第153回:黒川博行さん

作家の読書道 第153回:黒川博行さん

はじめて直木賞候補になったのは1997年。それから18年、6度目の候補で今年7月に直木賞を受賞した黒川博行さん。クセのある人間たちが交錯するハードボイルド小説が人気の著者は、どんな幼少期を過ごし、どんな風に本と接して、どのように作家を目指したのか? どうぞ著者の小説と同じように、脳内で軽快な大阪弁のイントネーションを再現しながらお読みください。

その4「直木賞受賞&新作など」 (4/4)

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――この7月に『破門』で直木賞を受賞されましたが、気持ちの変化はありましたか。

黒川:ないですね。嬉しいのは当然嬉しいです。でも生活が変わったり書くことが変わったりすることはまったくないです。65歳になって変わりようがないですから。でも2度と直木賞の候補にならないというラクさはありますね。待ち会も2度としなくていい。今回も大阪で一人で待とうと思ったんですが、角川書店の人に説得されて東京に来て、じゃあ麻雀でもしながら待とうかということになりました。

――記者会見面白かったです。同時に芥川賞を受賞した柴崎友香さんとは同じ中学出身だという驚きもあって。

黒川:柴崎さんの実家は僕の通っていた高校のすぐ近くにあるんです。柴崎さんの出身高校は嫁はんの卒業高校ですね。直木三十五も同じ高校。前回直木賞を獲った朝井まかてさんが出た小学校は僕の家から歩いて20分くらいのところにある。このところ大阪がきていますよ(笑)。

――受賞作の『破門』は建設コンサルタントの二宮と、彼にとっての疫病神であるヤクザ、桑原の珍コンビが登場する「厄病神」シリーズの最新作ですが、これは最初からシリーズ化するつもりだったのですか。

黒川:いえいえ。第一作の『疫病神』が評判よくて直木賞の候補になって、欲が出たんでしょうね。それにシリーズものはキャラクターがもう出来ているから書くのがラクなんですよ。話のとっかかりさえ作ればいいんですから。あれはある意味ロードムービーでもあるので、北朝鮮や沖縄に行ったりマカオに行ったりさせて書いてます。

――『国境』の執筆では、取材で実際に北朝鮮に行かれたそうですね。

黒川:2回行きました。1回目に行った後に連載がはじまって、その時に金正日のことを「パーマデブ」って書いたんです。2回目に羅先・先鋒という、今の羅先特別市の経済特区に行った時は「お前はちょっとここに残れ」と言われないかという不安がありましたね(笑)。単行本を出した後には講談社にそれらしき筋の人から問い合わせがあって、ちょっと危ないかなと思いました。しばらくは来客があると必ずドアスコープを見て確認してドアを開けたり、地下鉄のホームの端に立たないようにしたりしてました。

――ところで疫病神シリーズもそうですが、シリーズものが複数の違う版元から出ていますよね。

黒川:出版社から「何か書きませんか」と言われると、僕が何も気にせずに「あのシリーズでいきましょうか」と言っていたんです(笑)。先ほども言いましたがシリーズは書くのがラクなので、困ったら疫病神のコンビを出せばいいやと思っているところがありますね。シリーズではない『後妻業』なんて、書くのがすごく大変でした。刑事ではない人間を主人公にしたので、どういう風に捜査して資料を集めるのか、法律のことをものすごく調べました。『破門』に比べて非常に苦労しました。

――その新作『後妻業』は、お金持ちの老人の後妻になって遺産を分捕ろうとする人間たちが出てくる話。本当にこういう人たちっていそうですよね。

黒川:知人が実際に被害にあっているんです。その人たちは姉妹なんですが、お父さんが91歳か92歳で内妻が78歳やったかな、小説では69歳にしていますけれど。お父さんが死んだときに内妻が公正証書を出してきて「遺産はすべていただきます」と言うから姉妹はびっくりしてました。弁護士に相談して調べたところ、その女性の夫が9年の間に4人死んでいることが分かったんです。みんな不審死。徳島県の山中で交通事故死したり...。でも、公正証書を出されたら争う術がないんです。保険金目当てでもないから、90歳をすぎたお爺さんが死んでも警察もまともに調べようとしません。弁護士も全然頼りにならんかったんです。

――作品では、興信所の調査員、つまり探偵が後妻業を企む人たちのことを調べていきます。でも分かりやすい善対悪の対決にはならない。黒川さんの作品では善人とも悪人とも決めつけられない人たちがよく出てきます。

黒川:ここ10年くらい善人が出てくる小説を書いていないですね。悪人ばっかりです。刑事が出てきても悪徳刑事ばかりですし。最初に書いた大阪府警シリーズというのはほのぼのとした昔風の本格派に近いミステリでしたが、ある時期からハードボイルドに傾いていきました。ノワールというかピカレスクというか。正義感ばかりで動いている刑事よりは、悪人のほうが僕は書きやすいですね。人間の本音、本質が出てきますから。悪人の中の善を書くほうが、善人の中の悪を書くよりもラクです。
僕はこれを書きたいとかテーマにしたいということがないんです。読者が何を面白がってくれるか、ということだけ。であれば、悪人を書いたほうが読者は面白がるかなと思ってます。

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――今後の刊行予定などを教えてください。

黒川:『アサヒ芸能』で連載をしている『勁草』がそろそろ終わるので来春に出るように思います。『破門』がBSのスカパー!でドラマ化する予定なんですが、大阪弁っていうのは演じるのが難しいんですよね。主演の2人がどうなるのかな、と思っているところです。

(了)