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唐木 幸子の<<書評>>


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「きのうの空」
評価:A
連作の短編集。それぞれの物語は確かに心に沁みるが、この著者、どうも研ぎ澄まされた関心の先端があくまでも自分に向いていて読者に不親切だ。わからん奴はわからんでいい、という冷たさを感じる。肝心のところの説明は決してしないのだ。例えば、私が最も気に入った『短夜』で、大きい家に嫁ぐ姉が、本当は好意を持っていたらしい親戚の男と向かい合って言葉を交わしているところを偶然、目にする主人公。飛び切りのええシーンやっ! ところがこれでオシマイなんである。どのくらいの仲だったのか、気持ちの整理をどう付けたのか結局わからず終い。説明しなくても文章から香っていることをつい、更に読者のために書いてしまう私の贔屓の伊集院静とはかなり違うのである。と文句を言いつつ、A。
【新潮社】
志水辰夫
本体 1,700円
2001/4
ISBN-4103986034
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「錦絵双花伝」
評価:A
この著者の作品は初めて読んだが、いやはや面白かった。幕府のお侍から忍者から美しい町娘からお宝の邪剣、絢爛たる美人画錦絵と出るわ出るわ、話の展開も笑いあり涙ありで江戸時代物としてはフルコースのストーリーだ。序幕で、企みの犠牲となって切り殺されたと思った大奥のお女中の薄墨が、立ち去ろうとする忍びの者の足首をがっしと掴む瞬間は真底、ぞくっとする。そこで何があったか、を想像しつつ読む進むめばテンポ良く一気だ。終盤にオカルトっぽくなるのが大変に残念。こんなに話を作ってSFにしなくても話の辻褄はあいそうなものだが。しかしエンタテイメントとしては間違いなくAだ。
【新潮社】
米村圭伍
本体 1,700円
2001/4
ISBN-4104304034
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「ホテルカクタス」
評価:D
うーん、まるで翻訳物の絵本を読んでいる感じだった。この著者の本は初めて読むのだが、日本人だよね、と確認したくなったくらいである。大人の自分から考えて筋の通らない絵本を娘と読むときに感じるあの感覚、「これはこの子の心にどう納まって行くんだろうか」という不安に似た印象を、読んでいる間中、ずっと感じていた。歪みと揺れのある挿画が一層、その疑問をかき立てるのだ。だいたい、何で『ホテルカクタス』に住んでいる者たちの名前が、数字の2、と、きゅうり、と、帽子、なんだよ。あー、自分はこういう本を楽しめないことをわかっているけれど、つい、読んでしまった。
【ビリケン出版】
江國香織
本体 1,500円
2001/4
ISBN-493902914X
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「蹲る骨」
評価:C
主人公のリーバス警部の気取らず飾らず体制に媚びないキャラクターは好きなのだが、余りに本作は全体の雰囲気が暗すぎて、楽しんで読めなかった。複雑なストーリーじゃないのに人ばかり多くて、読後、あの登場人物は必要なかったなあ、と思うのが何人もいる。長いなあ長いなあ、と残りを見ながら読み続けた。それに、私はストーリーに政治や選挙が絡むとどうも面白くないのだ。・・・・というわけで採点はイマイチだが、警察の中の緊張感漂う人間関係の鞘当ては臨場感に満ちて良かった。特に、性格も実力も中身の薄いエリート警部のリンフォードを思い切りフってしまうシボーン刑事の強さには大拍手だった。
【早川書房】
イアン・ランキン
本体 1,800円
2001/4
ISBN-415001700X
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「血脈」
評価:A
もう20年も前、私が著者のエッセイを笑って読んでいたら、明治生まれの私のの父が、『この人のお父さんも作家でなあ、あんたら知らんやろけどものすごい流行作家やったんやで』と言ったことを覚えている。その佐藤紅禄とは、こんな人だったのか。私は決して巷評のようにこの家族をハチャメチャとは思わない。豪胆、という筋が通っている。北杜夫の『楡家の人々』が繊細で諦観と哀惜と品に満ちているのに比べ、古き日本にもこんな家族が!、と思うほどありのままだ。それにしても普通ならそろそろボケる77歳でこんなに骨格の太い物語を完成して尚、シャキっとしている著者の凄さには驚く。分厚い3巻を通じて全然ダレないのだ。読み始めたら一気に行けるぞ、重いが持ち歩こう。
【文藝春秋】
佐藤愛子
本体 各2,000円
2001/1-3
ISBN-4163197907
ISBN-4163198601
ISBN-4163199004
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「世界の中心で、愛をさけぶ」
評価:C
本書のテーマが、大事な人を失った哀しみにあるとしたら、主人公が若すぎて、また恋人同士の関わり合いが薄すぎて、その慟哭が私にはどうにも迫って来ない。魂が抜けたような【ぼく】の様子は実にそのものに書けているのだが、読後、どうにも消化不良に陥ってしまった。私としては、『人生、そんな甘いもんと違うで』という言葉がつい出て来るのだ。例えば、恋人を失った【ぼく】よりも、アキという娘を失った両親の方が断然、嘆きは深いはずである。そういう大事なところが希薄なのだ。20年若いときに読んだら忘れられない小説になったかもしれないのだが。
【小学館】
片山恭一
本体 1,400円
2001/3
ISBN-4093860726
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「Dr.ハンディーマン」
評価:B
恋が成就するか壊れるか、すれすれのところを行ったり来たり、絵に描いたようなアメリカ人好みの恋愛劇だ。適度に変なキャラクターの脇役たちがドタバタして話を盛り上げてくれるし、主人公は気取らない美男美女。そうだろうなあ、映画になるんだろうなあ。どんな映画になるか、見なくてもわかるくらいだ。しかし不思議にあざとい感じがせず、イライラせずに読後感も悪くない。主人公の2人が素直で実に感じが良いのだ。特にマギーは、扁桃腺炎で繰り返し熱を出す幼い息子ティムを抱えて、託児所に預けられなくて近所に飛び込んだりしながらも必死で仕事をしている。そういう話の隅々まで真実味を帯びていて、先々月の『ラム氏のたくらみ』よりはずっと面白かった。映画は観ないと思うけど。
【早川書房】
リンダ・ニコルズ
本体 1,900円
2001/4
ISBN-4152083433
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「オンナ泣き」
評価:A
オンナ泣きって何かなあと、全く期待せずに読み始めたのだが、よっしゃぁ!と机を叩くこと幾たびか。オトコのトンチンカンを実に的確に冷静に描いていく筆致は、私が尊敬するジャーナリストの故・千葉敦子さんみたいだ。この著者、若いのに偉いっ!。あー、でも本当は私、思い出したくなかったんだ。物心ついてこのかた、私の前に立ちはだかった何人もの石原慎太郎のことを。自分が正しいと信じて疑わず、大威張りで語る内容の滑稽さを自覚しない大馬鹿者は老いも若きもいたっけ。阿呆を相手の時じゃないと横をすり抜け、戦い、排除したおかげで幸い、夫は賢いし、威張る男は蹴飛ばせる職場環境を得て、私は今、心の平安を得ているのだ。もう、考えたくないのだ。なのに流した悔し涙まで思い出してしまったぞ。
【晶文社】
北原みのり
本体 1,600円
2001/4
ISBN-4794964838
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