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池田 智恵の<<書評>>



無人島に生きる十六人
無人島に生きる十六人
【新潮文庫】
須川邦彦
定価 420円(税込)
2003/7
ISBN-4101103216
評価:A
 この本、泣ける。本当に泣いたわけではないが、泣けるような本である。内容はシンプル。タイトル通り、無人島に流れ着いた16人の漁師が力を合わせて苦難を乗り切っていく話だ。やぐらを建てたり、水を確保しようとしたり、食料を探し出したり、などの実際的な事についての描写ももちろん面白い。が、泣けるのは、この人たちが困難な状況でも誇りを失わずに生きようと尽力し、最終的に大きく成長してかえってゆくところである。船長は言う。「きょうからは、げんかくな規律のもとに、16人が、一つのかたまりとなって、いつでも強い心で、しかも愉快に、ほんとうに男らしく、毎日毎日をはずかしくなくくらしていかなければならない」こうした心がまえのもと、互いを支え合う漁師たちの姿には、人間がいかにあるべきかの答えみたいなものが感じられる。彼等はとてもかっこいい。誇りを持って生きるというのはこういうことなのだ、と思わされた。

てるてる坊主の照子さん
てるてる坊主の照子さん(上・中・下)
【新潮文庫】
なかにし礼
定価 (上)460円(税込)
  (中・下)420円(税込)
2003/8
ISBN-410115421X
ISBN-4101154228
ISBN-4101154236
評価:A
 主人公の照子さんは、戦後をたくましく生き抜いた女性の一人である。威勢がよくて挑戦心旺盛な照子さんは、魅力的だけど、ワガママだ。女優というかつての自分の夢を娘に託し、長女をフィギュアスケーターに、次女を女優にさせる。その間に下の二人や夫はほっぽらかしぎみ……。と、いう照子さんの造形を見て、なかにし礼はエライとつくづく思った。そうなのだ。母親だって人間なんだから、えこひいきするし、わがままだって言うのである。大体からして家族という関係は不条理なのだ。他人であって他人でない。しかし、不条理だからこそ生まれる力強さみたいなものがあって、なかにし礼が「家族という錬金術」と、表現しているものはそういうものだと思う。テンポのよい文章が気持ちのよい佳作。

沈黙/アビシニアン
沈黙/アビシニアン
【角川文庫】
古川日出男
定価 1,000円(税込)
2003/7
ISBN-4043636024
評価:C
 ルコという謎の音楽の歴史をひも解いてゆくことで、話が進行してゆくにも構造であるにも関わらず、行間から全く振動が伝わってこない。これがこの作品を致命的に説得力のないものにしていると思う。エピソードが想像力を刺激しないのだ。その原因は、女子大生である主人公に「ワンダフルとしかいいようがありません」となんて台詞を言わせてしまう勘違いぶりにあるような気がしてならない。こんな台詞を言う女子大生、ちょっと想像つかないよ。仮にこういったしゃべり方をする人が存在するとしても、この本の中で規定されているように「魅力的」であるものなのだろうか?言葉尻を捕らえすぎと思われるかもしれないが、物語の説得力というのは、基本的にそういったささいなことの積み重ねであると思う。チンケなリアリティなど覆してしまうような強固な世界観を持った小説であるなら別だが。

あのころ、私たちはおとなだった
あのころ、私たちはおとなだった
【文春文庫】
アン・タイラー
定価 840円(税込)
2003/7
ISBN-416766139X
評価:B
 中年に達し、老年の準備をしなければいけない年齢にさしかかった女性が、自分の人生に誇りを感じることができなくなって、昔の恋人に電話をする話である。彼女は長年つきあった幼なじみの恋人を振って、突如現れた13歳年上の男性と結婚したのだ。しかし、夫に先立たれ、継子3人を女手一人で育てることになる。必死で生きてきた彼女は、もう一つの人生があったのでは……、と思い始めるのだが……。いい話である。容赦がないけれど優しい。私にはわからないが、人名なんかにもいろいろユーモアが振りまいてあるらしい。しかし、こういう本を読むたびに思うのだけど、例えば「チリビーンズが豚汁だったら」「洋館が日本家屋だったら、もっと感情移入できたのかな」と思ってしまうのは私だけだろうか。

黒いハンカチ
黒いハンカチ
【創元推理文庫】
小沼 丹
定価 735円(税込)
2003/6
ISBN-4488444016
評価:B
 非常に同人雑誌的な作品、と言うとけなしているみたいだが、そうではない。同人誌的というのは、自意識やサービス精神がほとんど作品に表出されていない、という程度の意味である。推理小説というのは基本的にエンターテイメントなので、読者に「読ませ」なければならない。そのため、時に物語が過剰になったり、文体がやたらとしっかり構築されてしまったりするのだが、この本には全くと言っていいほどそういったところがない。主人公の女先生を魅力的に書こうという野心など、微塵も感じられない。そのため、後口が妙にさっぱりしていて、全体に不思議な印象を残す本になっている。思い入れなんかは絶対に生まれそうもないけど、たまにはこういうのも面白いかも、とは思った。