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水野 裕明

水野 裕明の<<書評>>



ワイルド・ソウル

ワイルド・ソウル(上下)
【幻冬舎文庫】
垣根涼介 (著)
定価720円(税込)
ISBN-4344407660
ISBN-4344407679

評価:★★★★★

大藪春彦作品の代表的主人公である伊達邦彦や北野晶夫を彷彿とさせるケイのキャラクター、銃とカーのスペック満載の描写、庶民の視点から描いた政府や外務省のいい加減さと、その政府や外務省を翻弄するケイたち日系ブラジル人二世たち。吉川英治の「宮本武蔵」と、大藪春彦の伊達邦彦を足して、現代の日本で思う様活躍させたと言ってしまうとかなり乱暴な話だが、全体を通してそんな印象を受けた、痛快な一作。
本当に、外務省というか役人というのは昔からなんら変わっていなくて、自国民を守るのではなく平然と棄民して、しかも口をぬぐって自分たちは恬然としてなんら恥じることなく悠々と暮らしている。その体質は北朝鮮の拉致を始め、今もなんら変わっていないのだから驚きというか、諦めというか……。そんな現状にフィクションではあれ、強烈な一撃を食らわすのだから、痛快そのもの。心から楽しめた。

魔岩伝説

魔岩伝説
【祥伝社文庫】 
荒山徹 (著)
定価780円(税込)
ISBN-4396332858

評価:★★★

なんと北町奉行、遠山の金さんの背中の彫り物は韓国・済州島に伝わる耽羅忍法を受け継ぐ者に彫られたものだ、という荒唐無稽な話を始め、様々な奇想を歴史の史実と上手く組み合わせた、新しい伝奇小説。とてもありそうにないのに、読んでいて楽しい作品。山田風太郎の忍法帖シリーズと正統歴史小説が一緒に楽しめた。ただちょっと残念なことは、伝奇的な部分と歴史小説の部分がかなりはっきり分かれていて、その分、読んでいて興ざめさせられる所も少しあった。もっと奇想と歴史が渾然一体となっていると、いかにも本当らしくもっと楽しかったのだが、と思うのは読み手の贅沢であろうか。とまれ、今まであまり小説として取り上げられなかった韓国の歴史や、戦国時代の日韓関係等が分かりやすく読めて、一石三鳥の久々に楽しめた伝奇小説の新作であった。

ダーク(上下)

ダーク(上下)
【講談社文庫】 
桐野夏生 (著)
定価580円(上)/600円(下)
ISBN-4062753855
ISBN-4062753863

評価:★

ただただ怒りと憎しみが生み出した凄まじい悪意を、圧倒的な迫力で描いた作品……その悪意があまりにも凄すぎて、本来であるならエンターテインメントと呼べるであろうが、個人的に楽しめず、アンチ・エンターテインメントと感じてしまった。主人公の女性ミロも、その彼女を追うやくざも、ミロの義理の父の愛人も、憎しみと怒りにさいなまれ、しかもそれが誰かあるいは社会や権力など具体的な何かに向けられたものではない所に、救いがなく読んでいて疲れる原因があるのだろうと思われた。解説にも「単行本発刊当時、ミロ・シリーズ愛読者たちはこの作品に当惑し、激怒した方もいたと仄聞している」とあった。当然だと思う。良い側にいたミロが豹変したからミロのファンが怒ったのもあるだろうが、それだけではなく、おそらく彼女の憎悪や怒りを理解できないことが、愛読者を当惑させたのだろうと思う。エンターテインメントとして圧倒的な「悪」を描くことは物語として成立しても、自身を燃やし尽くさずにはおれない憎悪や悪意には共感できないのではないだろうか。

白菊

白菊
【創元推理文庫】 
藤岡真 (著)
定価700円(税込)
ISBN-4488436021

評価:★★★

超能力者の種明かしの冒頭から、娯伺市(ごみいち)での謎めいた墨絵の発見、いかにも叙述トリックを感じさせる一人称時系不明なエピソードの挿入、さらには凡河内躬恒の和歌やポントリャーギン、大黒屋光太夫などなど一気呵成、ミステリーのエッセンスがジェットコースターのようにばらまかれて、超能力探偵が登場し探索が始まるという、内容盛りだくさんなミステリー作品。なのにページ数はちょっと少なめの中編なので、読みやすいといえば簡単に読み切れるし、どれもがただのネタふりだけで終わっているような、ちょっと物足りない作品と感じた。ポントリャーギンにしろ、大黒屋光太夫にしろその時代でのエピソードも描いた方がもっとリアリティがでただろうし、美術品の謎をテーマとした作品に記憶喪失の女性を使った叙述トリックが本当に必要だったのかも疑問が残るし、何と言ってもページ数が内容に対して少なすぎたようで、もっと書き込んだらと思えた。

ミャンマーの柳生一族

ミャンマーの柳生一族
【集英社文庫】 
高野秀行 (著)
定価450円(税込)
ISBN-4087460231

評価:★★★★

課題図書の「魔岩伝説」の次にこの本を手に取って、帯の「そうか江戸時代なのだ!!」という文章を目にして、てっきり、これは同じような伝奇小説で、柳生十兵衛がミャンマーで活躍する話なのかと思い込んでしまった。実際は伝奇小説ではなく、非常に面白いミャンマー紀行であったわけで、いやはやお恥ずかしい。軍政が敷かれているミャンマーを軍情報部の案内(というか作者は監視と考えて入るわけだが……)でいろいろ見て回る、その珍道中を楽しく、面白く紹介している。なぜ柳生一族かというと、ミャンマーの軍政を徳川幕府に、そのお目付け役とも言える軍情報部を柳生一族や裏柳生に例えたことから、「ミャンマーの柳生一族」となったわけで、タイトルは破天荒でも、内容は何とも言えないユーモアと脳天気とも言える野放図さと、自身を突き放した達観がミックスされて、ページを繰るたびにニヤリ、大笑いの連続であった。しかも、ミャンマーに関する情報も満載で、軍政に到った歴史も分かりやすく、どくとるマンボウ航海記以来、久々に楽しめる旅行記であった。

99999(ナインズ)

99999(ナインズ)
【新潮文庫】 
デイヴィッド・ベニオフ (著)
定価700円(税込)
ISBN-4102225226

評価:★★★

各短編がかなり変化に富んだ作品集。音楽業界の話でスターへの階段を登り始める女性ロッカーと取り残される男性ドラマーを描いた「99999」、チェチェン紛争の若年兵を主人公にした「悪魔がオレホヴォにやってくる」、引きこもり青年の「獣化妄想」、事故に遭った青年の思い出の中の少女を描いた「幸せの裸足の少女」、筒井康隆の実験小説みたいな「分・解」と登場人物もシチュエーションも振幅が大きすぎて、アメリカ文学といえばニューヨーカーの短編集とかピート・ハミルぐらいしか読んでいなかったので、ちょっとついていけないと感じてしまった。が、その後の「ノーの庭」や「ネヴァーシンク貯水池」、「幸運の排泄物」という3作はシティライフの哀歓というか、都会人の切なさがヴィヴィッドに描かれていて読みやすく、好感。後の作品から読んでいくのが意外と読みやすいかも……。

ティモレオン

ティモレオン
【中央公論新社文庫】 
ダン・ローズ (著)
定価760円(税込)
ISBN-4122046823

評価:★★

本の冒頭、「ティモレオン・ヴィエッタは犬の中で最高の種、雑種犬だ。」とあって、しかもカバー梗概には「街角に捨てられ、愛の物語を横切りながらひたむきに家路を急ぐ」とあるので、犬を主人公にした人との愛ある交流の物語と考えしまった。ところが、である。なんとこれは同性愛者(ホモ)の老人に飼われていた犬を狂言廻しとした、いろいろな愛のエピソードを綴った連作短編集とも言える構成で、しかもティモレオン・ヴィエッタはそれらの愛の物語の中の登場人物とほとんど関係を持たないストーリーであった。愛犬物語や人との交流の物語を期待する人にはお奨めできない1冊ではあるが、ここに描かれた愛の物語は、主人公である同性愛の老人をはじめとして不条理で、悲惨で、ストーリーの中で解決がつかないために読んでいてやり切れなくなってくるものの、描かれた人物は魅力的で、様々な愛の形を実感できる1冊であった。

影と陰

影と陰
【ハヤカワ・ミステリ文庫】 
イアン・ランキン (著)
定価890円(税込)
ISBN-4151755020

評価:★★★★

「影と陰」という書名と、冒頭の異様な死体の状況、さらにはオカルトやカルトっぽい話などから、これはサイコスリラーかと思いきや、意外と事件は普通の展開を見せて、麻薬に毒薬が混入されたことによる殺人とも事故とも分からないようになってくる。それを地道に捜査するのがリーバス警部。こうなってくると、やはりイギリスのミステリーで、リーバスのグチや独白、心情描写が多くなって、ストーリーはゆるゆると進んでいく。次から次へと事件の様相が展開していくアメリカのサスペンスミステリーとはまったく違うテイストで、捨てがたい魅力がある。このあたりは好みの問題で、早い展開がお好みの読者にはお奨めできないが、週末の夜に1ページ1ページじっくりと捜査の進展を楽しむには絶好の一冊ではないだろうか。

博士と狂人

博士と狂人
【ハヤカワ文庫NF】
サイモン・ウィンチェスター(著)
定価777円(税込)
ISBN-4150503060

評価:★★★★

単行本が発刊されたときからなんとも気になっていた作品で、予想に違わず面白くノンフィクションなのに、途中でだれることもなく一気に読み通してしまった。そもそもオックスフォード英語大辞典なるものを見たこともなく、ほとんど知らなかったので、読み初めてその内容の充実ぶりというか、辞典というより英語の博物館とでも言うような詳細な内容に驚いてしまった。単語の意味を説明しているだけでなく、どう使われているか?その用例を集めている。それも膨大な量で、単語は41万4825語、用例はじつに182万7306例にも上る。そして、この用例を集めるのに大きな貢献を果たした人物が、なんと精神異常をきたして殺人を犯し、精神病院へ収容されているという、事実は小説よりも奇なりを証明するような話である。その生い立ちから、精神異常に到った原因など調査や資料探索は詳細を極め、一方の主役であるジェイムズ・マレー博士の生涯も合わせて描かれて、読み物としても興味深い構成で、派手さはないけれど好印象であった。読み進めるにつれ辞典編纂の大変さとかも初めて分かった次第で、いろいろと知ることも多かった、お値打ちの一冊ではないだろうか。