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中川 大一の<<書評>>
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グッドラックららばい
グッドラックららばい
【講談社】
平安寿子
本体2,500円
2002/7
ISBN-4062113228
評価:C
 一言でいうなら、本書は小粒の大河小説である。うーむ、我ながらうまい喩えだ。ばっちり決まったぜ。なに、矛盾してるって? 「大きな小犬」とか「温かい氷」みたく? つまりねぇ、親子三代にわたって延々家族の系譜が辿られるところは「大河」小説っぽい。ところが、特定の主人公を設けず、直系以外の周辺的人物もていねいに描かれるゆえ、一人当たりの記述は結局五十ページ未満。これは中編の主人公級の分量であり、「小粒」に感じられるゆえんだ。例えば、同じく家族の歴史を題材にした佐藤愛子の『血脈』など、思い出すままに書き連ねた筆致はいかにもバランスが悪い。それでも本書よりはるかに大粒に思えるのは、単に厚さや知名度の問題ではあるまい。一人ひとりに吹き込まれた魂の激しさが違うんだね。

MOMENT
MOMENT
【集英社】
本多孝好
本体 1,600円
2002/8
ISBN-4087746046
評価:A
 全4篇。前の二つはどんでん返しに難あり。捜索の依頼者がややこしい頼み方をしたのは、ひとえに意外性を演出したい作者の都合でしょう(でも、びっくりした)。三つ目はお涙頂戴(でも、泣けた)。四本目の結末はありがち(でも、感動した)。そもそも甘ちゃん学生の主人公に、酸いも甘いも噛み分けた入院患者たちの心情がどうして判るんかね(でも、納得できた)。……いいのか悪いのか判断がつかないまま、つい最高点をつけてしまった。ターミナルケアを受ける患者たちをミステリ仕立てで描いた新しさ、思わず情景が浮かぶ会話運びの巧みさなど、プラス部分の輝きが大きいことは確か。ここから先は来月以降の宿題にしよう。って、今月で私の任務は終わりでした<m(__)m> 新採点員の方、頑張ってね〜。

パーク・ライフ
パーク・ライフ
【文藝春秋】
吉田修一
本体 1,238円
2002/8
ISBN-4163211802
評価:B
 こないだ来たお客が、小学二年生の息子に「好きな食べ物はなあに?」と訊いた。まあ、よくある質問だ。ハンバーグかカレーあたりを答えるかと思ったら、「塩かけご飯」だって。くくくくく、親に恥かかせやがって。客が帰ったらどうなるかわかってんのか、ええ(--メ)? しかし、そう言えば、炊きたての白米はなぜあんなにうまいのか。べつに高級な米じゃない。味付けもしてない。だけど、ついつい、わしわしわしといただいてしまう((C)椎名誠)。表題作はそんな味わいの小説だ。気どった描写もドラマチックな展開もない。登場人物たちは、人格と人格をぶつけあうでもなく、かといってすれ違うだけでもない。そんな緩やかな関係の結び方に、公園という舞台がよく合っている。滋味あふるる佳作。

ツール&ストール
ツール&ストール
【双葉社】
大倉崇裕
本体 1,800円
2002/8
ISBN-457523446X
評価:A
 少ない登場人物、短い分量。よって真相の見当はつきやすいし、事件はあっという間に解決する。ノリも軽いし犯罪も軽い。殺人ではなく、万引きやスリ、盗聴などが中心。なかには看板の不法設置なんていうのもある。マニア受けしなさそうな作品だなあ。だが、少々キズがあろうとも、私は断固支持。昨年12月に荻原浩の『誘拐ラプソディー』を応援したのと同じ理由だね。流行りにのっかっただけのノワールなどクソ食らえ。出よ、ユーモア・ミステリの佳品! 本書の主人公である白戸修くん、君は巻末で出版社に就職してしまうわけだが、それで素人探偵を辞めちゃうのか? いやいや、辞めたくとも事件の方は君を放ってはおくまい。ということで、次回は編集者(あるいは営業マンか)探偵の活躍を待っておるぞ!

マーティン・ドレスラーの夢
マーティン・ドレスラーの夢
【白水社】
スティーヴン・ミルハウザー
本体 2,000円
2002/7
ISBN-4560047480
評価:B
 本書の魅力はたくさんあるけれど、一つは著者の色彩感覚だろう。バラ色の未来などとよく言う。では過去はどうなのか。セピア色? それは記憶の中の過去だろう。あるいはモノクロ写真からの連想か。現実には、過去の世界にも何らかの色が付いていたはず。舞台は19世紀末から20世紀初頭のニューヨーク。そこには、例えばこんな小物たちがちりばめられている。磨き上げられた濃い色の木、深紅のビロード、青いガラスの球、真鍮の番号札、象牙色の葉が曲線を描き銀色の蔦の絡まる模様のついた青緑色のソファ……。原色でも単色でもない彩りと、それが付された品々。この引用だけでも100年前の雰囲気がよく伝わってくるだろう。別世界に浸(ひた)る。そんな感覚をもたらしてくれる小説はそう多くない。

洞窟
洞窟
【発行アーティストハウス・発売角川書店】
ティム・クラベ
本体 1,000円
2002/8
ISBN-4048973258
評価:C
 ろくでなしが、なぜ、いい人間よりも多くの果実を手に入れるのか――そこを考えるのが本書のモチーフの一つである。「人にさせたいと思っていることを人がしたいと思うように仕向ける、それがコツだ」、そううそぶくアクセルに、鼻面を引き回されるエイホン。ところで、評者は自分を善良な人間だと思っている。エイホン側だ。それでもビジネスで丁々発止のやりとりをしているが、後からよくよく思い返して「ヤラレターッ」「きーっ、悔しいっ」と歯がみすることが多い。俺って素直だから。でも本書を読むと、私は善人などではなく、単に怠け者で、やりたいことを貫くより、相手に従うのが楽なのでそうしてるだけのようにも思えてくる。そんなことを言われて(誰も言ってないけど)腹立つのでC。

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