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勝手に目利き
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石井 千湖の<<書評>>
文庫本 Queen

「トライアル」
評価:C
あんまりよく知らない競馬や競輪の世界の魅力を手際よく見せてくれる職人芸はさすが。でも食い足りない。個人的真保裕一ベストは『奪取』なのだが、やっぱり長編のほうがいい気がする。思うに巧すぎるんじゃないだろうか。あまりにもきれいにまとまっているので一編一編の印象が薄いのだ。強いて言えば一番よかったのは厩舎の描写が面白かった『流れ星の夢』。私はギャンブルは学生時代に何度か競馬場に行った程度で、関心がそれほど強くないからそう感じるのかも。現にギャンブル好きなひとは馴染みの競技場が出てきて嬉しかったと言っていたし。手堅い馬だけどオッズは低いという感じ。しかも単賞は狙えない。通勤電車で読むには手ごろでいいのでは?
トライアル 【文春文庫】
真保裕一
本体 448円
2001/5
ISBN-4167131099
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「Y」
評価:B
男は「ふりかえる」生き物なんだなあ、としみじみ思う。回顧録や自分史を書くのは圧倒的に男性が多いし、昔の彼女の写真や手紙やプレゼントを後生大事に持っていたりする。きちんとリサーチしたわけじゃないが女は処分するひとがほとんどじゃないだろうか。恋愛は時間を戻しても意味がない。きっと結果は同じだからだ。でも人間の生死に関してなら切実に時間をさかのぼりたいと願ったことがある。『Y』は人生の分岐点となるあるできごとの結果が複数存在したら?という物語だ。登場人物はやっぱり虫が好かないのだが『ジャンプ』みたいにミステリーの要素がすごく面白いし、時間が戻る場面の描写も巧い。蛇足だが著者はポニーテールの女が好きらしい。
Y 【ハルキ文庫】
佐藤正午
本体 648円
2001/5
ISBN-4894568586
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「芸能人別帳」
評価:A
この中に登場する芸能人の最盛期を私は知らない。それでも興奮した。ひとえに竹中労の文章がイイからだ。短文でテンポがよくてまるでライヴを見ているかのような臨場感がある。こんなに生き生きした文章にはなかなかお目にかかれない。特に「怪優列伝」は面白かった。すっかり影響されて佐藤慶や三国連太郎の若かりしころの演技を観たくなったほど。誰が何と言おうが面白いものは面白い、つまらないものはつまらないと書く。シンプルだけどなかなかできない。読者を楽しませようという気概と権威に惑わされぬインディペンデント精神、深い教養。こんなルポライターがニッポン低国(竹中氏がよく使う言い回し)にもいたんだなあ!天晴れだねェ。
芸能人別帳 【ちくま文庫】
竹中労
本体 950円
2001/6
ISBN-4480036377
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「悪童日記」
評価:A
この双子はすごい。誰にも甘えない。誰も恐れない。冷徹に現実をみすえて、生きのびるために知恵をしぼる。しれっと何度も大人を出し抜いてみせるところが痛快だ。彼らの日記には事実だけが克明に記録される。文体はクールだ。なんせ一切感情の動きを表現した箇所がないのだ。ただ、写実的な描写のなかにもわずかにこころの揺れが感じられる場面がいくつかある。たとえば乞食の<練習>をしたとき。彼らの髪をひとりの婦人がやさしく撫でてくれた。別の婦人は林檎やビスケットをくれた。彼らは乞食の気持ちがどんなものか理解する<練習>をしているだけなのでもらったものを全部捨ててしまう。でも<髪に受けた愛撫だけは、捨てることができない。>と彼らは書く。残酷なことも自分たちの理にかなっていれば平然とやってのける恐るべき子どもたちだが、その気高さを大好きになってしまった。今月のイチオシ。
悪童日記 【ハヤカワepi文庫】
アゴタ・クリストフ
本体 620円
2001/5
ISBN-4151200029
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「勝手に生きろ!」
評価:B
チナスキーの述懐で印象的な一文がこれ。<幸運なことに、ほとんどの人間は作家ではなく、タクシー運転手ですらなく、そして何人か、かなり多くの人間は、不幸なことに何者でもない。>チナスキーはバスで放浪しながら無一文になるまで働かず、酒を飲んでぐうたらしている。せっかく得た職もすぐさぼってクビになったり自ら放り出したりする。どうしようもない男なのに憎めない。小説がやっと採用されて嬉しくて何度も通知を読み返したり、光る生地で手にくっつくから「魔法のズボン」だと喜んだり。女にたいしてセックスがいいから好きだというのは潔くて品すら感じる。デタラメな生活をすることで<何者でもない>自分と闘っている気がする。切ない。
勝手に生きろ! 【学研M文庫】
C・ブコウスキー
本体 580円
2001/5
ISBN-4059000434
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「デッドリミット」
評価:B
不意打ちをくらった。面白い。全然期待していなかったのでいつのまにかのめり込んでいる自分に驚いた。なんてったって陪審員室の攻防が読ませる。クセモノ揃いの陪審員たち。最初は有罪派が圧倒的に優勢を占める。ただひとり建築家のアレックスだけが陪審員室の誰かの不審な行動に気がつく。敵は巧妙に陪審員のひとりひとりを都合のいい結論に誘導しようとし、アレックスは阻止しようと奮闘する。この裁判の結果に誘拐された法務総裁の命がかかっていようとは知る由もない。アレックスが敵を追いつめていく過程が快感。読みやすく山場がいくつもあって楽しめるのだが惜しいことに書き込みが足りない。陪審員室だけに焦点を絞っていればもっとよかったのかも。
デッドリミット 【文春文庫】
ランキン・デイヴィス
本体 790円
2001/5
ISBN-4167527758
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