第153回:黒川博行さん

作家の読書道 第153回:黒川博行さん

はじめて直木賞候補になったのは1997年。それから18年、6度目の候補で今年7月に直木賞を受賞した黒川博行さん。クセのある人間たちが交錯するハードボイルド小説が人気の著者は、どんな幼少期を過ごし、どんな風に本と接して、どのように作家を目指したのか? どうぞ著者の小説と同じように、脳内で軽快な大阪弁のイントネーションを再現しながらお読みください。

その2「美術教師から作家へ」 (2/4)

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――学校の課題などは大変でしたか。作品制作とか。

黒川:年にひとつ作品を作ればいいだけで非常に楽でした。そやから麻雀ばっかりしてたんです。

――そういえば、奥様と出会ったのも雀荘だったとか。

黒川:1回生の終わりです。学校の近くの雀荘に行ったら、花柄のワンピースを着て髪の毛を真っ赤に染めてマニキュアがレモンイエローで、ひざ組んで煙草吸いながら麻雀打ってる女の人がいる。どこの場末のホステスかと思ったら、うちの日本画の学生で。そこから雀荘で会うようになって、いつのまにやら結婚することになりました。2回生か3回生の時にもう一緒に住んでまして、4回生の時に学生結婚したんです。結婚したからには定期収入が必要ですから、彫刻科の同級生9人いるうちの僕だけが就職しました。教授にダイエーが彫刻科の卒業生を一人ほしがっているから誰か行くかと訊かれて僕が手を挙げたんです。店舗の意匠、内外装をする部署に配属されました。嫁は中学校の美術の教師になりまして、4年間その状態で共稼ぎしてました。

――4年後に何か変化があったのですか。

黒川:5年目に高校の美術の教師の採用試験を受けて合格したんです。嫁はんも中学校の教師から高校に変わろうとして、二人で採用試験を受けて、嫁はんも後から高校の美術教師になりました。

――社会人になってからも本は読んでいましたか。

黒川:20代の後半に、寝ても覚めても古今東西のミステリの名作を乱読していた時期があります。たぶん、クリスティーの『そして誰もいなくなった』あたりを読んだのが最初やったと思います。海外ならクリスティーとかクイーンなど、日本の作品では松本清張や横溝正史。横溝は僕にとってはあまり面白くはなかった。他にも、古今の名作というものをほとんど読んだ気がします。そこからエルモア・レナードやジェイムズ・エルロイに移っていきました。ハードボイルドのほうが面白いなと思ったんです。そればかり読んでいた頃に、第一回サントリーミステリー大賞が作品を募集していることを知って、自分でも書いたみようかと思ったんです。それが32歳でした。

――締切が迫っていたので、夏休みの1か月で書きあげたとうかがっておりますが。

黒川:そうですね、その時に書いた『二度のお別れ』がはじめて書いた小説であり、最速で書いた小説です。今思えばなんで書けたんかな、と。小説の作法を知らなかったんです。改行したら一字あけるとか、章が変わる時には一行あけるとかまったく知らんかった。だから応募原稿は一行アキもなくずらずらずらーっと続いています(笑)。松坂さんという担当編集者が小説の約束事を教えてくださいまして、それで書き直しました。

――選考過程で編集者とそういうやりとりがあったということですか。

黒川:最終選考に3作品残ったんですが、それぞれ仮綴じ本を作って読者に配布して、読者賞を決めるんです。それで仮綴じ本を作るために打ち合わせに行った時に作法というものを教わりました。

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――はじめて書いた小説で最終に残るとはすごいですね。小説を書いた経験がないのに、しかも1か月で、警察のことなどよく書けましたね。

黒川:いや、むちゃくちゃ書いてますわ(笑)。今思えば、キャラクターを一生懸命作ったように思います。それまで読んできたミステリに出てくる刑事がやけに真面目なんですよ。正義感を持って文句も言わずに靴底すり減らして捜査する。大阪人からしたらそんなことありえない(笑)。給料安いなとか、今日も暑いな寒いなとか、あいつ好きや嫌いやということをブツブツ言いながら捜査するのが大阪の刑事やろうと思いましたから、そこは強調したかった。それで、ものぐさな刑事と真面目な刑事を組み合わせて書けば面白いかなと考え、二人によく喋らせました(笑)。本筋に関係ないことも間に入れながら捜査が進んでいく書き方というのは、この頃から出来てたんやないかな。

――その『二度のお別れ』が佳作に選ばれたわけですね。ちょっと書いてみようという気持ちで始まったわけですが、その頃には作家を目指す気になっていましたか。

黒川:いえ、まだ。当時はバブルに差し掛かる頃でしたから、サントリーミステリー大賞は大賞だけでなく佳作や読者賞の作品も出版してくれたんです。大賞はハードカバー、読者賞もハードカバー、佳作の僕だけソフトカバー。そうなるとハードカバーで本を出したいなという欲が出てきますから(笑)、それで第2回も応募して最終選考に残って、また佳作でソフトカバーだったんです。そうなると意地になってもう一回出そうという気になる。でも第3回は応募しなかったんです。たまたま他の出版社からオファーがあって、その作品を書いていました。その後、『キャッツアイころがった』という作品で第4回に応募して大賞をもらいました。無事ハードカバーで出版されました(笑)。その頃にようやく、作家として食うていけたらいいな、という考えが芽生えました。

――その後すぐに教師は辞められたのですか。

黒川:『キャッツアイころがった』の後に出た講談社の『海の稜線』がわりに評判がよかったんです。なおかつ当時は高校の教師をしながら夜書いていましたから、本当にしんどかったんですね。二足のわらじを履ききれずに慢性的な睡眠不足になって、どちらかに決めなあかんなと思いました。それが38歳の時ですね。美術の教師の仕事も面白かったんですが、40歳になった時に教師でいたら、もう定年まで辞められないんやろと思いました。自分が60歳になった時にどういう状況にあるのがいいかなと考えまして、教師として定年を迎えるよりは、作家という仕事があったほうがいいなと思って、で、嫁はんに「ええかな」と訊いたら「やめれば」と。夫が睡眠不足で苦労しているのを見てましたから、どっちでも好きにしたらいいと思ったんやろうと思う。今思えばよくぞそんな危ない選択をしたと思います。嫁はんも高校の教師ですから旦那が食えんようになっても家計に困ることはないと高をくくっていたというか腹をくくっていたというか。結婚して物事を相談したのはそのひとつだけです。後はみんな事後承諾。車を買うた時も家を買うた時も。

――え、それでケンカにならないんですか。

黒川:「あ、そう」という感じですよ。よくできた嫁はんをもらったなと思います。

――黒川さんの作品の多くのカバー装画は奥様の黒川雅子さんによるものですよね。お仕事でもご一緒されているということですね。

黒川:便利ですよ。こんな小説書いたからこういう絵を描いてくれ、と言えますから。『破門』は破門になるわけですから、果物が割れた絵を描いてくれと頼みました。『悪果』ははぐれ者が二人いるから、ふたつの葡萄を離れたところに描いてもらいました。『落英』は主要登場人物が3人いますから、桜の花びらが3枚散っている絵を描いてほしいと言いましたね。

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