年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

和田 啓の<<書評>>


下妻物語
下妻物語
【小学館文庫】
嶽本野ばら
定価 630円(税込)
2004/4
ISBN-4094080236
評価:B
 極彩色を帯びた度のキツ過ぎるオープニングから一転、友情を称えた見事な青春小説に変奏していく。蛹だった少女が、羽を持った蝶に突然変異していくように。
 ロココって?真のロリータファッションとは?おじさんは困惑し頭が痛くなりました。代官山にあるメゾン、BABY,THE STARS SHINE BRIGHT本店が彼女の聖地。白いベビードールジャンスカに、小公女ブラウス、白い薔薇のケミカルレース付のミニハット。で靴はロッキンホースレリーナ…………なんのこっちゃ?対して盟友は、日の丸とU.S.ARMYの名が入った腕章をした特攻服(中は白いさらし!)、ボトムは鳶職が穿くニッカボッカで全身パープル。銀の重そうなメリケンナックルを指に嵌め、もちネックレスは金。で、素足に雪駄と地方色濃厚な爽やかヤンキー。
 で、ヤンさんがパーフェクトなロリータファッションを決めてくれるのです。パンクだ!

本と中国と日本人と
本と中国と日本人と
【ちくま文庫】
高島俊男
定価 998円(税込)
2004/2
ISBN-4480039163
評価:B
 新刊時に玄人筋で評判だった本の文庫化である。筆者の高島俊男氏は中国文学通。日本人にゆかりのある中国関連の本を切れ味鮮やかに、自身のエピソードを適度に加えながら、文筆家としての力量もあますところなく伝えている。日本人が描いた書籍も多く紹介することで隣国の歴史と大きさが皮膚感覚で捉えられるようになっている。
 戦時中、祖父が満州で鉄道の仕事をしていた関係もあってか戦争の時代を取り上げた本が印象深かった。中でも先日亡くなった小林千登勢さんの『お星さまのレール』で、幼少期の彼女が三十八度線に向かって泣きながら走るシーンは秀逸の一言。
 漢詩とは漢字で綴った詩のことだが、英米文学とはまた違う種類の教養主義的な臭さが読後感に漂った。筆者の毒(独断と偏愛)は好みの分かれるところ。
というわたしも異国のチャイニーズレストランで菜譜を眺めるときは至福のひととき。

ハードロマンチッカー
ハードロマンチッカー
【ハルキ文庫】
グ・スーヨン
定価 714円(税込)
2004/3
ISBN-4758430926
評価:C
 在日韓国人二世が書いた福田和也先生絶賛の衝撃のデビュー作、なんだそうである。
 主人公は下関に住む朝鮮人の高校生。結構ワルい。彼らの路上を中心とした日常が、手持ちカメラで撮られた8ミリ映画のブレた画像のように、躍動感溢れる筆致で描写されていく。
 若くて金がなく、好奇心とエネルギーだけは旺盛な野郎たちにとっては、街を徘徊するのが最も健康的で、ダチと歩く街がこの世でたったひとつの世界である。この作品はやたらとセリフが多く、絶えず登場人物は動いている。自己の内面を考えることは稀にしかない。自分が動くことで世界は回っていくからだ。感傷を拒否した生き方が生彩を放ち、勤め人には新鮮。あれだけ体を張っていれば、世界は拓けるだろう。毎日たいへんだろうけど。

スペシャリストの帽子
スペシャリストの帽子
【ハヤカワ文庫FT】
ケリー・リンク
定価 882円(税込)
2004/2

ISBN-415020358X
評価:C
 どこかで読んだ気がした本だった。読んだというよりも子供の頃どこかで見聞きし潜在意識で眠っていた記憶を追体験させてくれるようなファンタジーの掌編である。
 想い出はどこかファジーでつかみ切れない。実体験ではなく、どうやら夢の世界での作り話だったらしい。田舎の大きな旧家で夏休みひとり留守番をしていたときに見た妄想や白昼夢だったのかもしれない。
 表題作を中心に、主だった作品は読み返す行為をしたが一向に頭に入ってこなかった。
「充分なスピードを出せれば、スペシャリストに捕まらないわ」「スペシャリストってなに?」「スペシャリストは帽子をかぶってて、帽子は音を出すの」「彼がじきに来る。ここにやって来る」。
 日常生活に埋没しているわたしには避暑地の旧家どころか、カナダの湖畔で再読する必要がありそうだ。

雲母の光る道
雲母の光る道
【創元推理文庫】
ウィリアム・エリオット・ヘイゼルグローブ
定価 1050円(税込)
2004/3
ISBN-448829202X
評価:C
 読了後、アメリカ南部を旅したくなった。名作『風と共に去りぬ』や映画『イージー・ライダー』の舞台が見たくなった。東部エスタブリッシュメントのアメリカではない、裸のアメリカ。保守的で閉鎖的で人種差別が色濃く残ると云われる合衆国南部。そこに暮らす人々は頑固で骨太な分、世情に流されない味のある人が多くいるだろうから。
 シカゴで仕事に失敗し妻と別れた主人公は、祖父のいるヴァージニアを訪ねる。訪問の理由は、母の謎めいた死にもあった。
 現地での道ならぬ恋、サスペンス、そして謎解きともに盛り上がらなかった。人物造型にふくらみがなく、ストーリーも推理小説にしてはスリリングさがない。ソーセージ・ペパローニ・マッシュルーム・タマネギ入りのピザ、夏の昼下がりにガレージ前で洗車といったアメリカらしい描写に心は躍りましたが。