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山内 克也の<<書評>>
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骨音
骨音
【文藝春秋】
石田衣良
定価 1,700円(税込)
2002/10
ISBN-4163213503
評価:D
 池袋って、サイケな街だったかなあ…。究極の音を求めホームレス襲撃に走るバンドのメンバー。ドラッグと音楽で狂気乱舞する若者たち。アンダーワールドな池袋が描かれ、それなりに面白くはあったのだが…。
 学生時代、池袋に近い板橋区の大山に5年間住んでいた。歩けば通える街なので結構飲んだり遊んだりして、馴染みは深い。ただ、新宿ほど妖しい輝きは放っていないし、渋谷の若々しい匂いはない。人情味は上野より薄いだろう。池袋はどこか中間色で、野暮ったく感じた。この先入観があったためか、各短篇で描かれている池袋の雰囲気に戸惑った。地域通貨でNPOが街の活性化を目指す話は、それなりに「池袋カラー」を期待したが、偽造、地下人脈のつながりといったアングラな話になり、結局は一つの都市犯罪の物語に収縮している。最後まで「池袋」に対する私の思い入れがすれ違った。

夏化粧
夏化粧
【文藝春秋】
池上永一
定価 1,600円(税込)
2002/10
ISBN-4163213600
評価:B
 読むだけで、南の国へと誘われてしまう。お産で赤ん坊を取り上げては、まじないをかけるオバァ。琉球言葉の子守歌。青い海に囲まれた岬の上にある遺跡。沖縄の風習・風土が頭の中で活写されていく。
 そんな舞台の中で、息子が神隠しに遭い、その封印を解く7つの「願い」を集めるため、シングルマザーが異次元との間を行き来する。ファンタジーとしては古風な手法に思えたが、現実の沖縄社会を織り交ぜることで話に深みを持たせている。特に米軍特殊部隊の軍服のような迷彩服をまとい自転車をこいで「願い」を探すシーンは、したたかな「沖縄の母」を思わせ、微笑ましい。

マドンナ
マドンナ
【講談社】
奥田英朗
定価 1,470円(税込)
2002/10
ISBN-4062114852
評価:A
 一応「企業戦士」たちの物語である。NHKの「プロジェクトX」風に言い換えれば、組織の活性化のため、仕事に打ち込む「中間管理職」のストーリーか。こうした脂の乗った中間管理職の姿も、「仕事」でなく「仕事場」にスポットをあてると、会社内の人間関係や家族との折り合いに悩むカリスマ性のないおじさんになる。
 表題作では、部下で若い女性に恋心を抱く営業課長が「好きになってはいかん」と煩悶しながら、若い男性社員と恋のさやあてを演じる。「ボス」では、商社に勤める男が外資系から転職してきた同い年のキャリアウーマンに課長職を奪われ、反発しながらも「和をもって貴し」の精神で部内をまとめようとする。主人公はいずれも40代の男たち。「オフィス」内でいかに生きようかとする彼らの姿をほんわかと点描している。とかくぎすぎすしがちな会社社会を温かく見守っていて、好感のもてる作品だった。

熊の場所
熊の場所
【講談社】
舞城王太郎
定価 1,680円(税込)
2002/10
ISBN-4062113953
評価:A
 ラップ調の文体が、地の文を覆い尽くす。句点でつなぐ長いセンテンスの文章が連射する。この表現方法は、レトリックなのか、それとも癖なのか。とにかく、読みづらい。その読みづらさがストーリーに、躍動感を与えている。
 話の筋はシンプルだ。収録されている3つの作品に通底する題材は「トラウマ」。表題作で言うと「恐怖」の感情をもつことへの恐怖を描く。猫殺しの疑いのある級友に「殺すぞ」と言われた男の子が、あえてその級友と近しくなる。「恐怖を消し去るためには、その源の場所に、すぐに戻らねばならない」―。熊に襲われ退治した父の言葉を主人公は思い出す。学校という小世界の中でつつがなく生きるためにもあえて級友に立ち向かう。普通に書けばガキたちの友情、冒険譚に陥るところを、あの独特な表現が純文学風に仕上げている。読み方にも癖をつけさせるような著者の文体。「名文調でかけば面白くないんだよ」と、挑まれているようだ。

黄昏のダンディズム
黄昏のダンディズム
【佼成出版社】
村松友視
定価 1,680円(税込)
2002/10
ISBN-4333019745
評価:C
 藤原義江から吉行淳之介まで、紹介されている12人の人物についてリアルタイムで知っているのは2、3人しかいない。名前だけならば、マスコミを通じ華麗なる履歴を読んだり見たりして頭の隅に残っている。地方に住む者からみれば、この12人は中央の文壇や舞台で活躍し、その生き方に「あこがれ」を感じさせる人物ばかりだ。憧憬する人物のダンディズム。田舎者には、かっこよく生きるための一つの指針となる、はずだった。
 結論から言えば、12人はとんでもない連中ばかりで、まねをしようにもできない。女性と別れるたび家屋敷を手放す嵐寛寿朗。雑巾ひとつの絞り方まで文豪の父から厳しく教えられた幸田文…。かれらのダンディズムは、逆境の果てにあみ出された所作にあるようだ。タイトルに「黄昏」と枕言葉が付くあたり妙味がある。人生の終わりに自らを“輝く結晶”とするためには、有名無名かかわらず「自分の流儀とは何か」を、生涯を通じて考え続けることだろう。

サイレント・ジョー
サイレント・ジョー
【早川書房】
T・ジェファーソン・パーカー
定価 1,995円(税込)
2002/10
ISBN-4152084472
評価:B
 重量感あるこの書物には殺人、誘拐、恋愛といった約3週間の出来事がぎゅっと詰め込こまれている。だが、スピード感はない。詳細に描かれた主人公の内面に、読み手はじっくりとつき合わされる。家族とは何か、を。
 幼いとき、実父から顔に硫酸をかけられた主人公は、その傷跡を晒したまま生きている。それだけでもハンディなのに、刑務官として囚人たちと対峙する強い精神を持ち合わせている。背景には、少年期の主人公を、実の息子として迎えた養父の包容力がある。養父の主人公に諭す言葉がいい。「口を閉ざし、眼を開けておけ。そこから何か得るものがあるはずだ」。その養父(有力政治家)が凶弾に倒れ、主人公は養父の至言を胸に事件の真相を追う。主人公を突き動かす原動力は、かつて味わった家族の温かみへの代償にある。「家族愛」。今まで私には気恥ずさを感じるこの命題について、本書でしっとりとその良さを教えられた。

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