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和田 啓の<<書評>>



四日間の奇蹟
四日間の奇蹟
【宝島社文庫】
浅倉卓弥
定価 725円(税込)
2004/1
ISBN-4796638431
評価:B
 心とはどこにあるのか?一度も考えたことのない人はいないはずだ。脳の中か、脳以外の身体のどこか、さもなければ目に見えない空気中にそれはあるのだろうか。
 知的障害者を娘にした、かつて将来を嘱望された天才ピアニストは、ある劇的な体験を通じこう考えるようになる。−心という言葉で表現されるものの正体は、肉体を離れて存在するのではないか、と。
 ピアノの調べのまま、人間の心情を琴にし楽章のように仕上げた作品である。主旋律に乗ってモチーフが昇華されていく。医学、心理学、音楽…が巧みなタペストリーを編み、テーマは宗教的な高みにまで達している。
 答えはいつも風に吹かれてるって、歌った人がいたね。

調子のいい女
調子のいい女
【角川文庫】
宇佐美游
定価 620円(税込)
2004/1
ISBN-4043741014
評価:AA
 抜群に面白かった。一気読み。恐るべし女心。出色である。
 臆面もなく自己の欲望に生きる女たちの会話にグングン引っ張られる。女の打算、見栄、嫉妬、優しさと儚さ。ある角度から見据えた金というものの正体。ソープ嬢に成りさがる銀座ホステスの実態。緊迫した場面で繰り広げられる機知の妙。
 アメリカで留学生活を体験してきた女はよくも悪くも一味違う。縛られた日本の枠から外に出たら、一気に多民族社会。愛想と英語が命。コミュニケーションや性の肌合いのようなものが日本人と微妙に違ってくる。感覚が自然と突き抜けてくる。
 銀座で生きてきた無理目の女が留学先の下宿の男とあっけなく寝てしまうシーンがリアルで素晴らしい。
 オチがまたスゴイ。ほんとうに大切なものは失ってから気付くのだ。好きだから嫌い。嫌いだから好き。筆者の描写力、洞察力に感服。

偶然の祝福
偶然の祝福
【角川文庫】
小川洋子
定価 500円(税込)
2003/12
ISBN-4043410050
評価:C
 子どものときに不気味だったものを鮮明に思い出させてくれる。失踪者。他人でありながら家に居るお手伝いさん。兄弟。犬……。そこにあったものが消える事象は現実感に乏しく、かなりの恐怖感を招く。
 いっときの村上春樹の小説を読んでいるような錯覚に陥った。喪失感が少女性を纏った文体から漂っている。しかしながら「喪失」とペアの感がある「再生」というキーワードが見事なまでに出てこない。これが小川洋子ワールドなのか。
 才能だけで書いている気がしたのは私だけだろうか。

愛才
愛才
【文春文庫】
大石静
定価 520円(税込)
2003/12
ISBN-4167512076
評価:B
 いっておくが私は大石静の昔からのファンである。初期のエッセイは珠玉の作品群だった。向田邦子の再来と拍手したものだ。すでに随筆の中で生活ぶりや生立ちをあけっぴろげに彼女は公開している。一回り年上の旦那に愛人との恋愛ぶりを仔細に話し、ときに相談さえする夫婦関係。半ばノンフィクションとしてこの本を読んだ。(どこまでが真実かわからないが……)
 島尾敏雄のようなドロドロした世界になるのかな〜と予想していたがよい意味で裏切られた。世間のものさしとは無関係に自分の意思で快活に生きる人物たち。優しくてさっぱりした女、どうしようもないがまこと魅力的な愛人、妙な自信を秘めているおとうさん(旦那)が織り成す現代の三角関係。小説のテーマうんぬんではない。とある世界の、男と女の遍歴だ。

子供の眼
子供の眼
R・N・パタースン
定価 (上)940円(税込)
定価 (下)900円(税込)
2004/2

ISBN-4102160132
ISBN-4102160140
評価:AA
 聴覚はとても敏感だ。寝ているときでも耳は起きている。少女が音に気付き深夜に眼を覚ます。ママを探しにベッドから降り、階段を下りる。いつもいるはずのところに母はいない。忍び足で音のする方へ歩く。かすかに光が差すドアの隙間から彼女は目撃する……
 離婚、幼児虐待、近親相姦あげくその連鎖まで、文明大国アメリカの実相を丁寧に描いている。しかし本題はそこにはない。偶発的に負の部分を背負わざるを得なかった人たちが、人生を肯定し宿命を乗り越え、より強靭に自分の人生を選び築く意志にこの小説の存在価値はある。
 あまりにも精緻で過不足ない筆者の文章力は並みの才能ではない。手に汗握る法廷劇の中、ひとりひとりの心情を状況によって的確に活写する力量はどうだ。まして愛しあう男と女が、愛しあうゆえ疑いそして赦しあうデリケートな心情描写に至ってはもはや名人芸である。
 原作以上にこの作品を輝かせたのは訳者の功績。抑制を効かせた美しい日本語に何度唸らされたことだろうか。