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藤川 佳子の<<書評>>


背く子

背く子
【講談社文庫】
大道珠貴
定価 650円(税込)
2004/11
ISBN-4062749270

評価:AA
 この物語は、大人たちが子供たちへ勝手に貼り付けた「純真・無垢」などというイメージをビリビリと引きはがし、暗く、ジメジメして、残酷で、恐怖に満ちた幼き者の世界を見せつけてきます。
 物語の始め、主人公・春日は三歳の幼女として登場します。夫婦の夜の営みにあえて子供を参加させちゃうような変な家庭で育ったからか、この少女はクールで、ある意味とても聡明です。大人が言っていることや、やっていることはだいたい分かっている…。大人たちは春日を“子供らしくない”と、変な子扱いする。けれども、春日の持つ観察力、直感力、理解力、感受性は子供なら誰もが持っているごくごく普通の能力だと思うのです。本書を読むと、あの頃の感覚がまざまざと蘇り、子供でいることの辛さが昨日のことのように思い出され、苦しくなります。また、子供を侮っちゃイカンと改めて思いました。


ゆっくりさよならをとなえる

ゆっくりさよならをとなえる
【新潮文庫】
川上弘美
定価 420円(税込)
2004/12
ISBN-4101292337

評価:A
 古本屋を巡り、居酒屋へ赴き、コタツに入ってミカンでもかじりながら読書に明け暮れる…。こんな「川上弘美的日常」から日々や本のことなどを綴ったエッセイ集。大した事件も起こらないし、いつも本とかマンガとか読んでダラダラ過ごして、その合間に原稿書いてるみたいだし、それでものかきとして成り立ってるんだからいいよなぁ、などと思いながら読みました。けれども、「日常というものが『平凡』という言葉をはりつけるだけで済むはずのないことに、ほんの少しだけ気づかされたのである」、なんていう鋭さが時々垣間見えたりして、小説家になれる人となれない人の違いってこういうところなのかなぁ、と思いました。

ちがうもん

ちがうもん
【文春文庫】
姫野カオルコ
定価 570円(税込)
2004/10

ISBN-4167679248

評価:A
 1960年代に子供時代を過ごしたこと、自然がいっぱいの長閑な田舎町。都会に暮らす大人にとっては美しく懐かしいもの、古き良きものの象徴と呼べるそれらを、徹底的に否定することがこの短編集の根底にはあるように感じます。
 五つの物語の主人公は、みな京都やその周辺に故郷を持ち、今は東京で暮らす40代中盤の独身女性。日常を生きながらも、ふとあの頃…、自分の子供時代に迷い込んでいきます。彼女たちは、過去を振り返るわけではないのです。唐突に、子供時代のある場面が発生してしまうのです。だから子供時代を懐かしめない、自分がなじめなかった故郷を大人になってもやっぱり好きになれないでいます。ふと懐かしんでしまいそうになる自分をストイックなまでに戒めているようにも見えます。感傷に浸らず過去を見つめること、それは自分の人生を尊ぶことと通ずるように思いました。

きょうもいい塩梅

きょうもいい塩梅
【文春文庫】
内館牧子
定価 550円(税込)
2004/11
ISBN-4167690012

評価:AA
 この本は、“真顔”のエッセイである。真顔の人は何を言い出すか分からない。うっかりしているとミゾオチあたりに右ストレートをお見舞いされ、ブッと吹きだしたり、思わずホロリときたりしてしまうので要注意です。「力士は彼岸の美男」なんてマジで言われたら、もう呆然とするしかないでしょう。この本と対峙する時はどんな攻撃でも受けられるように身構え、一人でひっそり読んでください。
 著者自身があとがきで「『団塊世代』の匂いが出ていることに愕然とします」と述懐しているように、若い人が読むとちょっとお説教臭さが鼻につくかも知れません。けれどもいつでも真っ向勝負で生きてきた人の「大人も子供もハスに構えることを覚えてから、逆に世の中がおもしろさを失ったように、思う」なんてセリフはやっぱり説得力がある。「マジでいくわよ」という気迫溢れる本書は抜群に面白いのですから…。

すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた

すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた
【ハヤカワ文庫FT】
J・ティプトリー・ジュニア
定価 588円(税込)
2004/11
ISBN-4150203733

評価:A
 ユカタン半島の東海岸に位置するキンタナ・ローを舞台にした幻想的な物語が三編収められています。SFやファンタジーを読み慣れてないので、いつもどう読んでよいのやら戸惑ってしまうのですが、この物語はそんな私でも面白く読めました。
 海、マヤ族、それだけでも神秘的なかんじがするじゃありませんか。主人公は初老のアメリカ人。周囲のマヤ族からは「グリンゴ(アメ公)」と蔑まれながらも、「ごめんなさいね、でも僕、この土地が好きなの」といったかんじで居着いちゃってるジイサマ。そのじいさんが様々な形で物語の語り手と出会うのです。私は三番目の『デッド・リーフの彼方に』がお気に入りです。人間(グリンゴ)たちに破壊される自然を嘆きつつも、いつか自然に復讐されるんじゃないか、しかもそれを著者が望んでいるように読めました。