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藤川 佳子の<<書評>>


退屈姫君海を渡る

退屈姫君海を渡る
【新潮文庫】
米村 圭伍
定価 500円(税込)
2004/10
ISBN-4101265348

評価:B
 「えっ、殿が失踪!?まあ素敵!」なんて言えるのは、モノホンの姫しかいないわけですよ。もし一般人がこんなこと言い出したら、おまえは何様のつもりだと思うでしょう。あまりにも、のんき。風見藩二万五千石の大名・時羽直重の正室つばめ姫が、老女の諏訪、将棋差しの古文五、くの一お仙を引き連れてお家乗っ取りの陰謀を暴く冒険大活劇。でも、タイトルに「退屈姫君」とあるくらいで、藩存亡の危機もつばめ姫にとっては、ただの面白い退屈しのぎに過ぎないわけであります。つばめ姫一派も、囚われの身になってしまう夫・直重もどこかのんびりしている。読んでいて「君たちはのんきでいいね」とため息のひとつもつきたくなります。でもそれは私が一般ピープルだから。のんきに生きることは、特権階級の人にのみ許された生き方ではないかと思うのです。だから、つばめ姫のことも憎めない。ま、姫だからしょうがないか、と思ってしまうのでございます。

花伽藍

花伽藍
【新潮文庫】
中山 可穂
定価 460円(税込)
2004/10
ISBN-4101205337

評価:A
 恋愛は辛い、切ない。人間は死ぬまで孤独だということを、徹底的に知らしめます。一人でいるときより、二人でいる方が一人を感じるって不思議だなと常々思うわけです。その疑問に、この物語は答えてくれます。本書は女性同士の恋愛を様々な形で描く短編集。登場する女性たちはみんな孤独で、相手がいようがいまいが、最期まで一人で生きていくことを、当たり前のように受け入れています。結婚しようが子供を作ろうが、人はいつでもひとりぽっち。女性しか愛せない彼女たちは、結婚や出産というフィルターが無いぶん、その当然の事実を直視することができるのではないかと思うのです。結婚しない、子供を作らないではなく、結婚できない、好きな人の子供が産めないという選択の余地のない立場にいて、それでも自分の心のままに生きるとはどういうことなのか。負け犬女子必読の書です。

東京物語

東京物語
【集英社文庫】
奥田 英朗
定価 650円(税込)
2004/9
ISBN-408747738X

評価:AA
 直木賞作家・奥田英朗の自伝的青春小説。18歳で名古屋から上京した久雄青年の29歳までを描く短編集です。どんなに凄い人でも、青春時代って自分と同じような経験をして、自分と同じようなことを考えて悩んだりしたんだな、と思うとちょっと嬉しくなりませんか? とくに、コピーライターとして十分な成功を収めている久雄の「たぶん自分は、二十九歳にもなって、将来は何になろうなどと考えているのだ」という言葉にハッとしてしまいます。自分のモラトリアムを肯定してくれるような…、いやいやそんな後ろ向きな考えは置いておくとして。世界がどうなろうとも、未来は明るい、そういう信じがたい真実をストレートに教えてくれる一冊だと思います。

抑えがたい欲望

抑えがたい欲望
【文春文庫】
キ−ス・アブロウ
定価 1,050円(税込)
2004/9
ISBN-416766173X

評価:B
 ヒーローにはやはり、ヒーロー然としていて欲しいのです。精神科医フランク・クレヴェンジャーが活躍するハードボイルド。このクレヴェンジャーがですね、精神科医のくせに、幼い頃、父親から虐待された経験を持ち、いまだにそのトラウマから脱していないのです。困っている女性がいると放っておけなくなってしまうという妙な性癖を持ち、警察の鑑定医という立場にもかかわらず、事件の重要人物と一線を越えてしまう…。この物語には、数々の飛びきりの美女が登場するのですが、その描写がどれもイヤらしくて、もうこのオッサンをエロオヤジとしか見ることが出来ない! どうも美人がたくさん出てくる小説というのが個人的に気に入らないみたいです。美人好きにはオススメ。

凶犯

凶犯
【新風舎文庫】
張平
定価 791円(税込)
2004/8
ISBN-4797494271

評価:A
 貧しさが、人間をどんなに卑屈にするのか。腐敗とはどういうことなのか。この物語を読むと、ちょっと分かったような気がします。中国で実際に起こった事件をモチーフに書かれたこの小説。主人公は左足を戦争で無くした、傷痍軍人。国有林を所有するある貧しい山村に森林保護監視員として派遣された主人公は、盗伐により無惨な姿となった山林を目の当たりにします。盗伐を見て見ぬフリをして私腹を肥やしていた前任者たち、貧しさから脱却するために手段を選ばない村人。自分はどうあるべきかと悩んだ末、誰にも恥じない生き方をしようと決意する彼ですが、周囲からの数々の嫌がらせに遭い、それが、やがてショッキングな事件へと発展します。「責任をとりたがらず、問題点は報告しないで成果だけを報告する」役人が多い中で、この主人公の生き方には共感しますが、その正義が起こしてしまった事件を思うと、複雑な心境です。