第179回:田丸雅智さん

作家の読書道 第179回:田丸雅智さん

ショートショートの書き手として、次々と作品集を発表、さらには一般参加者が作品を作る講座など、さまざまなイベントも精力的に開催している田丸雅智さん。幼い頃にハマったのはもちろん星新一さん、ではいちばん好きな作品は? 他にもハマった作家や作品や、さらにデビューに至るまでの苦労や現在の活動についてもおうかがいしました。

その2「宇宙物理学者を目指す」 (2/5)

  • ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで (ハヤカワ文庫NF)
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――宇宙系の物理学の本は何を読んだのですか。日本でもベストセラーとなった『ホーキング、宇宙を語る』とか?

田丸:それは中学生くらいの頃に読みました。それと、書名は憶えていないけれど佐藤勝彦さんの本は読みました。読んで全部分かるわけではないけれど、わくわくするという。何か惹かれる書き方をしてくれる著者たちでした。
ここ2、3年、今一度宇宙論や数学論、生物論、それと世界史とかの、教科書的なものからもっと深く掘ったものを読みたくて、買い漁ってぼちぼち読んでいますね。超ひも理論がどうとか四次元空間がどうとかっていう本を読んでいます。

――昔から宇宙が好きだった人からすると、宇宙理論もずいぶん変わったように思いませんか。

田丸:そうなんですよ。それで思い出しましたけれど、宇宙に惹かれた理由のひとつが、本の最後のほうに必ず「ここからは分からない」みたいなことが書いてあったからですね。それが衝撃的だったんです。宇宙の本ではダークマターの話でもなんでも、「ここからは分からない」とか「ここからは私見に過ぎないけれども」ということが書いてあって、そこに人間っぽさを感じたというか、まあ、のちに勘違いだったと分かるんですが、逆に手が届くような気がしたんですね。「これが完全パッケージです。これ以上議論の余地はありません」みたいな感じではなくて、ここから先は一緒に発見していこうという感じがして、ワクワクしました。

――私なんかは、そういう本を読んだ瞬間は「あ、物質と反物質のことは完全に理解した」と思っても、「じゃあ自分の言葉で説明しろ」と言われるとできないです。

田丸:僕も同じです(笑)。だから最終的にその道に行かなかったんです。本当に分かる時って、数式を完全に理解した時だと思うんですが、僕は大学に入ってからその数式の入門レベルのものを見て固まって、やがて諦めてしまいました(笑)。自分は知ったかぶりくらいがちょうどいいなと。

――私には物理学の数式は模様にしか見えません.........。

田丸:そうですよね。「E=mc2」くらいなら見て「なんてシンプルで美しいんだ」と思って宇宙の真理を垣間見た気がするんですけれど、ちょっと踏み込んでいくと虚数は出てくるわθ(シータ)は出てくるわλ(ラムダ)にψ(プサイ)に......。

――や、やめてください(笑)。でも田丸さんは、宇宙物理学を勉強したくて東京大学に行かれたわけですよね? 

田丸:工学とか理学の系統にあたる理科Ⅰ類に入りました。2年から3年に上がる時に学部が決まるので、それまでは教養学部で、いろんな授業が取るんです。当時宮沢賢治が好きだったので、小森陽一郎さんの宮沢賢治論という授業も取っていたりしたくらい。それでちょうどその頃、ドイツ語の授業で自分のことを話さなくてはいけない回があって、僕が「宇宙のことを勉強したい」と話したら、それを聞いた友人が「宇宙もいいけど地球上にもっと課題はいっぱいあるよね」って何気なく言ったんです。そいつは今でも友人で、天才とはこいつのことかというほどのすごいやつなんですけれど、結局、宇宙関係に進まなかったのは、そう言われて純粋に興味が変わったというのもありますね。

――じゃあ結局、何を専攻されたのでしょう。大学院にも行かれていますよね。

田丸:工学部の環境エネルギー学科です。厳密にいうとシステム創成学科。そこで電力系やガス系のこととか、技術の話から政策の話まで、環境エネルギーに関することは一通り表面を撫でたのが学部時代でした。でも大学院に上がるとなると、そんな全般的なことを広く浅くやっても通用しないので、何かひとつに絞るんです。僕は最終的に材料力学という物理の分野に進みました。車に使うガソリンを減らすために車を軽くしましょう、そのためにカーボンを使いましょう、という研究室です。カーボン、つまり炭素繊維を使うと鉄みたいな強度のまま軽くできるので、だいぶ燃費がよくなるんです。ただ、製造するのにエネルギーがかかるのでまだ実現していなくて。いまの理系って、じつはパソコン上でカチカチやってシミュレーションするものが多いんですけれど、僕は日々、実際に実験をしていました。結局、工作好きの延長ですよね(笑)。

――ところで、教養学部の頃に宮沢賢治が好きで授業を選択したということでしたよね。いつから、どんなきっかけで好きだったんですか。

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田丸:はっきりと意識していたわけではありませんが、小学生の頃に「銀河鉄道の夜」のアニメで、列車が宇宙に行く感じをテレビで見たからでしょうね。「注文の多い料理店」も何かで読んだし、教科書か何かに出ていた「セロ弾きのゴーシュ」も好きで、それで大学に入って目に飛び込んできた「宮沢賢治論」という文面に惹かれるものがあったんです。授業の課題図書の全集のなかの1冊を読んだらめちゃくちゃ面白くて、その全集の前後の巻も買って読みました。テストではびっしり熱く自分の思いを書いて、「優」をもらいました(笑)。
やっぱり、今の自分の作品にも共通すると思うんですけれど、不思議な世界だったんですよね。常識とかルールとか物理法則といった既定のものにとらわれていない。宇宙に汽車が走るなんて無茶苦茶ですよね。不思議でシュールでナンセンスで幻想的で、子ども向けとは限らないというか、大人が読んでも深く感じられる内容ですし。それこそ大学時代に岩手の宮沢賢治記念館に行きました。岩手は遠野も好きで、そこも一人で行きました。もちろん柳田国男の『遠野物語』も読みました。

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