第171回:中脇初枝さん

作家の読書道 第171回:中脇初枝さん

こどもへの虐待をテーマにした連作集『きみはいい子』が話題となり、『世界の果てのこどもたち』も本屋大賞にノミネートされ注目されている中脇初枝さん。実は作家デビューは高校生、17歳の時。でも実は作家ではなく民俗学者を目指していたのだそう。そんな彼女はどんな本を読み、影響を受けてきたのか。幼い頃のエピソードもまじえつつ、これまでの道のりを語ってくださいました。

その4「大人になって感銘を受けた本の数々」 (4/4)

  • 子どもへのまなざし (福音館の単行本)
  • 『子どもへのまなざし (福音館の単行本)』
    佐々木 正美
    福音館書店
    1,836円(税込)
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  • 新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)
  • 『新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)』
    森見 登美彦
    祥伝社
    607円(税込)
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  • そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ・クリスティー
    早川書房
    821円(税込)
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  • 故郷はなぜ兵士を殺したか (角川選書)
  • 『故郷はなぜ兵士を殺したか (角川選書)』
    一ノ瀬 俊也
    KADOKAWA/角川学芸出版
    1,944円(税込)
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――卒業後はどうされたのでしょうか。読書生活は。

中脇:小説では海外文学を翻訳で読むのが好きでした。莫言の『赤い高粱』も好きだったんですが、ノーベル文学賞を受賞した時のインタビューを読んでいたら、舞台となった場所に赤い高粱なんて生えていなかった、なんて言っていたのでびっくりして読み返しました。だって地平線まで赤い高粱のイメージがありましたから。作家の想像力には果てがないことを教えてもらいました。
それから、小説ではないんですけれど、佐々木正美という児童精神科医の『子どもへのまなざし』という本に大きな影響を受けました。子育てをしている人に向けての育児書ですが、すごくいいんです。自分と他者を愛することができるようになる本ですね。どんな小さなこどもにも、どんなに立派な大人にも、それぞれ思いがあってそうしているんだという気づきをくれる。だから、こどもとの関わり方に悩んでいる方はもちろん、こどもがいない人にも読んでもらいたい。こどもを知るためというだけでなく、自分を知るためにもいいんじゃないかと思います。講演も本もすごく優しい語り口で、なぜわたしたちがそうなのかということを解き明かしてくれます。
それから故郷には、実はとても素敵な小説家がいたんです。上林暁。

――あ、幡多出身なんですか。

中脇:そうです。自分と同じ風景を見ていた作家さんなんですよね。書いている物語が自分と地続きというか。私小説作家で、すごく地味ですけれども、人間の弱さと愛しさみたいなものを書いてくれています。『薔薇盗人』なんていいですね。寺田寅彦とか、内田百閒といった、肩の力の抜けているものを書く人が好きですね。カレル・チャペックも好きでした。

――同時代の作家はいかがでしょう。

中脇:好きなのは宮本輝の『幻の光』、宮部みゆきの『理由』...。お箏の先生が持っていたこともあって、田辺聖子も一通り読みました。高知出身の宮尾登美子、坂東眞砂子、有川浩も読みますし。それから、こどもが森見登美彦の大ファンで、お小遣いで全作品をそろえたくらい。わたしも読ませてもらって、作品が舞台になるときは観に行くようになりました。今度舞台化される『新釈走れメロス』を楽しみにしています。あ、最近では小野不由美の『残穢』が怖かった。クリスティーの『そして誰もいなくなった』以来、怖かった本(笑)。

――ホラーとミステリーだから、怖さの種類がまた違うじゃないですか。

中脇:「もう後ろ向けない!」という怖さは一緒だから(笑)。『残穢』を読んでいたときは、ちょうどこどもの友達が遊びに来ていて「よかった、みんないるから平気」と思って読み進めていたら、佳境に入ったところで、こどもたちがみんな外へ遊びに行くと。「行かないで。一人でいいから残って」と必死で頼んだのにみんな出て行っちゃって、めちゃくちゃ怖かった。
やっぱり、怪談もそうですが、怖い話って好きなんです。全部が明かされる怖さより、明かされない怖さのほうが好き。小さい頃から聞いたり、自分でも語ったりしていた怪談なんかは、すっきりしない怖さがあるから、ずっと心に残っているんですよね。

――執筆のための資料としてお読みになっているものも多いのでは。今年本屋大賞にノミネートされた『世界の果てのこどもたち』も、戦時に満州で出会った少女3人のその後の数奇な運命を描く物語ですが、相当な参考文献の数でしたね。

中脇:あれはほんの一部です。とにかく、当時のことを書き遺してくださった研究者、それから専門家ではない市民のみなさんのおかげですね。参考にさせていただいた全ての本にいえることですが、たとえば、『横浜の空襲と戦災』がなかったら、あの小説は書けなかった。これは心ある横浜市民が残してくれた貴重な記録です。失われる前に残してくれた方々に感謝しながら、いつも小説を書いています。
それから、歴史学者の一ノ瀬俊也の『故郷はなぜ兵士を殺したか』などの著作、また、梯久美子の『昭和二十年夏、僕は兵士だった』の一連の著作には感銘を受けました。
漫画では、こうの史代の『この世界の片隅に』もすごい。戦後世代が広島のことを漫画で描くという、これもとても新しい戦争の見方だなと思いました。
研究にせよ小説にせよ、当事者が当事者の経験を語っていた時代、もしくは経験を元にして小説を書いていた時代は、どこか視点が定まっている感じがある。そうじゃない世代が、体験していないことを書くことによって、より読者は「誰かの体験」じゃなくて「私の体験」として読めるんですよね。体験をした人が表現すると、どうしてもその人の体験した物語になってしまって、「ああ、あなたはそういう体験をしたのね」で片付けられてしまうこともある。それがいいとか悪いとかでは全然なく、むしろそういう作品も必要なのですが、そうじゃないものが出始めてきたのが新しいなと感じます。どんな人が読んでも自分のことのように読むことができるものが出てきているんですよね。小説でいえば高橋弘希の『指の骨』もそうだし、小手鞠るいの『アップルソング』もそうです。

――『指の骨』は太平洋戦争の話、『アップルソング』は終戦直前に生まれ、報道写真家となった女性の物語ですよね。

中脇:そうですそうです。『世界の果てのこどもたち』を書いているときに、『アップルソング』を読んで、「ああ、こんな作品がすでにあるなら、自分はもう書かなくていいや」と思いました。まあ、編集者さんたちに叱咤激励していただいて、結局最後まで書きましたが。それくらいよかった。戦後70年も経った現在、それでも書くことに必然があることを納得させてくれる作品です。ぜひたくさんの方に、今こそ読んでいただきたいですね。

――『世界の果てのこどもたち』もまさにそういう本ではないでしょうか。これは想定していた出版時期とずれたんでしたっけ。実際に満州にいた人たちや中国残留孤児、空襲体験者といったさまざまな人に取材されたそうですね。

中脇:そう、書き上げるまでに10年はかかるだろうと思っていたのに、3年で書いちゃったんです(笑)。中国には何度も行きましたし、これまでになくたくさんの方に取材しました。小説家は体験していないことを書くのだから、どれだけうまい嘘をつけるかということだと思うんです。よく「降りてくる」という作家の方もいますし、じっとしているとうまい嘘が浮かぶ人もいると思うんですけれど、わたしの場合は、本当をいっぱい重ねた時に、すごい嘘が出てきます。その人になりきれるくらいまで本当を積み重ねてやっと分かるんじゃないかな。
たとえば准看護師を主人公にした『わたしをみつけて』では、わたしとは全然違う、はっきりいってあまりすきじゃない感じの人を書きました。でも、彼女のことを調べて、書いているうちに、彼女はどんどん変わっていって、ラストでは、わたしが思いもしない行動に踏み出しました。
どの小説のどの登場人物もわたしではなく、やっぱり嘘なんです。でも、自分で生み出した人ではあるけれど、その人のことを知り尽くした時にはじめてその人になれるという感覚があります。『世界の果てのこどもたち』も、時代がまったく違う、自分からものすごく離れた人たちを書くという挑戦だったんですけれど、べっぴんさんのおばあちゃんのように自分が小説を書く前から知っていた人とか、自分が育ってきた土地とか、そこから地続きのところにいる人たちのことがすごく知りたくて、がんばって調べたんです。好きな人のことを知りたいなと知りたいから調べている。だからわたし、好きな人がいっぱいいる感じです。

――一方で、昔話の収集もずっと続けているという。

中脇:結局、人間って、物語りたい生き物なんですよ。伝えられてきた昔話には、人々の生き方や気持ちが出てきます。人の一生ってたかだか70年とか80年、長くて100年ですが、それに比べて人から人に伝わっていく昔話って、何百年も前の記憶を保っていてくれている。かけがえのないものです。
これまで、日本では、各地ですばらしい昔話集が編まれてきましたが、残念なことに、その昔話が今の子どもたちに伝えられていない。もったいないと思うんですね。それで、そんな忘れられてしまった昔話を紹介した昔話集『女の子の昔話』を出版しました。これからも、様々な形で、昔話を次の世代の人たちに手渡していく仕事を続けたいと思います。

――一日のうち、執筆時間や読書の時間はどうなっていますか。

中脇:夜が明ける前に一番集中して書いていますね。もともと早寝早起きで、9時に寝て4時に起きるくらい。試験勉強も一夜漬けができなくて、朝起きておぼえる朝漬けでした。朝からずっと、書いたり読んだりしています。で、夜はまったくやらない。というか、できない。

――今後のお仕事のご予定を教えてください。

中脇:『世界の果てのこどもたち』でいろんな人から話を聞いてきましたが、書ききれなかったこともいっぱいあるんです。それを書きたいなって思っています。ほかには、ポプラ社の『asta*』という雑誌で、昔話の再話をしているところです。
書きたいことがいっぱいありすぎて、死ぬまでにみんな書けるか心配です。わたし、長生きしないと。

(了)

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  • 女の子の昔話: 日本につたわる とっておきのおはなし
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    中脇初枝
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