匣の中の失楽 (講談社ノベルス)』
    竹本 健治
    講談社
    4,576円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • 私という名の変奏曲 (文春文庫)
  • 『私という名の変奏曲 (文春文庫)』
    連城 三紀彦
    文藝春秋
    756円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • 11枚のとらんぷ (角川文庫)
  • 『11枚のとらんぷ (角川文庫)』
    泡坂 妻夫
    KADOKAWA/角川書店
    691円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto

――さて、大学では京都大学の推理小説研究会に入ったわけですよね。

綾辻:はい。入学してすぐに入会しました。そのことで、入ってくる情報が質量ともに格段にはねあがりましたね。創設されてまだ5年くらいのサークルだったんですが、当時すでに巽昌章さんが主のような風情でいらっしゃって(笑)、いろいろと教えていただきました。『ドグラ・マグラ』や『黒死館殺人事件』は高校時代に自力で見つけて読んでいたと思うんだけれど、久生十蘭とか国枝史郎とか、それに竹本健治さんの『匣の中の失楽』なんかは巽さんに教えてもらったじゃなかったかな。『幻影城』のムーブメントが終盤にさしかかっていた時期ですが、そういう雑誌があることを知ったのもミステリ研に入ってからだったと思います。

――研究会ではどのような活動をされたのですか。

綾辻:毎週1回の例会で、基本的には課題本を決めて読書会が行なわれていたんですが、月に1回は「犯人当て」があったんです。会員が持ち回りでオリジナルの犯人当て小説を書いてきて、問題編を朗読して、参加者が犯人当てに挑戦するという。小説を書いた経験があろうとなかろうと、卒業までに必ず1度はそれを書かねばならない、という不文律があってね、これは現在でも続いているようです。京大ミステリ研の、まあ伝統行事ですね(笑)。作家志望を公言していた会員は、当時は僕だけでしたね。だから、犯人当ては頑張って何作も書きましたよ。ミステリ研の"鬼"が相手で、戦績は悲惨でしたが。
 ただそう、お年頃的に僕も、他にいろいろやりたいことが多かったんですよね。バンドもやりたい、バイクにも乗りたい、麻雀もしたい、バイトはしなきゃいけない、女の子ともつきあいたい......と、わりあいリア充な学生だったので(笑)、とにかく忙しくて。大学3年生くらいまでは、本当に寝る時間がなかったです。勉強をする暇と小説を書く暇もなかった。なので、ミステリ研ではなかば幽霊会員みたいな感じで。犯人当てを書くこととと、学園祭に合わせて出す会誌『蒼鴉城(そうあのしろ)』に原稿を書くことだけは外さない、と自分に課してはいたんですけれども、このままでは駄目だなあと思ううちに月日は流れていき......。

――本を読む暇はありましたか。

綾辻:忙しかったけれど、それでも本はよく読んでいましたね。相変わらずSFは好きで読んでいたし、推理小説では『幻影城』出身の泡坂妻夫さん、連城三紀彦さんの作品を読んで大いに触発されました。僕はどうも、60年代以降支配的だった松本清張的なリアリズムが肌に合わなかったんです。国産作品ではやっぱり江戸川乱歩や横溝正史のような"探偵小説"が好きで、70年代には例の横溝正史ブームがあったけれども、リアルタイムで書かれる推理小説の多くは依然、原理的なレベルで「清張以降」の色が濃かった。それが僕には不満というか、物足りなかったんですね。そんな中で泡坂さんや連城さんの作品と出会って、現代でもこういうやり方でこんなに面白い本格ミステリが書けるのか、と驚いたんです。
 連城さんの、特に初期作品の魅力はまず、逆転劇の凄まじさ。どんなに構えて読んでも結末の逆転で驚愕してしまうという。しかもそれが、あの独特の美しい文体があってこそ十全に成り立っているというところに感動しました。こんなふうに書けたら、という憧れを今でも持っています。
 泡坂さんは有名なアマチュア・マジシャンでもあった方なんですよね。僕も20歳過ぎでずいぶん奇術に凝って、マジックショップに足しげく通ったくちなんです。泡坂作品はどれも、マジシャンならでは発想や技術を武器にして書かれた独自性の高い本格ミステリで、自分も心得があるだけによけい感心させられました。奇術とミステリ、両方にあそこまで精通していて、どちらも名人級の腕前という作家は、世界レベルで見ても泡坂さんだけなんじゃないかな。

――おふたりの、どのあたりの作品になりますか。

綾辻:連城作品は、一般的には直木賞受賞作の恋愛小説『恋文』が有名ですが、衝撃的だったのはやはりまず、『戻り川心中』『変調二人羽織』『密やかな喪服』あたりの初期短編集。今は光文社文庫で読めると思います。それから絶対に外せないのは、『夜よ、鼠たちのために』です。これが今、非常に手に入りにくい状態らしいですね。最初は実業之日本社から新書判で出て、新潮文庫に入ったあとハルキ文庫に移って、そこで品切れ状態が続いているんだとか。日本の叙述トリック系短編集の最高峰なのに......もったいない。長編では第1長編の『暗色コメディ』が好きなんですが、これも品切れ中なのかしら。文春文庫で手に入る『黄昏のベルリン』と『私という名の変奏曲』も傑作です。
 泡坂作品は、短編なら「亜愛一郎」のシリーズ、長編なら『11枚のとらんぷ』『乱れからくり』『湖底のまつり』『しあわせの書 ―迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術―』......ああ、どれもこれも傑作ですね。創元推理文庫で、今もたいがい手に入るんじゃないでしょうか。あ、『しあわせの書』は新潮文庫で、これはマジシャン的な見地からも必読必携の本です。

――おふたりに続く作品といいますと。

綾辻:何と言っても、島田荘司さんの『占星術殺人事件』ですね。1981年にあの本が出た時の大興奮は忘れられません。翌年には第2作『斜め屋敷の犯罪』が出て、さらに興奮しました。連城さんとも泡坂さんともまた違ったフォームで、本格ミステリの剛球を投げてくる、という印象で。ああ現代でもこんな、いかにも探偵小説的な大トリックを中心に据えて奇矯な名探偵が天才的な推理でそれを解明する、というような本格ものを書いても良いのか、と。それまでは基本、良くないものだと思っていた、思わされていたんですね。リアルタイムでそのような作品を読んだ経験が、ほとんどなかったから。
 同じ意味で、1979年に笠井潔さんの『バイバイ、エンジェル』が出た時も興奮したし、栗本薫さんが『絃の聖域』で名探偵伊集院大介を登場させた時もワクワクしたものでしたね。

――当時、横溝的な世界や名探偵もののミステリは駄目だという風潮があったのでしょうか。

綾辻:駄目というか、そんなものは時代後れだという認識が、出版界に根強くあったようですね。大トリックがどうの、血みどろの惨劇がどうの、あっと驚くどんでん返しがどうの、というような小説は、真っ当な現代の作家が書くものじゃないと。実際、島田さんは『占星術殺人事件』を発表した時、ずいぶんそのように批判されたと聞きます。でも一方で、『占星術』のような本格ミステリを待望していた読者や作家志望者は確実にいて、当時の風潮に対して違和感や不満を抱いていた。それが結果として、のちの新本格ムーブメントに繋がっていったんだろうと思います。

――綾辻さんは学生の頃、連城さんにはお会いになっているんですよね。

綾辻:京大の学園祭でお会いしたんです。ミステリ研に当時、連城さんと親交のある会員がいて、彼が声をかけたら気安く遊びにきてくださって。みんなで連城さんを囲んでいろんなお話をうかがったんですが、そこで僕があつかましくも、「ミステリ作家志望なんです。原稿を読んでくださいますか」とお訊きしたら、「いいですよ、送ってください」と言われて、それで本当に原稿を送ったんです。そうしたら、何ヵ月か経って連城さんから手紙が来て、「読みましたよ」と。「言いたいことがたくさんあるけれども手紙だと長くなってしまうので、指定の時間にあなたのほうから電話をください」とあったので、もうびっくりして。ドキドキしながら電話をしたら、小1時間かけて感想や意見や助言を伝えてくださいました。その時の原稿が実は、『フリークス』に入っている「四〇九号室の患者」の初稿だったんですよ。これはそもそも、連城さんの「白蓮の寺」に触発されて書いたものだったんですよね。セバスチャン・ジャプリゾの『シンデレラの罠』のような、事故でみずからの顔と記憶を失った人物の話なんですけれど、連城さんの趣味に合ったのかもしれません。
 そんなことがあったあと、幸運にも島田荘司さんや竹本健治さんとも知り合う機会に恵まれて......。

――島田さんや竹本さんとも学生の頃にお会いになっているのですか。

綾辻:1年留年して5年生の時、立命館大学で島田さんの講演があると聞いて駆けつけたんです。ちょうど卒論の提出締切直前という時期だったんですが、何をおいても島田さんの顔を見てみたくて。会場での「この中にミステリ作家志望の人はいますか?」という問いかけに、迷わず「はい」と手を挙げて(笑)、あれこれお話をしたらすっかり気が合ってしまったんですね。自分の作品が載っている『蒼鴉城』をお渡しして、さらには長編の原稿も読んでいただける流れになって。その前の年、こんなリア充を続けていては駄目だろう(笑)、ここでちゃんと長編を書いて江戸川乱歩賞に応募しよう、と一念発起して書いた原稿があったんです。これが、のちに『十角館の殺人』として世に出ることになった長編の初稿だったんですが。まあ、そのような島田さんとの出会いでした。
 竹本健治さんとの初対面は、京大ミステリ研で講演にお呼びした時。竹本さんはもともと連城さんと仲良しで、事前に連城さんから「京大には内田くんっていうちょっと面白い学生がいるから」と聞いていたそうなんです。あ、内田というのは僕の本名です。それでいろいろお話をしてみたら、楳図先生とダリオ・アルジェントが大好きという点でシンクロして、大いに盛り上がっちゃって(笑)。以来ずっと、親しくしていただいています。
 そういえば、竹本さんをお招きした時のミステリ研の編集長が、法月綸太郎くんだったんですよね。彼は僕より4年下になるのかな。法月くんと同期に我孫子武丸くんもいて、大谷大学から京大ミステリ研に遊びにきていた小野不由美がいて......と、こうして話すと何だかすごい、ありえないような人材の集まり方ですねえ。

――みなさんで"切磋琢磨した"感はありますか。

綾辻:あまり厳しく批判し合ったりはしなかったですね。「犯人当て」の犯人が当たったの当たらないので大騒ぎすることはありましたが(笑)。でもそう、「気分は〈ときわ荘〉」みたいな一時期があったようには思います。

  • 占星術殺人事件 改訂完全版 (講談社文庫)
  • 『占星術殺人事件 改訂完全版 (講談社文庫)』
    島田 荘司
    講談社
    905円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)
  • 『シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)』
    セバスチャン・ジャプリゾ
    東京創元社
    799円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto

» その4「大学院生の頃にデビューが決まる」へ