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松本 真美の<<書評>>


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「きのうの空」
評価:B
枯れたか、しみたつ。例えば『行きずりの街』の頃は、何かに目覚めていく男を描くことが彼のオハコだった気がする。けど、短編小説に作者が目覚めちゃって(?)からは、一貫して何かを失っていく人間にこだわっているように思う。これってもしかしたら逆で、失っていくことへの作者なりの距離の置き方が短編に繋がっているのかも。…独立した短編集とはいえ、編が進むにつれ時代が進み、主人公がトシを重ね、全て会話で始まる10編は、連作、というか1編のよう。そこに終始漂うのは<倍音感>。音って、細くくっきり聞こえるのと、上下込みでぼわ〜んと幅広く聞こえるのがある。肉声なんかでも。で、後者は聴きようでいろんな解釈ができる気がする。余韻があって表情が深いのだ。文章にも「倍音感の有無」ってあると思う。今回のしみたつワールドには強く感じた。特に「短夜」とか。それにしてもタイトル7文字、いつやめちゃったの?
【新潮社】
志水辰夫
本体 1,700円
2001/4
ISBN-4103986034
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「錦絵双花伝」
評価:A
突然だが、一人称の時代小説ってどのくらいあるのかな。歴史小説ならありそうだけど、名もない浪人に「そもそも拙者はそのおなごは好みではござらんかった…」なんて延々と語られた日にゃあ(こんなこと、語らないか)、時空跨ぎのお約束世界にズレが生じて、とんだ喜劇か「幕末未来人」になってしまうのかも。私は時代小説愛好者としては新参者だけど、時代小説ぐらい、可能性と限界が紙一重の物語世界はないと思う。だからこそ、作者の想像&創造力と力量が問われる気がする。この『錦絵…』は、史実と時代モノの伝統、を踏襲しつつ、なぜか妙に新しい。それは、作者がこのジャンルの可能性に果敢にチャレンジしているからだと思う。だから瑞々しくて読んでいて気持ちいい。歴史上の人物と、作者が捻り出した人物達が、限界の枠を逆手にとって縦横無尽に動くさまは小気味いい。時代小説でありつつ、SFでミステリーで伝奇モノで懺悔録で煩悩記で(?)、めいっぱい堪能させてもらった。次作も楽しみだ。
【新潮社】
米村圭伍
本体 1,700円
2001/4
ISBN-4104304034
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「ホテルカクタス」
評価:C
江國香織…女らしくて清らかなお名前だ。字面だけで「高貴で上品で世界が違いそう」と敬遠してた。『きらきらひかる』を映画で観ただけ。で、今回初めて読ませていただいたわけだが、やっぱ、世界が違った。私はTDLが苦手なのだが、それに通じるものがある気がする。まず関所があって「ここは別世界。お約束事を疑問なくすんなり受け入れられない輩は入るべからず」と但し書きがある感じだ。なんで帽子ときゅうりと2なの?パンツとつまみ菜と-4じゃ何故ダメ?…これは禁句なのね。このお方の他の著作にはそんな関所がないなら、これって出会いが不幸だったってことか。まあ、児童書界隈は関所本が多いんだけど。絵もウツクシイし、物語もまあまあ心地よいのだが、どうもやけに作為的に映った。ま、作為王のTDLだって、行けば行ったで心洗われたりもするわけですが。
【ビリケン出版】
江國香織
本体 1,500円
2001/4
ISBN-493902914X
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「蹲る骨」
評価:C
シリーズものを途中から読むのって、映画館で映画を途中から見るのに似てる。その世界に馴染むまで、場違いな所に入り込んだ居心地の悪さが妙に強いし、面白ければ面白いほど途中参入の後悔が大きい。だから「シリーズものは順番に読む」ことにだけはこだわってるのだ、私。で、これはどのくらい後悔したかというと、ほどほど。主人公の魅力もストーリーもスケールも私にはやたらほどほどだった。つまんなくはないがすぐに忘れそう…現に、読後2週間でもうかなり忘れてます。無愛想キャラのシボーンの印象だけが残ってる。最近、米より英の小説の方がそそられるが、そそられ度もほどほど。しつこいが、このほどほど感がある意味、ポケミスの醍醐味か。そういえば、マイベスト”ほどほど”ポケミス作家、ジェレマイア・ヒーリーの探偵さんは、今もお墓ん中の奥さんと話しながら元気でやってるんだろうか。関係ないけど。
【早川書房】
イアン・ランキン
本体 1,800円
2001/4
ISBN-415001700X
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「血脈」
評価:A
濃いぞ、佐藤一族。特に男連中は、一族の血の毒気にそろって自家中毒でも起こしたように、誰一人まともなのがいない。どいつもこいつも鬱陶しくて情けなくて我が儘で意地汚くて少し哀しくて、とにかく関わり合いになるのは真っ平なラインナップ。読んでてこっちまで毒が伝染しそうになった。が、さすが毅然女王愛子センセ。皿どころか、盆や飯台まで食らって毒を制す(征す?)覚悟が伝わって、中盤以降はむしろ突き抜けて清々しかった。特に死の描き方。その中でもシナ。昨年、母親の死にがっぷり対峙させられ、今も囚われている身としては、死に逝くさまが我が母とそっくりなシナの最期の場面はせつなかった。が、救われた。これに比べりゃ、男どもの最期なんて私には屁みたいなもん。…それと、夫婦!どーしたもんかなこいつら、という屈折夫婦ばかり。添い遂げる、とか、夫婦善哉、なんて言葉は幻想でしかない?すったもんだ渦中の夫婦は「こいつらに比べれば自分らはまだマシ」と思うかも。
【文藝春秋】
佐藤愛子
本体 各2,000円
2001/1-3
ISBN-4163197907
ISBN-4163198601
ISBN-4163199004
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「世界の中心で、愛をさけぶ」
評価:B
確かに清潔で澄んだ世界だ。哀しいけれどどこか心地よい喪失感を伴った純な恋…。でも、私はそれが十代ゆえ、だからだとは思わない。いくつになったって、もしかしたら私だってこれから経験するかもしれない…ってずうずうしいにも程があるか。とにかく、こういう気分もたまにはいいもんだ。いいもんなのだが、一方でずるい気がする。愛する者を亡くした話ってのはグッとくるに決まっているから。吉本ばななの『ムーンライト・シャドウ』を読んだときも、「あいたい…」とかいう唄を聴いたときにも感じたことだが、みんな同じ方向を向くしかない世界ってのはちょっとね…。せつないでしょ胸がキュンとするでしょわかるでしょねっねっ、と念押しされてるみたいで。私は単純で術中にハマるのが明らかな分、シャク。でもこの小説ぐらいの濃度なら許せるか。虎舞竜の『ロード』とか参るよ。今頃、13章十三回忌編でも唄ってるか、ヤツら。これって前にも書いたっけ?例によって、誰に聞いてるんだ、私。
【小学館】
片山恭一
本体 1,400円
2001/3
ISBN-4093860726
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「Dr.ハンディーマン」
評価:B
いやあ〜楽しかった。自信をなくし切った若くて美しいシングルマザーの前に現れたカンペキな王子様は、白馬ならぬトラックに乗った建築業者だった。しかも、彼は不本意ながら精神科医という錬金術師として彼女の前に登場するハメになり、彼女の悩みをことごとく払拭しまくるが、その魔法がふたりを取り持ち、同時に邪魔をする。もう、ヤキモキする展開でうっとり3乗って感じ。おとぎ話だし、登場人物はステレオタイプが多いし、勧善懲悪で結末はお約束だけど、これはこれがベストだと思う。心が汚れた私も非常に楽しめました。あ、そうは思えないかもしれませんが、本気で誉めてます。その証拠に、今回は、またまた出ましたのドリームワークスが食指を動かそうが文句言わないもんね。映画でもテレビでもどんどんやってくれ。見ないと思うけど。
【早川書房】
リンダ・ニコルズ
本体 1,900円
2001/4
ISBN-4152083433
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「オンナ泣き」
評価:B
正論を客観的によどみなくわかりやすく語れる人は尊敬してしまいます。硬軟含めてちゃんとお勉強した上で、自分の考えをきちんと構築しつつ、きっと理論武装もおさおさ怠りなく、でも小賢しい言葉に走らず、一見、女性雑誌のゆるいコラムのような語り口と、とっつきやすいタイトルと軟らかい表紙で敷居を低く設定し、でも言うべきことは余すことなく言ってます、って感じ。基本的には共感。特に、性を限定せずニンゲンを語ったところは深くうなづきました。でも、ジェンダーやフェミニズムという言葉が頻繁に出てくると、いろんな意味でちょっと過剰反応な気がしました。オトコ論も時に極端で、オンナに関して忌み嫌う決めつけをスライドさせたりしてませんかね。それと、私は、まず日常ありき、で、そこから徐々に大きなものが見えてくる視点でずっと暮らしてきちまいましたが、大局的な視点の持ち主は、まず大前提の正があって、どんな些事でもそれと照合させるのだな、と妙に感心しました。それにしても、マチズムな男はバカっぽくて、フェミニズムな女は賢そうなのはなぜ?こういう見解こそフェミニズムの敵ですか。
【晶文社】
北原みのり
本体 1,600円
2001/4
ISBN-4794964838
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