第153回:黒川博行さん

作家の読書道 第153回:黒川博行さん

はじめて直木賞候補になったのは1997年。それから18年、6度目の候補で今年7月に直木賞を受賞した黒川博行さん。クセのある人間たちが交錯するハードボイルド小説が人気の著者は、どんな幼少期を過ごし、どんな風に本と接して、どのように作家を目指したのか? どうぞ著者の小説と同じように、脳内で軽快な大阪弁のイントネーションを再現しながらお読みください。

その3「デビュー後の読書&執筆」 (3/4)

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――さて、専業になってからの生活はいかがですか。読書についても。

黒川:専業になったらもう少し書く原稿の枚数が増えるかなと思ってましたが、かえって減りました。何時に起きて何時に寝るという習慣がなくなると、ついついなまけるんですね。当時は連載がなくて書き下ろしだけやったんですが、書き下ろしって締切があってないようなものですから、いくらでもサボれるんです。あの頃年収200万円を切ったんちがうかな。なんで高校教師を辞めたんやろうと後悔しました。生徒に教えている夢もよく見ました。その後、『小説推理』に連載した『迅雷』が単行本もわりに売れて映画化もされまして、それ以降は同じ年代の男と同じくらいの収入を得られるようになり、我が家の経済事情は上向きになりました(笑)。『迅雷』以降は連載の仕事が途切れたことはないと思います。 読書は圧倒的に資料のためのノンフィクションが増えました。

――どんなジャンルが多いのですか。

黒川:事件もの、警察の内幕もの、裏社会のものですね。たくさん読んでいるので書名はぱっと出てこないですが。溝口敦さんのノンフィクションはよく読んでいると思います。あとは動物の本。生き物が好きなんです。鯨の生態とか、寄生虫の話とか、そういう本は好きでよく読んでます。

――直木賞受賞の『破門』ではオカメインコのマキちゃんが高評価でしたが、実際に飼われていますよね。

黒川:今年で9歳です。ずっと家で放し飼いをしてますが、寝る時も起きる時も24時間一緒。原稿を書いている時はだいたいパソコンの上の本棚で寝てます。他にはカエルを6~7種類、100匹くらい飼っていたことがあります。ヒキガエルだけで20~30匹。生餌しか食べないから、近所の公園にアリマキを取りに行ったり、ミミズとナメクジとかダンゴ虫とかを捕まえたり。庭に豚肉を置いて湧いたウジを食べさせたりもしました。それが大変でした。7、8年前に最後の1匹が死んで、それからカエルはやめました。金魚とメダカはずっと飼ってます。

――小説は読むとしたらどういうものが多いですか。

黒川:最初は外国ミステリもよく読んでました。でもある時期から国内のミステリしか読まなくなりました。外国のものは登場人物表を何度も見返して確認しないと分からなくなってしまう。それに方言がないでしょう。外国のハードボイルドの台詞なんかは洒落ているけれど、方言独特の言い回しがないのがちょっと不満足なんです。

――方言が出てくる小説が好きなんですか。

黒川:好きですね。司馬遼太郎の幕末の話なんかも、すごく面白いんだけれど各藩からみんな来ているのに標準語で喋っているところが不満です。津本陽さんや浅田次郎さんはちゃんと書いていてすごいなと思います。映画でも例えば『たそがれ清兵衛』を観ていると方言がいいなあ、面白いなあと思いますよ。僕の疫病神シリーズの『暗礁』では沖縄の方言を書きたくて登場人物たちを沖縄に行かせたところがあります。最後は沖縄出身の人に方言指導をしてもらって原稿を直しました。

――方言はそのまま書くと、知らない人が読むと何を言っているか分からないことがあります。黒川さんはそのバランスはどうされていますか。

黒川:喋ってる言葉そのままを書いても理解できんやろうし、字面にするとすごく下品になりますね。だから僕は「ちゃう」というのも「ちがう」という風に書いています。疫病神シリーズの桑原というヤクザが喋っている言葉は、僕に言わせると上品。大阪人以外の人には理解できないと思うんですけど。

――そういえば、台詞を音読しながら原稿をお書きになるとか。

黒川:ブツブツ言うてますね。小説のことが頭にあると、飯を食うてる時でも物騒なことをブツブツ言うてます(笑)。

――お知り合いの作家の新刊を読んだりはしますか。

黒川:読みます。東野圭吾の小説はすべて読んでいると思います。デビューしてすぐ知り合ってお互いに本を送るようになったんです。当時は月2回くらい長電話をしていました。お互いの本の感想を言ったり、今度の乱歩賞の作品はどうか、なんていう他のミステリの話題作の話をしたり、原稿料はいくらやとか初版部数はどれくらいかという話もしました。東野圭吾の初版部数はつねに僕の1.5倍くらいありました。たいしたものでした。彼は1日あたり20枚くらい書いたりするんですよ。僕は7枚くらいやから、もう嫌になる。今日は眠たいから眠気を覚ますために腕立て伏せをしてから書いた、なんて彼は言う。やっぱり書く覚悟が違うなと思いました。最近はお互いに忙しくなって長電話はしてませんけどね。

――黒川さんは執筆時間などは決めていないのですか。

黒川:決めてないです。だいたい夜の8時か9時くらいから書くことが多い。3時くらいまで書いて寝て、午前11時前後に起きますね。締切が迫るとそんなこと言ってられませんから昼間にも書きますけど。

――新聞やニュースなどに目を通して、気になる事件をチェックしたりは?

黒川:『迅雷』は新聞の片隅にあった記事がきっかけですね。ラーメン屋の店主がヤクザの組長を誘拐して身代金を取ろうとしたんですけれど、反対に殺されそうになって自首したという囲み記事があったんです。これは小説に使えるなと思い、そこから膨らませていきました。警察に逃げ込んだということが面白いですよね、小説ではそういう話にはしませんでしたけど。『暗礁』は佐川急便事件、『落英』は和歌山の地方銀行副頭取射殺事件がヒントになりました。実際の事件を小説に使えないかなというアンテナをはっているわけではないんですが、そういう気持ちは頭の中にあるとは思います。でも、面白い題材があっても書けないことが多いですね。いろいろ支障がありますから。

――作品のなかには裏稼業や聞きなれない職業などもいろいろ出てきますが、実際に取材されているのでしょうか。

黒川:珍しい職業に興味を持ったら、伝手を辿ってその職業の人を紹介してもらいます。なんとでもなりますよ。新聞記者の知り合い多いですから、こういう職業の人を知らないかと訊くとたいがい教えてくれます。物書きが便利なのは、自分の本がありますから「こういうもの書いてます」と渡すと、たいてい取材を受けてくれるということ。初めの頃は取材が大変でしたが、物書きになって5、6年目くらいから取材が楽になりました。まあ30年書いてきていますから、今では新聞記者の知り合いも大阪にたくさんおるし、警察のマル暴担当で退職した人も何人か知り合いがいます。

――警察のシステムは変わっていきますから、最新情報を入手するのが大変ですね。

黒川:年ごとにシステムが変わりますね。警察というところは何かの事件があると新しく対策班や特別捜査班ができるという、融通無碍な組織であるのにそういう情報は外に出ない。資料では取材できないので、中にいる人間あるいはそこを退職した人たちに話を聞くというのは不可欠ですね。

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