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勝手に目利き
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スローモーション
スローモーション
佐藤多佳子 (著)
【ピュアフル文庫】
税込567円
2006年6月
ISBN-4861763029
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  久々湊 恵美
 
評価:★★★★☆
 スローモーション。という題名の裏にはこんなに重い背景があったとは、というのがまず読み終わっての感想。
 女子高生の不安定な世界を描いた一冊。主人公は千佐、普通の学生生活を送っている。普通、といってもやっかいなものでちょっとしたことで仲間はずれになって学校生活が色あせたものになったり。そんな普通の生活から少しだけ外れた千佐が関わる事になる、とびっきり普通から外れている及川周子という人物。自分が傷つかないように。そのためにあえて全ての動きも思考をもスローにする事によって何も聞かない。何もみない。考えない。まるで異次元の中に身を置いているような生活。すぐにでも崩れ落ちてしまいそうな心を守り続けていくための手段。
 最後に、登場した人物達が本当に幸せになったんだろうか。これでよかったんだろうか、とどうしても思えてきます。だったら最良の方法はなんだったんだって思うとこれでよかったのかな、とも思えてくるし。
 うーん。今でもまだ考えちゃうな。

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  松井 ゆかり
 
評価:★★★★☆
 自分の少年少女時代に何の後悔もない人っているのだろうか。手に入らないものが多ければつらいし、何でも持っていたとしてもそれはそれで負い目になる。リアルタイムで悩んだり苦しんだりするのはもちろん、その年代を通り過ぎても突然過去の失態がよみがえり頭を抱えてしまうことなどない人が、もしいたらお目にかかりたい。
 佐藤多佳子さんの(特にいわゆる児童文学として分類される)作品を読むといつも、過去の傷をちくちくと刺激される。私は主人公千佐のように反抗的でもなければ遊び人グループに身を置いたこともなかったけれど、彼女が感じている焦燥感は理解できるような気がする。何年かしたらうそみたいに楽になる時がくるのに(それがまた思い出したくない記憶となって自分を苦しめたりするわけだが)。その感覚を鮮やかに描き出してみせる佐藤さんはすごい!

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  西谷 昌子
 
評価:★★★★☆
 中学生や高校生の少女にとって、他者と関係することは痛みが伴う。恋愛に限らずだ。それまで見てきた世界が、実は自分の見ている通りの世界ではなかったことがわかってしまう。変わり者の同級生の重い過去を見たり、甘える存在だった兄を急に人間臭く、生々しく感じてしまったり。『スローモーション』ではそんな少女の成長が描かれる。
 他者との触れ合い――もちろん痛い触れ合いも含め――が少しずつ彼女を成長させるが、カタストロフィはそこに訪れない。他人の醜い部分を知ってしまい、苦い気持ちを味わいながら、子供の頃に信じていたものが幻想だったと知らされる。「大人になる」と片付けてしまえるほど単純な話ではないが、中学生や高校生のころ、確かにこんな苦さを味わったことがある、と思い出させられた。

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  島村 真理
 
評価:★★★☆☆
 千佐とニイちゃんは母違いの兄弟。ニイちゃん元不良でドロップアウト気味。父と母はまともな人間。がたがたと不協和音とともに壊れそうな家庭だけれど、最後の皮一枚で繋がっているから不思議だ。
 いつもイライラ、定まりどころがない千佐は、スローで浮きまくっている及川周子が気になってしかたがないのだ。美少年のニイちゃんにも複雑な気持ちを抱えている。この焦燥感と出口のない爆発物を持っているところが、若さで思春期だと懐かしく思う。急に大人びて驚いたり、思ったように進まなくて悔しかったり、と不安定な美しさがある。
 印象的な場面がある。ニイちゃんの生みの母、父の前妻になぜ父と結婚したのかと千佐が聞くところ。「知らないの?高校の先輩よ。人気があったのよ」子どもが親のことでこれほど驚くセリフもないだろう。今の若者と過去の若者が邂逅するせつな。私だったらどう思うだろうか。

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  浅谷 佳秀
 
評価:★★★☆☆
 主人公は女子高に通う15歳。引きこもりがちの異母兄がいる。小学校教師の父は厳格で、家庭は息苦しい。学校ではちょっと不良っぽいグループに入っている。とろくて無口だけれどどこか気になるクラスメート・及川周子は、高校生が気安く入れないようなセレブなクラブに出入りしているらしい。そんなある日、主人公の兄が父親に反発して家出する。転がり込んだ先は、その及川の家だった。
 及川をいじめの標的にしようとする仲間についてゆけず、グループから孤立する主人公。ワルにもマジにもなれず、自分も周囲もハンパに思える主人公にとって、兄を引きつけた及川周子の存在は、俄かに謎めいた陰影をもつものになる。しかし及川周子と交流するようになった主人公が、スローモーションのリズムでシンクロしている兄と及川の世界に見出すのは、結局現実逃避の停滞でしかない。そしてその2人の世界はやがて――。
 話し言葉で綴られた文体は読みやすく、あっという間に読了してしまった。切なさ風味に味わいはあるが、薄味であっさりしすぎて、ちょっと物足りない。エロスのスパイスをもうほんのちょっと効かせてもいいんじゃないかなあ。

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  水野 裕明
 
評価:★★☆☆☆
 語り手である女子高生の日常や、けっこうワルなニイチャンとの関係などがいかにも現代風な語り口で描かれた中編作品。語り手の女子高生はどちらかというと普通の感じで、主役はニイチャンとその彼女になる周子という同級生で、特に際立つのがその周子のキャラクター。思いきりスローモーションな動きと性格が作品の中で異彩を放っている。というか、語り手の千佐だけが比較的普通で、ニイチャンと家族の関係性がけっこう興味深く、意外と不良と呼ばれる子どもを抱えた家庭ってこんな感じ、兄弟姉妹もこんな感じっていうふうに思えて、その部分だけでも読む価値ありであった。

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