第208回:葉真中顕さん

作家の読書道 第208回:葉真中顕さん

日本ミステリー大賞を受賞したデビュー作『ロスト・ケア』でいきなり注目を浴び、今年は『凍てつく太陽』で大藪春彦賞と日本推理作家協会賞を受賞した葉真中顕さん。社会派と呼ばれる作品を中心に幅広く執筆、読書遍歴を聞けば、その作風がどのように形成されてきたかがよく分かります。デビュー前のブログ執筆や児童文学を発表した経緯のお話も。必読です。

その7「ブロガー、児童文学作家、そして」 (7/8)

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――ライター業とは別に、執筆活動を始めた経緯を教えてください。

葉真中:ちょうどその時、2000年代半ばなんですけれど、祖父が寝たきりになるんですね。僕も含め、家族で介護することになるんです。その後、僕の大叔父にあたる人が倒れて、そちらも介護をすることになった。そのなかで、コムスン事件という介護企業の不正事件が起きて、あれの当事者になっちゃったんです。たまたまコムスンのサービスをうちで利用していたんですよ。その時に、「もうそろそろ何か書きたいな」「これ小説にできないかな」って思い始めるんですね。でも、この時は出だしを1枚だけ書いて「ああー、なかなか書けないな」っていって、1回止まるんですね。1回止まるんですけれど、何かアウトプットはしたいなと思って、ブログを始めるんです。詳しくはWikipediaなどを見てもらえば分かるんですけれど、僕、ブログでちょっと有名になっちゃうんですよ。

――罪山罰太郎という名前ではてなダイアリーでブログを書かれていたそうですね。

葉真中:当時、はてな文化圏には独特の空気があって、いろんな人がいて。その中にいて、後に知り合いになるのが深町秋生という、ちょっと一般社会から遠い男がいて。いや、真面目な人なんですけれど。

――え、作家の深町秋生さんですか!

葉真中:そうなんです。深町さんもはてなダイアリーをやっていたんです。深町さんはプロの作家で、僕はただの素人ブロガーだったんですが、深町さんが僕のブログを読んで注目してくれたり、僕も深町さんのブログを読んで「面白いな」と思ったり。で、「この人どんな小説書いているんだろう」と思ってデビュー作の『果てしなき渇き』を読んで、あのむせかえるような空気が、ちょっと、昔バタイユを読んだ時の感覚をわーっと思い出させたんですよね。深町さんの小説を読み、ブログで結構好き勝手なことを書いているの横目で見て、「ああ、やっぱり俺は専業作家になりたいな」と思って、「書こう」と。それだけがきっかけなわけじゃないんですけれど、いい加減書こうと思って、でも長い小説は自信がなかった。その時に100枚くらいで応募できる角川学芸児童文学賞というのを発見したんですね。腕試しと思い社会人になってから趣味でちょっとはまっていた将棋の小説を書いて応募したら、受賞したんですよ。それで本を出すことになって、「やった、作家になった」と思ったんですけれど、児童文学はまったく食えないというか、部数も出ない。今はミステリーも部数は厳しいですけれど、それよりも厳しかった。児童文学は嫌いじゃないし、楽しんで書いたし、自信にもなりました。だけど、本当にやりたいのって何だっけって思った時に、やっぱり大人向けのエンターテインメント小説をやりたいんだよなって思って。僕にとってのエンターテインメントって、ホラーかミステリーだなと。

――そこで小説を書き始めた、と。

葉真中:いや、毎回のことなんですが、最初に勉強するんですよ。中条省平さんの『小説家になる!』って文庫本と、ディーン・R・クーンツの『ベストセラー小説の書き方』と、当時推理作家協会が出していた『ミステリーの書き方』、だいたいこの3冊を読んでもう1回小説の書き方を学ぼうとしました。でも、いろんな人がいろんなことを言うから、やり方に正解はないのかなって。基礎的な技術は押さえた上で、そこから先は自分なりの型を見つけるのが大事なんだなみたいなことを思って、「よしやろう」と。ミステリーを書こうと思い、最初は江戸川乱歩賞に照準を合わせました。それで、未読だった乱歩賞の有名作品をまず読みました。そうしたら高野和明さんの『13階段』と薬丸岳さんの『天使のナイフ』がとにかく「これ、今まで読んでいなかったのは大失態だわ」と思ったくらい面白くて。薬丸さんの小説はその時にかなり読ませていただいて、この路線だと思いました。

――ああ、『13階段』は死刑制度をめぐる話だし、薬丸さんは少年犯罪の問題をずっと書かれていますよね。社会的な問題が含まれているミステリー。

葉真中:『13階段』とか『天使のナイフ』みたいな路線で、かつ、僕がずっと感じているロスジェネ世代のリアリティを取り入れたハードなミステリーを書こうと思い、そういえば前に1回挫折した介護の小説があるから、それをミステリーにアレンジして執筆してみようって書き始めたのが、デビュー作となる『ロスト・ケア』です。
 あと作品への影響で言うと桐野夏生さんや宮部みゆきさんの小説ももともと好きで読んでいた、ということもありますね。昔はオカルトとかファンタジーも読んだけれど、このときは現代社会、現実社会を舞台にした、ちょっとハードな何かしらがあるミステリー、サスペンスを書こうというのが前提にあって、そこに自分にできることとして、ロスト・ジェネレーションというか団塊ジュニア世代の、バブル崩壊後のリアリティを書きたいと思いました。そういう部分にうまく触れている純文学はあるけれどエンタメにはなかなかない、というのもありました。
ホラーやファンタジーを書くルートもありえたかもしれないけれど、結果的に今ある形になったのは、思えばやっぱり読んできたものによって道が作られてきた感覚があります。直接的には30代の時にいろんな人文系の本で勉強したことは小さくないんですけれど、それまでの読書経験も、最終的にはここに繋がったんだなというのは思うんですよね。18歳の時に村上龍に出会ってなかったら全然違う読書体験、人生になっていたと思うし、その流れでバタイユを読んでいなかったらまた違ったと思う。オカルトを信じたビリーバーの時期も、今となっては今の自分を作る上で大事だったかなって思います。

――乱歩賞を目指していたんですよね。でも『ロスト・ケア』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞してデビューされていますよね。

葉真中:いやあこれが、乱歩賞の締切に間に合わず......(笑)。その次に来る大型ミステリー新人賞を探してみて「あ、日本ミステリー文学大賞っていうのがあるぞ」って。申し訳ないんですけれど、その時点では知らなかった。それで一応、過去の受賞作の近年のものを読んで「カテゴリーエラーではない」と確認して、応募したんです。もう1年待つかどうかも悩んだんですよ。もうちょっと待てば『このミステリーがすごい!』大賞の締切もあって、どっちに出すかも考えました。でも作風的にも日ミスのほうが合いそうだなというのがありました。ただ若干気になったのが、選考委員に綾辻行人さんがいらして、綾辻さんといえば『十角館の殺人』の冒頭で、社会派小説をディスりまくってますから(笑)。あ、これは壁だ、と。この人を説得できなかったら駄目なんだなって。でも、その綾辻さんが高く評価してくださって、満場一致みたいな形で受賞に至ったんです。本が出た時も「綾辻行人絶賛」みたいな文言も出て。後に綾辻さんと話したら「いやいや、僕はね、いい作品は褒めますよ」って(笑)、当たり前のことを言ってくださった。綾辻さんが高く評価してくださったことは自信になったし、その後本を売る武器になったのかもしれません。

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