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藤井 貴志の<<書評>>

二人道成寺
二人道成寺
【文藝春秋】
近藤史恵
定価 1,850円(税込)
2004/3
ISBN-4163225803
評価:B
 いわゆる「梨園」を舞台に、事故で意識不明になった歌舞伎役者の妻をめぐる謎解きの話。
二人のライバル役者が同じ役を同時に演じるという「二人道成寺」をここぞという場面で持ち出してくるところなど、ストーリーや登場人物の気持ちと歌舞伎の演目が上手く重ねられている。著者の歌舞伎に関する知識だけでなく、その愛情が感じられる。舞台を離れた役者や彼らを支える人ちたちの日常を外野から眺めているようで楽しめた。
個人的には、物語の核となるべき謎解きよりも、普段は垣間見ることのできない梨園の姿に、より興味を惹かれた。もちろんこれは小説だが、現実の梨園もこんな感じなんだろうなという気がしてくる。これまで歌舞伎といえば「スーパー三国志」しか見たことがなかったが、本書を読んで俄然興味が沸いてきた。余談かもしれないが、装丁はあの京極夏彦氏が出掛ける。

語り女たち
語り女たち
【新潮社】
北村薫
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4104066052
評価:B
 世間と距離を構えた1人の男のもとを訪れた女たちが語る体験談をまとめた形の短編集。17人の「語り女」たちが披露する話は、いずれもどこか懐かしく、そしてほのかに切なさも漂う。なかには不思議な体験もあるが、奇抜な印象はまったく感じられない。むしろ誰の人生にもこうした経験があるのでは?という気さえする。先月読んだオースターの『トゥルーストーリーズ』ではないが、人生なんて偶然の積み重ねなのだろう。それが驚くべき事なのか平凡な事なのか、視線というレンズの感度によって捉え方はさまざまなのだから。
少女時代に好きだった男の子の名前に使われていた漢字について語られた『文字』が特に印象に残った。語り手が記憶している文字のイメージや男の子の様子が風景とともに頭に浮かび、ラストの「!」というオチは意表を突くものではないが、柔らかくて心地よい。
風合いがまったく異なる短編ばかりが集まっているのに違和感なく上手に1冊に収まっているのもいい。

ブラフマンの埋葬
ブラフマンの埋葬
【講談社】
小川洋子
定価 1,365円(税込)
2004/4
ISBN-4062123428
評価:D
 前作『博士の愛した数式』が本屋大賞を受賞し、そのために急いで(?)新たなオビが巻かれたという状況が、本作の位置付けや期待度を端的に現している。そう、本作は『博士の〜』と比較される宿命を背負った作品。当然、僕たち読み手は前作と天秤にかけて読むことになる。これは人気作家の宿命でしょうね……。
アーティストが創作活動に打ち込むための施設で世話人を務める主人公が、ひょんなことから小動物を飼い始める。「ブラフマン」と名付けられたこの存在が何者かは最後まで(意図的に)明かされないが、文脈からするとカワウソか何かの小動物だろう。物語は主人公とブラフマンを中心に展開するが、タイトルがすでにネタばれ要素を過分に含んでおり、ラストに至っても「やっぱりね」と思わされたところは個人的には残念だった。読み始めたときから結末がなんとなく見えていたからか、良くも悪くも途中で引っかかることなく一気に読み終えた。
登場人物どうしの会話やその行間は、小川節とも取れるやさしさに満ちている。これが普通の小説なら、もう少し高い評価になろうが、これは『博士の愛した数式』を書いた著者の最新作なのである。前作はそれほどまでに素晴らしかったのである。

ファミリーレストラン
ファミリーレストラン
【集英社】
前川麻子
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4087746909
評価:A
 「母親」和美の三度目の再婚相手である「2人目の(実は3人目なのだが)父親」桃井と暮らし始めた「わたし」公子。公子が中学生になったとき、桃井の甥で天蓋孤独の身となった高校生の「兄」一郎が家族に加わる。寄せ集めのような4人の人間がともに暮らす20年間におよぶ日々を描いたのが本作だ。
家族以外の登場人物はほとんど出てこない。これが重松清氏の作品であれば、それはもう波乱万丈に描かれるだろう(?)が、本作にはそうしたイベントはほとんどない。学校でのいじめも仕事のごたごたもない。4人の家族が、ひたすらに自分と向かい合い、他の3人の「家族」を受け止めようする。確かに大きなイベント性には欠けるが、退屈させられることはまったくなかった。むしろ、各登場人物の気持ちの揺れ動きをじっと見つめることで、4人の個性はもちろん、この「家族」の絆の強さを浮き立たせることができている。子供が家を出るとき、普通の家族なら独り立ちを喜ぶが、この「家族」では家を出ることは「家族をやめる」ことを意味する。血縁のない人々を「家族」とし描くことで、著者は「ほんとうの家族って何?」を描こうとしているのだろう。

世界のすべての七月
世界のすべての七月
【文藝春秋】
ティム・オブライエン
定価 2,199円(税込)
2004/3
ISBN-4163226907
評価:C
 祭りに参加するのは大好きだ。何もかも忘れてボルテージを高め、一気に爆発させて盛り上がれる。でも、祭りのあとはいつも喪失感に襲われる。あの感覚は何だろう……。本書を読みながらそんな事を考えた。
1969年に大学を卒業した男女が卒業30年目の同窓会に集まる。思い出話に花を咲かせつつも、青春時代を思い返しあちらこちらでモーションを掛け合う男女。いつまでもお盛んである。しかし、いまは1969年ではない。かつてのヤンキーボーイ&ガールも今では初老の域に達し、精神的にも肉体的にも衰えている。家族や社会的地位を背負ってもいる。すでに命を全うした同級生もいる。そして誰もが「これが最後の同窓会になるかも」と感じている。そして会が終わりを迎えていく……。
祭りの終わりは死を暗示している。思えば修学旅行の帰り道で交わされる「楽しかったねぇ」という会話も、どこか死者を弔う会話に似ている。きっと祭りには「命」があるのだろう。自らの死をどこかで意識している人たちの祭りという本書の設定が、そのことを強く感じさせる。若さをアピールしようとする登場人物たちの姿も、身近にある「老い」や「死」を連想させる。