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勝手に目利き
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藤井 貴志の<<書評>>

太陽の塔
太陽の塔
【新潮社】
森見登美彦
定価 1,365円(税込)
2003/12
ISBN-410464501X
評価:B
 本書でいちばん印象に残ったのは、その「文体」である。ユニークな独白調の本文は、特に心理描写にユーモアのセンスが溢れており、読中は何度も噴出しそうになった。
著者のこのユニークな筆力は、本作の登場人物達をも輝かせている。本書の主人公はさえない京大生だが、彼の周りにいるモテない学友人の存在が異彩を放つ。彼らは一見すると個性が際立つキャラクターにも見えるが、このあたりも著者の筆力の賜物である。実は、よ〜く読むとどこにでもいそうな大学生であることが分かる(さすがに「クリスマスのええじゃないか騒動」は小説ならではのエピソードだが……)。小説ではあるが、現実のキャラクターが演じているように思えてならなかった。このあたりの“ギリギリのリアリティー”が、僕にとっての本書のキモであった。また、京都の街並みが妙に(実に)リアルに描かれているのも、どこか可笑しく感じられた。実写にしてもいいかも。

笑う招き猫
笑う招き猫
【集英社】
山本幸久
定価 1,575円(税込)
2004/1
ISBN-408774681X
評価:C
 駆け出し女性漫才コンビの「珍プレイ・好プレイ集」とも呼べるドタバタ活劇。凸凹コンビが周囲と衝突しながら、そして時にはお互い同士でぶつかり合いながら、夢に向かってがむしゃらに駆けていく。実際の漫才さながらの勢いを重視し、全編を通じて物語の勢いを殺さないようにした著者の配慮は十分に伝わった。
女性漫才コンビという設定上、主人公のアクの強さは覚悟の上で読んでいたものの、物語中の各エピソードの展開やオチのつけ方に、2人のキャラクターに頼りすぎた感は否めない。そうは言っても、筆に勢いがある分、著者が引っ張るまま一気に読みきることができた。漫才という“面白くあるべきもの”を題材にするからには、読み手を楽しませなければスタートラインにすら立てないのだろうが、その点で言うと、僕は本書のユーモアにも充分にノせられた。

図書館の神様
図書館の神様
【マガジンハウス】
瀬尾まいこ
定価 1,260円(税込)
2003/12
ISBN-4838714467
評価:B
 (こう言っては失礼だが)期待に反して楽しめた。読み始めに感じた「つるんとして抑揚のなさそうな話だな……」という第一印象はある意味では裏切られなかったが、その抑揚のなさが不思議な癒し効果をもたらしてくれたようだ。登場人物も最小限に抑えられており、いい意味で頭を酷使せずに読むことができた。
本作は、本人の希望に反して文芸部の顧問になった新任の女性教師の1年間を描いている。家庭を持つ恋人“浅見”とのエピソードは予想通りの展開で新鮮さを感じなかったが、その一方で、一介の文芸部員にすぎない垣内の飄々とした存在感は際立っていた。浅見の前では素の自分を出せない主人公が、垣内の前で素の自分をさらすことに開放感のようなものを感じてゆく様子は爽やかで心地いい。あまり堅苦しいことを考えず、ゆったりとした気持ちで読めば、本書の「癒し効果」の恩恵にあずかれるはず。

ヘビイチゴ・サナトリウム
ヘビイチゴ・サナトリウム
【東京創元社】
ほしおさなえ
定価 1,575円(税込)
2003/12
ISBN-4488017010
評価:C
 なんとなく「どこかで読んだことがあるなぁ……」といった印象が先立つ学園ミステリー。女子高生の自殺をきっかけに、いくつもの事件が絡み合い、事件は思いがけない展開を見せる。自殺した女子高生の後輩にあたる2人の女生徒が事件解決の重要な役回りを演じるが、こうした“当事者の周囲にいる好奇心旺盛な人”の活躍はテレビドラマなどでも広く用いられている手垢の付いた手法であり、ミステリーの「王道」というよりは、便利な登場人物がプロットを助けてくれるといった意味合いも感じてしまう……。
そうは言っても、この手の本は、ひとたび読み始めると次から次に“イベント”が発生するので、飽きることなく読み進めることができる。女子中高生同士の“不思議な友情”の描写もリアルで、違和感を感じることなく物語に惹きこまれた。新鮮味という点ではやや物足りなかったが、「?」や「!」を幾度も感じることはできた。個人的には装丁や製本仕様も好み。

不思議のひと触れ
不思議のひと触れ
【河出書房新社】
シオドア・スタージョン
定価 1,995円(税込)
2003/12
ISBN-4309621821
評価:A
 スタージョンの文章はクセが強いのか、読了するのはひと苦労だと言われる。しかし、ひとたび見事読み終えたらスタージョンワールドの虜になってしまう。それで言うと僕は後者である。全10編の短編集である本作は、SFモノからミステリー、ジャズ小説などバラエティーに富む内容で、SF色の強い作品は好き嫌いが分かれそうだが、僕は夢中になって一気に読んだ。
一番気に入ったのは「ぶわん・ばっ!」(この邦題は実に見事!)。ベテランジャズ演奏家が青春時代を回想するジャズ小説で、名前を売りたい若いミュージシャンたちの人間模様を描いた作品。可愛がっていた若い“ボウヤ”的少年が、その才能を一気に開花させ師匠を出し抜いていく様は、様々な思いが交錯した熱気に満ちているものの、どこか切ない。全作品の丁寧な解説が巻末に収録されているのも、本書の刊行に対しての関係者の熱意が感じられた。