第208回:葉真中顕さん

作家の読書道 第208回:葉真中顕さん

日本ミステリー大賞を受賞したデビュー作『ロスト・ケア』でいきなり注目を浴び、今年は『凍てつく太陽』で大藪春彦賞と日本推理作家協会賞を受賞した葉真中顕さん。社会派と呼ばれる作品を中心に幅広く執筆、読書遍歴を聞けば、その作風がどのように形成されてきたかがよく分かります。デビュー前のブログ執筆や児童文学を発表した経緯のお話も。必読です。

その8「作家の日常、新作について」 (8/8)

  • ブラック・ドッグ (講談社文庫)
  • 『ブラック・ドッグ (講談社文庫)』
    葉真中 顕
    講談社
    1,078円(税込)
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――デビューされてから、読む本は変わりましたか。

葉真中:最大に変わったのは、資料本をひたすら読むようになったこと。資料本を読むようになってからなんですけれど、歴史にもかなり興味が湧いてきました。『凍てつく太陽』という太平洋戦争の話も書きましたが、戦争の証言というのは山ほどあるんですよね。今、昔の人の証言というものに興味があります。だいたい100年くらい前までならいろんなジャンルの市井の人の声を直接拾ったものがある。国会図書館に行くと、自分の半生を語った本を自費出版したものとかも結構あって、そういう中に面白いものがあったり、こんなことがあったのか、と分かるものもある。だいたい資料漁りのなかで見つかることが多いんですけれど。

――1日の執筆時間などのタイムテーブルは。

葉真中:ざっくりですけれど、一応、午前と午後の二部制にしています。でも大した話じゃないです。途中で昼飯食うからという(笑)。10時から1時までの約3時間が午前の部。で、お昼を食べて、2時くらいから早く終われば6時くらいが午後の部。で、夜はインプットの時間というのがざっくりしたスケジュールなんですけれど、なかなかこの通りには...。たとえばこういうふうに取材を受ける日もあるし、昼間に映画に行っちゃう日もあるし、いろいろです。昔は夜型だったけれど今は子供もいるので、どうしても昼型、朝型で家族に合わせる形にはなりましたが。
 一応、仕事場を借りてるんですけれど、なかなかひとりきりになると集中しない。インターネットで将棋をやっちゃったりするので(笑)。それで、カフェとか、最近ではコワーキングスペースなんかも利用して執筆しています。人に介入されるのは嫌なんですけれど、ある程度ざわざわしたところの方が仕事できますね。カフェだとそんなに長くいると悪いので、2~3時間おきにローテーションしたりしてますが、コワーキングだと1日中いられますね。

――毎回、小説のテーマというのはどのように選ぶんですか。

葉真中:なるべく書くものを広げていきたいとは思っていて、必ずしも現代社会にこだわっていませんし、動物パニックの話を書いたり(『ブラック・ドッグ』)、いろいろ手を変え品を変えやっているんですけれど、結局、強い興味を持ってそれなりに調べたり取材したりして書いたものほうが出来がいいような気がして。やっぱり興味がないものは駄目なんだなって。格好つけて言うと問題意識があるかないか、かもしれないんですけれど。いわゆる社会派というものの依頼が多いんですけれど、でも、作家だから、仕事だからといってネタを無理やり探すのはあまりうまくいかない感じがします。

――新作『Blue』は、平成という時代をまるっと振り返る一冊ですよね。平成元年に生まれた少年の謎と、残虐な殺人事件の謎を追っていくうちに、平成の風俗だけでなく、児童虐待や外国人労働者などの現代の問題が浮かび上がってくる。

葉真中:これは平成史をやろうと思っていました。今日、今まで長々と語ったことも、ほとんど平成の話ですよね。

――あ、言われてみればそうですね。

葉真中:僕が中学生の時、思春期の入り口で昭和と平成が切り替わっているので、人生の一大事は全部平成にあったんです。これを振り返るっていうのは自分を振り返ることになる。これはもちろんフィクションの話ですけれど、そういう意味では書くのは楽しかったです。
みなさんにもそれぞれの平成史があると思うんですよね。たとえば『Blue』の中ではSMAPの「世界に一つだけの花」とかオザケンの「ラブリー」とか、曲の引用も意図的にたくさんやっているんですが、読む人ごとに「あ、これが流行った頃、俺はあれしてたな」とか「僕にはあんなことがあったな」って振り返ることがあると思うんです。そういう意味で『Blue』に関しては、読者の方で最後完成させてほしいなって思っています。

――確かに私も、読みながら「これすっごく分かる」とか「これ懐かしい」とか、自分の記憶と照らし合わせながら読みました。

葉真中:それは嬉しいです。なるべく共通の体験を、絶対にみんなが思い出さざるを得ないものを書きました。たとえば東日本大震災なんかは日本人全員の共通体験としてある。そういう大きいものと、あの時東京にいないと知らなかっただろうなってことなんかを取りまぜました。さっき批評理論を勉強した話をしましたけれど、最後にテキストから何を読み取るかで最終的に小説は完成すると思うんで、『Blue』に関してはなるべく、その余白を作りました。もちろん、主人公周辺の物語はきっちり、著者の責任として作るんだけれど、そうじゃない部分、文化風俗の部分で、行間を多く持たせて、そこで読んだ人が自分の人生と照らし合わせて体験できるような作品にしたいなと考えて書きました。

――今後、書いてみたいテーマはありますか。

葉真中:もう連載は始まっているんですけれど、「小説トリッパー」で「そして、海の泡になる」というバブル期のモデル小説を書いています。ある事件について。当時を知っている人なら「ああ、あったあった」と思いながら読める小説かもしれないし、知らない人も「こんな人がいたの」という感じで読めるはず。その後に、今年の後半から「小説新潮」で連載が始まるんです。僕、ずっとブラジル移民のことを調べてまして。実はブラジルにも取材に行きました。戦前移民の、ご存命の方に何名かお会いして話を聞いてきて、その話を今年の後半からスタートさせます。超大作になると思います。

(了)