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松井 ゆかり

松井 ゆかりの<<書評>>

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超人計画 時計を忘れて森へいこう 天使はモップを持って 紀文大尽舞 夏休み スローモーション 死日記 蛇にピアス 魂よ眠れ 冷血

超人計画
超人計画
滝本竜彦 (著)
【角川文庫】
税込540円
2006年6月
ISBN-4043747039

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評価:★★★★☆
  オタクで妄想全開の筆者の日常を綴った、ノンフィクションなんだかフィクションなんだか判然としないお話。こういう人、嫌いになれません(自分の身内にいたら気をもむだろうが、少なくとも要領がよくてなんでも器用にこなすタイプよりはよほど親近感を覚える)。
 とはいえ、ツッコミたい部分もある。例えば著者は自分のことを「ひきこもり」と考えているようだが、渋谷に行ったり編集者と話したりましてや女子とプリクラを撮ったりできるなら、それは真のひきこもりではないだろう。もっとつらい状態の世のひきこもり青少年たちがむっとしたりはしないのか。また自らを「ハゲ」としばしば揶揄しているが、「おまえみたいなハンサムに言われたくねえ!」と薄毛のみなさんの怒りをかってしまいそうだ。いや、マジでスキンヘッド似合ってるし。それでも共感を寄せる若者も多かろう。滝本氏はひきこもりさんたちの希望の星か。
 でもドラッグはダメ、ゼッタイ。脳内彼女はいてもいいけど、自分の体は大切にしましょう。

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時計を忘れて森へいこう
時計を忘れて森へいこう
光原百合 (著)
【創元推理文庫】
税込780円
2006年6月
ISBN-4488432026
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評価:★★★★☆
  デビュー作には、どんな作家の作品であっても多かれ少なかれ初々しさ(と言い換えられる青さ)が伴うものだと思うが、これはまた掛け値なしの(読んでいるこっちの頬が染まるような)フレッシュさに満ちあふれた小説であった。作者は女性(だと思うが、たぶん。最近の作家名は一樹が女性だったり、くるみが男性だったりするので油断がならない)だが、登場人物男女を問わずドリームが入った感じの描かれ方をしている。
 いや、決して悪口を言っているのではないのだ。過激であればいい、刺激が得られればいいといった内容の作品がこのごろなんと多いことか。ミステリーであればなおのことだ。そんな中にあって、この連作集はまぶしいようだ。確かに人の死も登場するが、その謎を解こうとする主人公たちの心の動きはどこまでも純粋で温かい。翠と護さんの恋がうまくいきますようにと願わずにいられない。

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天使はモップを持って
天使はモップを持って
近藤史恵 (著)
【文春文庫】
税込690円
2006年6月
ISBN-4167716011

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評価:★★★★☆
  「日常の謎」系ミステリーといえば、北村薫さんや加納朋子さんなどの名前がまずあがるかと思うが、実はいちばん読者を選ばないのはこの近藤史恵さんによる「キリコシリーズ」ではないだろうかと密かに思っている。例えば北村さんの描く女性像には男性の理想が入り過ぎてる気がするし、加納さんの作品は一見スィートなだけにその向こうに隠された鋭い棘にたじろいでしまうときがある(いや、どちらもおもしろいんですけど)。
 その点、この「キリコシリーズ」は潔い印象だ。もちろん人間関係のドロドロなども出てくるのだが、隠そうとかオブラートでくるんで表現しようとか、あるいは逆に偽悪的に誇張しようという作為なしに、それらは厳然と存在するものとしてきっちり描かれる。ミステリーファンとしては、キリコと語り手の大介がホームズとワトソン的なコンビなのもうれしい。

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紀文大尽舞
紀文大尽舞
米村圭伍 (著)
【新潮文庫】
税込700円
2006年6月
ISBN-4101265364
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評価:★★★☆☆
 これまでにこの「今月の新刊採点」でも取り上げられた佐藤賢一氏や荒山徹氏などのような、歴史上の人物や事件を題材にしつつ大胆に脚色を加えて痛快な物語を創り上げる作家がいるということに驚かされてきたが、米村圭伍氏も間違いなくその列に名前を連ねる作家であろう。
 軽妙な語り、ユーモラスな会話(ついでに滑稽な表紙のイラスト)などで油断していたら、話がどんどん深刻になってきて慌てる。それに最後の方の主人公お夢の行動、ちょっとアンフェアじゃないか?若干後味の悪さが残ったのが残念だった。
 それはそうと現在私がいちばん気になっているのは、紀伊国屋文左衛門のことをこんな風に書いちゃってあるが、果たして紀伊國屋書店にこの本は並べられているのだろうか、ということだ。

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夏休み
夏休み
中村航 (著)
【河出文庫】
税込515円
2006年6月
ISBN-430940801X

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評価:★★★★☆
 おままごとみたいな結婚生活。周りからみれば痴話喧嘩以外の何物でもないごたごた。ゲームの勝敗によって離婚するかどうかを決める子どもっぽさ。ゴスペラーズさんが解説で書かれているほどには、リアルだとか共感できるとか思いはしないが、まったくの他人事でもない感覚。まあ、私は義理の母を「ママ」とは呼ばないが。
 主人公マモル夫婦と友人の吉田夫妻のごたごただけだったらちょっとキツい話になってたような気がするが、レンタカー店の工藤さんという人物の存在がこの物語をきりりと引き締めている。ページ数にしたら5ページくらいの出番なのだがすごく好感が持てた。ああ、もう私はこういうちゃんとした大人の方に感情移入するような歳になっちゃったんだなあ…と一抹のさみしさを覚えつつ、今年も夏休みがきますね。

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スローモーション
スローモーション
佐藤多佳子 (著)
【ピュアフル文庫】
税込567円
2006年6月
ISBN-4861763029
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評価:★★★★☆
 自分の少年少女時代に何の後悔もない人っているのだろうか。手に入らないものが多ければつらいし、何でも持っていたとしてもそれはそれで負い目になる。リアルタイムで悩んだり苦しんだりするのはもちろん、その年代を通り過ぎても突然過去の失態がよみがえり頭を抱えてしまうことなどない人が、もしいたらお目にかかりたい。
 佐藤多佳子さんの(特にいわゆる児童文学として分類される)作品を読むといつも、過去の傷をちくちくと刺激される。私は主人公千佐のように反抗的でもなければ遊び人グループに身を置いたこともなかったけれど、彼女が感じている焦燥感は理解できるような気がする。何年かしたらうそみたいに楽になる時がくるのに(それがまた思い出したくない記憶となって自分を苦しめたりするわけだが)。その感覚を鮮やかに描き出してみせる佐藤さんはすごい!

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死日記
死日記
桂望実 (著)
【小学館文庫】
税込580円
2006年7月
ISBN-4094080937
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評価:★★★★☆
 子どもは時にやっかいな存在である。生まれたての頃はひとりでは何もできないし、大きくなったかと思えば反抗するし。産んだが最後、親は子に振り回されっぱなしである。そんな生活の中で子どもに本気で腹を立てたり、うっとうしく感じたりする気持ちはもちろん理解できる。一度や二度手を上げてしまったとしても、それを厳しく糾弾できるほど私は立派な親ではない。
 しかし、恒常的な暴力やまして手にかけるような行為となれば話は別だ。どれほど手を焼かされても、親にとって子ども以上に大切な存在などない。
 主人公潤の母陽子はそうは思わなかったのだろうか。息子よりも加瀬という男が大事だったのか。加瀬は「愛してるって言ってくれた」からと言うが、潤はもっと純粋に見返りなど求めず、陽子を愛していたというのに。

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蛇にピアス
蛇にピアス
金原ひとみ (著)
【集英社文庫】
税込400円
2006年6月
ISBN-4087460487
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評価:★★★☆☆
 時代遅れの人間で(もちろん痛いのも嫌で)ピアスというものには無縁の生活を送っている。ましてスプリットタンなど!
 同じ著者の「アッシュベイビー」を読んだときに覚えた不快感は、この本ではさほど感じなかった。そのかわり容赦なく痛覚が刺激される。身体を傷つけることが快感だったり怒りが暴力に直結したりする感覚は理解するのが難しく、登場人物たちが刹那的な快楽の向こうに見ているのが深い絶望のような気がして気持ちが暗くなる。
 この小説で金原さんがデビューされたのは20歳かそこらの頃だろう。現在の私の半分くらいの歳だ。長く生きてもこういう世界に無縁な人間もいれば、若くてもさまざまな経験をする人もいる。どちらがいいとも悪いとも言えない。ま、幸福の形は人それぞれだからな、とひとり納得する。

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魂よ眠れ
魂よ眠れ
ジョージ・P・ペレケーノス (著)
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
税込1050円
2006年6月
ISBN-4151706607

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評価:★★★☆☆
 主人公デレク・ストレンジのナイスガイぶりを見よ。こんな殺伐とした話ででなく、ハリウッド映画によくある“荒れた学校を立て直すためにやってきた熱血教師”といった役回りか何かで活躍する彼をみたいものだ。
 日本も昔ほど治安がいいとは言えなくなってきたとはいえ、この本に書かれるような暴力や憎悪の連鎖とそれらを断ち切れずに次々と命を落としていく人々を目の当たりにすると、銃社会であるアメリカの暗い面を見せられた気がしてぞっとする。何でもかんでも社会や環境のせいにするのは好まないが、生まれながらに何のチャンスも与えられない人間もいるのだということを思い知らされる。  
でもストレンジは戦っている。堕ちていこうとしている人々に必死で手を貸そうとしている。それもまた、アメリカという国の明るい一面だ。

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冷血
冷血
トルーマン・カポーティ (著)
【新潮文庫】
税込940円
2006年7月
ISBN-4102095063


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評価:★★★★★
 再読である。私はトルーマン・カポーティという作家が好きで、「ミリアム」などの短編や「遠い声 遠い部屋」などの長編を読んだ後、この「冷血」にたどり着いた。「冷血」は一見、カポーティの他のどの作品とも異なっているように思われる(たとえが正しいかどうか自信がないが、村上春樹における「アンダーグラウンド」のような位置づけではないかと考えている)。
 初めて読んだとき、犯人であるペリーとディックの気持ちというものがまったくわからなかった。再読してみて(新訳により文章そのものはかなり読みやすくなっていると感じた)、やはり2人の心情には近づけたとは思えない。それでも初読から約15年、なんと多くの信じられないような犯罪が行われたことだろう。数えきれないほど多くの人間が自らの中に深い闇を抱えていることだけはわかるようになった。
 ラストは生きる者の希望を感じさせる印象的な場面で終わる。実は読み返すまでほとんど記憶に残っていなかったのだが、今回「ああ、これを最後に持ってきたカポーティすごいな」と思った。毛色は違えど、「冷血」はまぎれもなくカポーティの作品であった。

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