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高橋 美里の<<書評>>


てるてる坊主の照子さん
てるてる坊主の照子さん(上・中・下)
【新潮文庫】
なかにし礼
定価 (上)460円(税込)
  (中・下)420円(税込)
2003/8
ISBN-410115421X
ISBN-4101154228
ISBN-4101154236
評価:A+
 昭和のはじめにあった大きな戦争を経て、軍人からパン屋へと転身した、岩田春男。かたや、結婚式の時に鳴り響いた空襲警報に一番に逃げ出したという妻・照子。物語はこの二人からはじまります。
夫婦の間に生まれた、春子・夏子・秋子・冬子の四人姉妹はすくすく育ち、照子は生来の気性でどんどん突っ走っていく。「恵まれた才能」を持って生まれてきた人がこの家族に居たことから一家の生活が変わっていく。
照子は自らの企画で、テレビ喫茶を営み始め、それが大当たり。長女の春子・次女・夏子はフィギュア・スケートを始めた。梅田のスケート場にテレビ喫茶の二号店を出店。
時代がとまることを知らなかった時代を走り抜けた一家の物語なのですが、走りつづけている人もいれば、残される人もいる。三女・四女は母親にほっとかれっぱなし。
昔の商売屋というのはそういうものだったのだろうか?読みながら、今の家族と照らし合わせてしまう作品でした。この作品のなかに、子供の頃の自分自身がいるはずです。

二葉亭四迷の明治四十一年
二葉亭四迷の明治四十一年
【文春文庫】
関川夏央
定価 620円(税込)
2003/7
ISBN-4167519089
評価:B
 文学史で習うけれども実際の小説は読んだことがない、という作家の多い明治文学。
二葉亭四迷という一人の小説家の生涯を静かな文章で、そして同じ時代を生きた文人たちと重ねながら描いた作品。
いつも思うのだけれど、関川夏生さんの文章はなんだかとても静かで読みやすく、その文章そのものが作品と相まって読んでいて気持ちがいい。
すでに、明治という時代が遠い時代になってきているけれども、なんだか身近に明治の文豪をかんじることができる、そんな一冊でした。

あのころ、私たちはおとなだった
あのころ、私たちはおとなだった
【文春文庫】
アン・タイラー
定価 840円(税込)
2003/7
ISBN-416766139X
評価:B+
 もしもあの時、違う選択をしていたら、今当たり前になった生活ではない、生活をしているかもしれない。違う自分になったかもしれない。そう、思うことはありませんか?
主人公・レベッカには義理の娘と孫と、義理の叔父がいる。自分の夫は結婚して6年で他界してしまったのだけど。
なんの不満もない今の生活、でも、今の自分は本当になりたかった自分だろうか?自分の人生の分岐点ともなる大切な選択を間違っていたとしたら……?
やりなおすことに前向きに挑もうとする彼女の姿勢に共感。

五輪の薔薇
五輪の薔薇(1〜5)
【ハヤカワ文庫NF】
チャールズ・パリサー
定価 840円〜1050円(税込)
2003/3〜7
ISBN-4150410321
ISBN-4150410356
ISBN-4150410380
ISBN-4150410402
ISBN-4150410410
評価:A
 全5巻、超大作であります。この夏読んだ本で一番長いかもしれません。
舞台は19世紀ロンドン。ジョンが一台の豪華な馬車を見かけたことから物語りは始まる。馬車に刻まれた紋章と我が家で使っている家具に刻まれた紋章、それが五輪の薔薇。それはほんの始まりにすぎない出来事だった。
まるで激流にのみこまれるように、運命に翻弄されていくメランフィー親子。
まるで表のように描かれる貴族社会とは全く違うイギリスのアンダーグラウンドをどこまでも濃密に描ききっている。
血族の争い、そしてその闇。本当に飲み込まれそうになります。
カタカナの苦手なわたしにはこの長編の登場人物が一番の難敵でした。
しかしご安心を。文庫の綴じ込みに登場人物一覧がついています。カタカナ恐怖症な皆様、確認しながら読むことをオススメします。

黒いハンカチ
黒いハンカチ
【創元推理文庫】
小沼 丹
定価 735円(税込)
2003/6
ISBN-4488444016
評価:A
 小沼丹、という作家のことを知ったのは北村薫の著作でした。(有栖川有栖のブックレビューもそうなんですが、なぜミステリの書評というのは喉から手が出るほど読みたくなるのでしょう?)今や読むことができるのはその作品だけだと思っていたところの吉報。東京創元社からの刊行。嬉しさのあまり小躍りしそうでした。
主人公は、ニシ・アズマ。女学校の教師で、屋根裏での午睡がたのしみという、少し変わった先生。彼女は赤縁のセルロイド製の眼鏡をかけると別人のように頭脳が働き始める。そのときの彼女の前では、すべての謎が無力化してしまう。
トリックは初歩的で読みやすく、作中で起こる事件には凄惨なものもありますが、明快な文章で描かれているので他の作品とあまり区別することなく読みつづけることができます。