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松田 美樹の<<書評>>


チルドレン
チルドレン
【講談社】
伊坂幸太郎
定価 1,575円(税込)
2004/5
ISBN-4062124424
評価:A +
 周りに変わった人っていませんか? 思いもよらぬ行動をして、いつも周囲を驚かせる人。そして、たとえその人のせいで迷惑を被ることになっても、何故か憎めない、そんな人です。もし、あなたの近くに該当する人物がいるのでしたら、ちょっとその彼(または彼女)を思い浮かべてみて下さい。準備はいいですか? では、その人を更に10倍も20倍も変にして、更に憎めない度合いを100倍にしてみて下さい。そうして出来上がったのが、この物語に登場する陣内君です。締まりかけの銀行に入ったばっかりに銀行強盗に会い、そこで大人しく縛られていればいいものを「銃なんて偽物だろう!」と決めつけて犯人に襲い掛かる陣内君。無謀だ。何て無謀な人物なんだ。でも、この陣内君、無謀なだけでなくて魅力もたっぷり。銀行強盗に巻き込まれた婦人が緊張感と不安から泣き出したのを見て、犯人すら心奪われる歌を歌い始めるなど、とにかくやることなすことがどれも憎めない。「変わった奴、でも憎めないランキング」をつけるとしたら、間違いなく今年のナンバー1だ!

すきもの
すきもの
【講談社】
前川麻子
定価 1,680円(税込)
2004/6
ISBN-4062124351
評価:B
 “性(セックス)”をテーマにした短編集。中でも、「携帯情事」にクラクラしました。大学生の彼氏がいる女子高生・美貴は、「セックスなんて、面白くもなんともない」と言いながら、彼氏とラブホテルで逢瀬を重ね、着々とその技術を磨いています。彼女の母親には愛人がいて、母親の携帯電話に届いたメールを見た美貴は、愛人に会いにホテルへ行き、「母親の代わりに来た」と告げます。二人はベッドへと向かい、そこからはかなり濃厚なセックスシーンが。これだけだと、単なる(?)セックスメインのストーリーでしかないのですが、ラストシーンで交わされる母と娘の会話に打ちのめされました。愛人を寝とられた母親と、寝とった娘が交わす会話。さっきまでの官能の世界から、ありふれた日常への移行。その変わりっぷりにすっかりやられてしまいました。

私が語りはじめた彼は
私が語りはじめた彼は
【新潮社】
三浦しをん
定価 1,575円(税込)
2004/5
ISBN-4104541036
評価:B
 どこに一体魅力があるというのか、結婚しても、年を重ねてもなお女性たちが惹かれてしまう大学教授・村川。小説の中では描かれるばかりで、決して表舞台に出てこない村川を中心に、彼に惹かれ、人生を狂わせられた弟子、妻、再婚相手、息子などが彼について語っていきます。同じ男を書いているのに、語る人物によって彼の正体はくるくると変化していきます。芥川龍之介の『薮の中』を思わせるような、見えない真実に翻弄される人々は、少し滑稽にすら感じます。もしかしたら張本人の村川自身も真実が見えていないのかもしれません。ただ、思うがまま生きていただけなのに、何故か寄ってくる人々によって、人生を運ばれてしまった。もしかしたら、事実はそんなところなのかも。
 三浦しをんさんは初めて読みましたが、不思議な読後感です。もっとこの人が生み出す世界を知りたいと思いました。

長崎乱楽坂
長崎乱楽坂
【新潮社】
吉田修一
定価 1,365円(税込)
2004/5
ISBN-4104628026
評価:B
 今月の課題本『蒼のなかに』が女の人生を語ったものなら、こちらは反対に男の人生を描いた1冊。女とは何かも知らない少年だった駿が、浮き沈みの激しい周りの大人たちに翻弄されながら成長していく物語。
 書かれているのは、(性描写という意味ではなく)あまりに露骨な男と女の関係。駿の母親という立場よりも先に女であることを駿に見せる千鶴、またその千鶴を誘う男。甘やかな母と子どもの関係を結ぶことよりも、自分の女としての人生を選んだ母親は、ある日1人の男と一緒に家を出ていってしまいます。大人になり、女を知った駿が、母親と同じように町を捨てようとする後半部分や、彼の心に残り続けた母親の姿に、男にとっての母親とは、そして女とは何だろう?と思わせられ、少しせつなくなりました。

蒼のなかに
蒼のなかに
【角川書店】
玉岡かおる
定価 1,785円(税込)
2004/5
ISBN-4048735365
評価:B+
 娘にとって女親は、時には煩わしく、時には戦友のようであり、また何もかもを曝け出して甘えられる存在です。でも、お互いがあまりに遠慮を知らないため、かなりヒートアップすることも。主人公の紗知は、播磨の旧家に育った40代半ばの女性。結婚に失敗し、子どもを持たずにきたことで、母親と関係がこじれたまま死別。その後は、自分の身1つで人生を切り開き、ずっと走りっぱなしの毎日を送ってきました。人生を川に例えることがありますが、彼女の川は、巫女の祖母、癌で亡くなった力強い母から脈々と続いてきたもの。検診で見つかった癌を切除するのをきっかけに、人生を立ち止まる時間を得た紗知ですが、神様は彼女をゆっくり休ませてくれることはありません。ずっとわだかまりを持っていた同じ病に倒れた母との関係や、彼女を取り囲む男たち、人生を賭けている仕事などなど、読んでいるだけで疲れる程、いろいろな転機が訪れます。“女”の人生について考えさせられる濃厚な1冊。