第172回:本城雅人さん

作家の読書道 第172回:本城雅人さん

スポーツ新聞の記者歴20年以上、その経験を活かしつつ、さまざまなエンターテインメント作品を発表している本城雅人さん。作家になりたいと思ったのは30歳の時。でもとある3冊の小説を読んで、断念したという。その作品とは? そして40代で再び小説に向かうこととなった、50冊のリストとは?

その5「作家になってからの読書生活」 (5/5)

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  • 『オリンピックの身代金(上) (講談社文庫)』
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    講談社
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――プロになってから小説の読み方は変わりましたか。

本城:それはすごくあります。ピュアな気持ちで読んでいた時と全然違うんですよね。経験値から、この登場人物は当然こうなったらこう動くだろうな、って予測してしまう。そうすると、もうサプライズがないです。3回くらい自分の思った通りに動くと、もう面白くなくなってしまうんです。自分が書く時は、そういう頭のなかの「こうなったらこう動く」という行動原理は壊すことが大事ですね。そういう時に、昔読んでいた本に戻るんです。昔読んだ本をもう一回読むと、自分の昔の発想に戻れるという感じですね。

――じゃあ、デビュー後に読んだ本でこれはすごかった、という小説はなかなかないですか。

本城:いやいや、あります。吉田修一さんの『パレード』もそうですね。自分の発想通りに全然いかなかった。ああ、すごいなって思いますね。『博士の愛した数式』も、本屋大賞を受賞したと知らずに読んだので、先入観をもたずに純粋に楽しんで読みましたね。奥田英朗さんの『オリンピックの身代金』は、ふわーっとした空気感のところからスタートするんですよ。でも、あれはテロの起きている日常を、すごく遠い距離から何視点かでとらえているんです。刑事の部分はもちろんギスギスして緊迫感があるけれど、そうじゃない人間たちがいっぱい出てきて、あの時代を彩っているというか。ああいうものは参考になりますね。読み終えて本を閉じた時にしばらく感慨にふけるような小説かもしれません。

――海外小説はあまり読まないんですか。

本城:本は日本の小説で、映画は海外のものが好きという、よくいるパターンです。映画監督ならガイ・リッチーが好きですが、『スナッチ』とか『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』のような初期の頃の、こんがらがった糸をまとめたようなものが好きですね。終わって拍手したくなる典型的な監督だと思っています。
本でもそう、伏線をちゃんと回収する必要はないと思うんですよね。乱暴でもいいんじゃないか、って。面白ければありだと思っています。面白くなかった時、その理由を言うために「伏線が回収されていない」「登場人物の人物設計がよくない」とか言うだけ。そんなものがなくても面白いものはあると思っています。

――やっぱり事前にプロットを作ってその通りに話を進めると、話がこぢんまりするといいますか。

本城:最近ずっとやっているのは、登場人物とプロローグとエピローグの雰囲気だけを決めて書くんです。オチも決めないんです。
オチは決めないことが多いですね。たとえば『球界消滅』を書いた時、途中で編集者に「合併させたほうがいいかな、させないほうがいいかな」って相談している。決めないで書いていたんですよね。今回の『ミッドナイト・ジャーナル』も、新聞記者の視点だけで書いていいのかどうか、途中で迷いました。新聞記者が捜査して犯人を見つける話にはしたくなかったんです。新聞記者は新聞記者の仕事だけをするようにしたかった。でも、そうすると捜査情報がまったくない。じゃあ刑事の視点をいれたほうがいいのかどうか。迷って編集者と相談しながら書いているうちに、自分のなかで人物が立ってきて、ああいう解決法になりました。

――なにか超絶スタンドプレーがあって解決するのではなく、みなが自分の仕事をやり切っていくという。チームみたいな感じですよね。

本城:言われてみるとそうなんですよね。僕は本を書く時にいくつか決め事があって、そのひとつが多視点なんです。自分が読者の時、三人称多視点がいちばん面白かったんですよ。さっき言った垣根涼介さん、吉田修一さん、奥田英朗さんも三人以上の多視点のものが多いと思うんですよね。なので、今回自分も豪太郎一人の視点で書くという発想は自分のなかにはなかったんです。だから、「豪太郎の視点だけでよかった」と思われないように気をつけました。

――それでも豪太郎さんは強烈な人でしたね。彼に対する同僚の嫉妬もものすごいものがありますけれど。

本城:僕のどの小説もああいう感じがキーになっていますが、それはさっき言った優越感と劣等感の話につながるんですよね。勝てば優越感、負ければ劣等感で、ずっとその繰り返し。だから、単に敗者が勝者をたたえるような小説とか、敗者の美しい小説は、僕はひとつも書いたことがないんです。戦っている人間が勝とうとする時、汚いこともずるいこともたくさんして、それでも勝ちたいという執念を出していく。勝ちたいじゃなくて負けたくないということかもしれませんが。

――ところで、新聞社はいつおやめになったのですか。

本城:デビューしてすぐに辞めました。この世界を甘く見ていてすぐ一人前になれると勘違いしていました。編集者に「辞めた」って言ったら「えっ」って驚かれました(笑)。
でも新聞記者だったことは今の仕事に活かされていますね。一番活かされているのが、毎日毎日書くのが苦ではないこと。走っているうちに不調になっても、休んでしまったらもうリタイアしちゃうから、走り続けているうちにまた元気が出てくるかもしれないと思う。

――執筆時間など、一日のタイムテーブルは決まっていますか。

本城:決まっていないけれど、毎日書くということは決めています。一日のうちに10枚から20枚は書こうという感覚ですかね。とりあえず書いて書いて、書き直して書き直して、何度も何度も往復する。そうすると、人物が動き出すんです。頭の中ですごく練っても、人間って動かないんですよ。僕の場合は。

――読む本はどうやって選んでいるのですか。

本城:売れている本はもちろん読むんですけれど、さっき言ったように、「こう動かすのかー」と思って考えこんだりしてしまうので、編集者に訊くんですよね。「俺、あの本読んだほうがいいかな」って。そうすると「あれはいい本ですけれど、悪影響を及ぼすから今は読まないほうがいいです」とか言ってくれるんですよ(笑)。

――どういう本が悪影響を与えるんでしょう。

本城:たとえばアクション的な小説を書いている時に、ずーっと動きのないシーンを一か所いれただけで、たぶん物語は停滞すると思うんです。僕には僕の速度があって、その速度よりももっと速い人もいれば、遅い人もいる。僕が自分とスピードがまったく異なる作家の小説を読むと「もっとこうやって動かしたほうがいいんじゃないか」と思ってしまって、考えこんでしまうんです。いろんな作品を読んで視野を広げなくちゃと思うけれども、自分の中のスピードやリズムを崩してしまうと、それはもう自分の小説ではなくなってしまうので。それを編集者も心配してくれているんですよね。
やっぱり新聞記者と作家の違うところって、新聞は何を扱った記事かで読まれるけれど、小説は、その作家の作品ということで読まれる。継続して読んでもらうためには、安心感みたいなものが必要だと思うんです。この作家はこういうふうに走ってくれて、こういうペースでこういうリズムで...という安心感があったうえで、最後にサプライズとかどんでん返しがあるという。それが速くなったり遅くなったりされたら、読者が置いていかれたり、じれったくなったりすると思うんです。だからペースを維持していかなくてはいけない。作者名を伏せても読んだ時に誰の本だと分かるようになるのが理想ですね。

――今後の刊行予定を教えてください。

本城:今月、ヨーロッパのサッカーの八百長を日本人が捜査するスパイ小説『マルセイユ・ルーレット』が出ます。7月にはパナマ文書のようなドーピングリストのなかに日本のメジャーリーガーの名前があって、それが本当なのかどうかを探る話が出る予定です。10月には講談社から、また新聞記者の話が出ます。新聞社の買収の話です。

(了)