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小田嶋 永の<<書評>>
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人形
人形
【新潮社】
佐藤ラギ
定価 1,575円(税込)
2003/1
ISBN-4104577014
評価:C
 「人形(ギニョル)」と呼ばれる、浮浪者まがいの男娼は、サディスティックな感情をひき起こされずにはいられない。それは虐待とは違う嗜虐。虚構と現実を割り切っていたはずのSM作家である主人公が引きずりこまれていく、その行き着く先は…。というあたりが「ホラーサスペンス大賞」の受賞理由なのだろうが、主人公のエスカレートしていく行為の描写や「人形」の自虐的な言動からも、それほど恐怖感は感じられなかった。はたして本作はホラーと言えるのだろうか。ぼくはホラーが苦手なので、それを判断する資格はない。ならばサスペンス性はどうかといえば、現実的な恐怖がサスペンスでは重要だとすれば、そのドキドキ感もあまりなかった。虚構と現実が交錯し、虚構の世界にはまり込むことで現実感を引き出せればよかったのだが、主人公のようにはひきずり込まれていくことはなかったのである。

第三の時効
第三の時効
【集英社】
横山秀夫
定価 1,785円(税込)
2003/1
ISBN-4087746305
評価:A
 横山秀夫の力量、スケール、可能性を再評価したい。『半落ち』について、従来の警察小説とは異なる人間の描き方、その作品性は評価しつつも、登場人物たちの保身をかけた闘いに共感を得られなかったことを理由に、昨年11月の本欄での評価を「B」とした。本作品は、犯罪捜査にかかわる人間たちがいっそう練られて描かれている。F県警捜査第1課強行犯捜査係、“青鬼”“冷血”“天才”と称される班長のもと、「荒涼たる砂漠で、それぞれがもがき苦しみ、誰もが自分ひとり生き残ることだけを考えて行動している」刑事たち。そればかりではない。捜査にかかわる人間のみでなく、犯人像、アリバイくずし、トリック、謎解き、意外な真犯人、犯罪そのものの物語性が加わった「本格ミステリ」としての味わいも十分だ。砂漠だと思われていた舞台、しかし、そこには「緑も水もあった」のだった。長編をしのぐ、連作短編集の粋をみた。

街の灯
街の灯
【文藝春秋】
北村薫
定価 1,850円(税込)
2003/1
ISBN-4163215700
評価:B
 北村薫は、女性以上に女性的な作家だと改めて思う。(おそらくはご本人の)理想の女性像を、こんどは昭和初期の上流家庭を舞台に描こうとしている。もちろん、すべての男性が、北村描くところの女性を理想としているわけではないのだが。昭和7年、上流家庭の令嬢である「わたし」の家に、運転手兼ボディガードの別宮みつ子がやってくる。その背景や人物像はつまびらかではないが、「わたし」はサッカレーの『虚栄の市』の女主人公にちなんで、彼女を「ベッキーさん」と呼び、この異色のコンビが、乱歩ばりの奇妙な事件を推理していく。おそらく、シリーズ化していくものと思われるコンビ、「ベッキー」さんの素性も少しずつ明らかになっていくのだろう。どちらがタイプ、とは問うまい。
 作中の、昭和7年頃の東京麹町・青山界隈、銀座、軽井沢の描写が興味深い。

消し屋A
消し屋A
【文藝春秋】
ヒキタクニオ
定価 1,850円(税込)
2003/1
ISBN-4163215506
評価:B
 活字にされた博多弁の会話が、どうもつっかえる。消し屋「幸三」のキャラクターが際立たない。もうひとつ気にいらないのは、フィクションであるのに、「福岡ダイエーホークス」他のチーム名が、なぜ実名なのか。と、とりあえず文句をつけておく。
 消し屋とはすなわち殺し屋。すわ、城島健司をイメージしたホークスのキャッチャー真壁が殺しのターゲットなのか、ではない。真壁が自らの意思でゲームに出ない、と仕向けるのが、このたびの依頼である。幸三は、真壁の親子関係を探り、精神的に追い込むことで「消そう」とする。真壁は、苦悩をかかえながらもゲームに集中する。野球小説としても、また真壁の父親の過去をめぐるエピソードも読ませどころだが、それが本意ではないだろう。だから冒頭の文句にもどる。消し屋「幸三」のキャラクターがもうひとつイメージできない。しかし際立たないのが、実名をもたない消し屋Aのキャラなのか、としたら作者の試みは成功しているのかもしれない。

趣味は読書。
趣味は読書。
【平凡社】
斎藤美奈子
定価 1,500円(税込)
2003/1
ISBN-4582831427
評価:B
 仕事柄、日野原重明先生には数回依頼したこともあり、尊敬している方の一人なのだが、ここのところのブームにはいささか驚いていた。講演で一言自己宣伝しただけで、展示販売の100冊、200冊が軽く売れる。話を聞いただけでは物足りない、ということなのか。どれだけ「ありがたい」ことが書いてあるのか、まったく関心がないわけではないのだが、買って読むのも、人に聞くのもためらわれる。本書はベストセラーをめぐっての「読書代行業」「読者探偵業」、すなわちベストセラーとはどんな内容で、どんな人が買って読んでいるのかを書いている。「読書人=多民族説」を提唱し、その異文化探検としてのベストセラー・ガイドだという。ぼくもベストセラーを読んでいないので、「その筋からのブーイングが飛んできそうな」紹介の仕方でも、ホント助かる。
 ところで、このような欄でこのようなことを書いているぼくたちって、読書が趣味、なのだろうか。

ギボンの月の下で
ギボンの月の下で
【ソニー・マガジンズ】
レイフ・エンガー
定価 1,890円(税込)
2002/1
ISBN-478971988X
評価:B
 家族小説が、一つのジャンルとして確立した感がある。本欄でも、「家族」の物語が少なからず取り上げられている。家族の物語を読み、絆を確認する現実の家族の存在を、かけがえのないものに思うこのごろである。本作品は、1960年、ミネソタ州のある小さな町から、タイトルにある「ギボン(手長猿)の月」に照らされた神秘的な渓谷へ向かう、旅と冒険の物語である。主人公のルーベン・ランドは、生まれたとき息をしていなかったが、父ジェレイマの祈りによって奇跡的に生を享けた。自らの意志で人生を切り開こうとする兄デーヴィ、文学好きで夢見る妹スウィードとの素朴な生活。デーヴィの殺人事件と脱走を機に、ささやかな生活は一変する。世間の好奇な意見に翻弄されながらも、彼らは絶望することなく、デーヴィを探す旅に出る。家族が再びの絆で結びつくために、再び奇跡は起きるのだろうか。「起きてほしい」と思わずにはいられない。

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