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藤井 貴志の<<書評>>


誰か―somebody
誰か―somebody
【実業之日本社】
宮部みゆき
定価 1,600円(税込)
2003/11
ISBN-4408534498
評価:B
 日本を代表する財閥総帥のお抱え運転手が自転車に轢き逃げされて死んだ。そんな設定で幕を開ける本書は、総帥の娘婿である杉村三郎と、運転手である梶田の娘である姉妹を中心に物語が展開する。轢き逃げ犯の捜索に関わる過程で、杉村は梶田の過去の暗部にふれることになる。父親の暗い過去を知る姉と知らない妹の間で板挟みになりながら、杉村は梶田を通じて娘姉妹と向かい合う……。
物語の中心だと思っていた問題(事件)が解決するたびごとに、その問題はさらなる事件の呼び水だったことに気がつく。この繰り返しで、物語の主題は殺人事件から姉妹・家族の関係にと及ぶ。著者の過去の作品の圧倒的なストーリーテリングと比べると、やや小粒な印象もあるかもしれないが、その実は思いのほか読み応えもあり濃厚だ。またしても僕たち読み手はものの見事に宮部女史の術中にハマってしまうのか。事件が事件を呼び、謎が謎を呼ぶ。意外性のないテーマを扱った作品だからこそ、著者のストーリーテリングの底力を思い知らしめた一冊だと思う。

辰巳屋疑獄
辰巳屋疑獄
【筑摩書房】
松井今朝子
定価 1,680円(税込)
2003/11
ISBN-4480803734
評価:B
 まったく悪気はなかったけど、あとで思いのほか大騒ぎになってビックリしたという出来事はよくある。かつて江戸幕府を震撼させた贈収賄事件「辰巳屋騒動」が、実は、大阪商人たちによるそんな出来事だったとしたら意外である。本書は辰巳屋の奉公人である元助の視点で、商人の生き様と武家との関わりを描いている。余談だが、元助の姿が周五郎の『さぶ』に出てくる“さぶ”と重なった。
さて、贈収賄といえば実にどろどろしているイメージがあるが、本書にそのような様子は微塵もない。結果として暗躍した形になる元助だが、その姿は一途に主人を守ろうとけなげに駆けずり回っている。相続に関する覇権争いの部分は多少どろどろしているが、問題の贈収賄にからむシーンも“金にまみれた商人”というよりは“武家に食い物にされる商人”といった感じだ。結果、幕府側からも死罪者を出した大事件だが、ドラマ放映中の『白い巨塔』のほうがはるかにどす黒いと思ったのは僕だけ?

号泣する準備はできていた
号泣する準備はできていた
【新潮社】
江國香織
定価 1,470円(税込)
2003/11
ISBN-4103808063
評価:C
 ドラマや映画は大作化が進んでいるという。なるほど番組表には2時間ドラマが増え、3時間を超す映画も珍しくなくなってきた。年末年始の12時間ドラマが大好きな僕としては、これは喜ばしい傾向だ。ただし、こうした大作と向かい合うには、それ相応の“覚悟”が必要になる。物語の複雑な設定を理解しつつ、幾重にも張り巡らされた伏線を追いかけるのは生易しいことではない。結果「大作はときどきが美味しい」と思うようになった。
本書はさながらショートムービー集のような一冊だ。12編の物語はいずれも短編だが、いたずらに物語の背景を複雑にすることなく、登場人物を最低限に絞り込むことで、短い中で十分に細かな描写がなされている。短編にありがちな「あれ、ここでもう終わり?」といった感じもしない。続けざまに読むと、作者の“クセ”というか、好みの“ツボ”のようなものも見えてきて楽しい。大作や長編で疲れた頭と身体にはとっても嬉しい作品。

瑠璃の海
瑠璃の海
【集英社】
小池真理子
定価 1,785円(税込)
2003/10
ISBN-4087746623
評価:C
 多くの人が、数年前に大ブームとなった“あの作品”を連想するだろう作品。オビに「究極の愛の道行き」とあるが、究極の愛はある種の禁を犯すところから芽生えるのか思えば“あの作品”はダブル不倫だったし、本作の主人公である萌と遊作は不幸な事故で愛するものを失った遺族同士という間柄。こうして出逢った2人は関係が深まるにつれ、徐々に世間の枠組みからはみ出していく。萌は仕事を辞め、純文学作家である遊作は小説が書けなくなりポルノ作家になり果てる。こんな2人が寄り添いながら物語は終末を迎えるのだが、ここでも“あの作品”の存在が頭をよぎる。ただ、遊作の言動が死を予感させるタイプであたっせいか、ラストシーンに至っても「お、いよいよお約束の場面だな。どう描くのかな?」という感じでしかなかった。肝心の終末の描写も思いのほか淡白な印象を受けた。作者はもっと書ける人だけに少し残念だ。

くつしたをかくせ!
くつしたをかくせ!
【光文社】
乙一
定価 1,260円(税込)
2003/11
ISBN-433492414X
評価:C
 絵本っていいなぁ。子供のころ“本”と言えば絵本だったけど、物心着いてからはとんと絵本という存在から離れていたことに気が付く。本書は著者初の絵本というが、本書のすばらしさは絵を担当した羽住都さんの仕事が大きい。
さて本書だが、主役は子供とサンタである。夜中に他人の家に密かに上がり込み、親に内緒で子供と接触をはかるサンタクロース。見方によっては、かなり“あやしい”。著者は本書でサンタの話に少しミステリー的な味付けを施しているが、子供でも大人でも楽しめる味付けの塩梅はお見事(そうは言っても子供にはやや難しいかも……)。著者のファンなら、人間味のあるあとがきも楽しめるはず。ただし子供にプレゼントするときは、著者のアドバイスに従って『あとがきをかくせ!』(笑)。