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水野 裕明

水野 裕明の<<書評>>

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超人計画 時計を忘れて森へいこう 天使はモップを持って 紀文大尽舞 夏休み 未読 死日記 蛇にピアス 魂よ眠れ 冷血

時計を忘れて森へいこう
時計を忘れて森へいこう
光原百合 (著)
【創元推理文庫】
税込780円
2006年6月
ISBN-4488432026
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評価:★☆☆☆☆
 女子高生がワトソン役をつとめ、森林レンジャーが探偵役をする、この作品もまた今月の課題図書「天使はモップを持って」と同じ殺人などが起こらない“日常の謎ミステリー”の1冊。「スローモーション」「蛇にピアス」と読んできて、この作品の語り手である女子高生の描かれ方を見ると、礼儀正しくて、感情豊かで、成績優秀。友人とは楽しく語らい、親とも毎日素直に接する。いやこんな高校生が悪いというのではないが、本当にこんな女の子今どきいるのだろうか?と思ってしまい、この三冊の同じ年代の主人公の落差にさらに驚いてしまう。後書きに「青臭いという批評をいただきました」とあったが、青臭いというよりこの人物造形・キャラクターは現実離れしすぎではないだろうか、というのが正直な感想であった。あまりに予定調和の世界ができ過ぎているよなぁ、と思って気づいた。この作品は言うなれば“日常の謎”ミステリー版ハーレクインロマンスなんだと。そう、これはロマンスなんだと思うと、読んでいて感じたこそばゆさも自分なりには納得できたのだが……。

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天使はモップを持って
天使はモップを持って
近藤史恵 (著)
【文春文庫】
税込690円
2006年6月
ISBN-4167716011

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評価:★★☆☆☆
 あるオフィスビルの清掃を担当する一風変わった女性が探偵役をつとめ、書類の不思議な紛失とか、綺麗に掃除されたはずのトイレが毎朝、黒い液体で汚されるという“日常の謎”を解決していく連作ミステリー短編集。殺人事件も起こるが、墜落死という事故とも事件とも考えられるようなもので、通常のおどろおどろしい殺人は起こらないので、血の苦手な人も安心な作品である。近藤史恵という作家は歌舞伎の世界を舞台にした人間の心の闇をしっとりねっとり、じんわり描くという印象を持っていたので、ちょっとこの軽さと読みやすさ、取っつきやすさに驚かされた。とは言え、読み進むほどにやっぱり普通の人の心の中にある闇(それは悪意や嫉妬、不満と言っただれもが持っているものなのだが……)を巧みに描き出している。残酷な殺人をテーマしているのではないだけに、かえって誰もがもっていそうな心の奥の闇が身近に思えてより恐ろしいとも感じた。典型的な日常の謎ミステリーの入門編としては読みやすく、お奨めではないだろうか。

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紀文大尽舞
紀文大尽舞
米村圭伍 (著)
【新潮文庫】
税込700円
2006年6月
ISBN-4101265364
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評価:★★★☆☆
 軽妙で洒脱、読みやすい語り口がなんとも快く、すらすらと読めてしまった。紀伊国屋文左衛門が実は紀伊徳川家の意を受けて将軍職を継ぐために工作するために江戸に来た、という途方もない話を、いかにも本当らしく語る。いわばちょっとスタイルの違う伝奇小説なのだが、なかなかに楽しく読める1冊だった。ただ黒幕がわかったと思ったその次の章ではではさらに裏で糸を引く人物がいる、というタマネギの皮を何度も何度も剥いていくような話の展開に途中でちょっとだれてしまうのが難点といえば難点だろうか。前回の課題図書である「魔岩伝説」といい、最近の時代小説はアイデアと語り口が斬新で、魅力的な感じを受けた。

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夏休み
夏休み
中村航 (著)
【河出文庫】
税込515円
2006年6月
ISBN-430940801X

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評価:★★☆☆☆
 出だしは心地よく、静かな語り口で今どきのカップルの日常がゆったりと展開されていく。語り手であるマモルは奥さんのユキ、その母親と同居している。仕事はマニュアルの翻訳ライターで、在宅勤務。奥さんは事務所勤務という生活スタイルからして、従来の家族像とはまったく違う構成。奥さんの母親はとても美味しいお茶を入れる人で、そういうささいで微妙なシーンの描写にシズル感というか、深い味わいがあって読んでいてすごく魅力的であった。何の変哲もない日常が綴られて(描写するというよりも、その静かな雰囲気は綴るという表現がぴったりな感じで、スタイルは新しいのに描き出される世界はちょっと古風)いくのだが、友人夫婦の夫が何の理由もなく家出をする事から話は急転していく。原因を話しあっているうちに、家出をした夫は戻ってくるが、今度は妻の方が出ていってしまい、決着をゲームでつけることになるのだが、このあたりから前半の静謐なイメージとギャップがあって、というか物語の統一性にかける気がして、最後は軽く流して読み終わらざるをえなかったのがちょっと残念だった。

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スローモーション
スローモーション
佐藤多佳子 (著)
【ピュアフル文庫】
税込567円
2006年6月
ISBN-4861763029
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評価:★★☆☆☆
 語り手である女子高生の日常や、けっこうワルなニイチャンとの関係などがいかにも現代風な語り口で描かれた中編作品。語り手の女子高生はどちらかというと普通の感じで、主役はニイチャンとその彼女になる周子という同級生で、特に際立つのがその周子のキャラクター。思いきりスローモーションな動きと性格が作品の中で異彩を放っている。というか、語り手の千佐だけが比較的普通で、ニイチャンと家族の関係性がけっこう興味深く、意外と不良と呼ばれる子どもを抱えた家庭ってこんな感じ、兄弟姉妹もこんな感じっていうふうに思えて、その部分だけでも読む価値ありであった。

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死日記
死日記
桂望実 (著)
【小学館文庫】
税込580円
2006年7月
ISBN-4094080937
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評価:★★★☆☆
 中学生の日記で始まるこの作品は、間にその母親の取り調べの様子が折り込まれて徐々に全体像が分かるような構成になっていて面白く、日記そのものも少年の毎日が貧しいながらも楽しげに生き生きと描かれ、友人や助けてくれる周囲の人の優しさ暖かさが伝わってきて、思わず引き込まれるように読み進めてしまった。が、それにも増して取り調べで徐々に明らかになっていく母親の行動との落差がより興味をかき立てた。そして驚きの結末!というか、残念ながら今や新聞の社会面やテレビのニュースでイヤというほど見聞きする真相があばかれる。ある意味ミステリーとしても読めるが、母親を取り調べる刑事の陰影ある性格や日記の書き手である中学生の素直さなど、キャラクターと生き方をじっくり読み込む方がもっとこの作品を楽しめるだろうと思えた。

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蛇にピアス
蛇にピアス
金原ひとみ (著)
【集英社文庫】
税込400円
2006年6月
ISBN-4087460487
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評価:★★☆☆☆
 作者が弱冠20歳ということや芥川賞受賞作品という文学賞的な興味よりも、どちらかというとスプリットタンはどのようにしてするのかとか、ピアスをするのはどういう気分?という興味というか、怖いもの見たさ的な感覚で読み始めたのだが、意外に読めた!といっても、ピアスの拡張に走るギャルや、スプリットタンという舌を蛇のようにカットしたり、タトゥーをした若者といった現代の風俗を切り取ってきたような世界に共感するとか、主人公である3人に好感を覚えるというのではなく、スプリットタンの方法やピアスの入れ方など、その世界を知らない人でもよくわかり、ストーリーもちょっとエロとグロが効いていてついつい読んでしまう、という感じでであった。ある意味、この作者は、この若さにしてオヤジや年寄りに読ませる術を心得ているのではないだろうか、というのは勘ぐりすぎだろうか……。

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冷血
冷血
トルーマン・カポーティ (著)
【新潮文庫】
税込940円
2006年7月
ISBN-4102095063


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評価:★★★★☆
 ドキュメントなのに物語としての面白さにあふれた作品。「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるが、まさにノンフィクションはフィクションよりも面白い(場合もある。作家によるが……)ということだろうか。たった数十ドルのために4人も殺害したペリーも、計画を立てたディックも、さらには殺害されたクラッター家の人々も、KBI捜査官のデューイも、もちろん実在の人物なのだから、リアリティがあって当然なのだが、そのリアリティがこの作品世界の中でしっかりと立ち上がってきている。読み物として生き生きと描かれているのが凄いと思う。そしてちょっと怖いなと感じたのは、裁判の際に精神科医が提出した「彼らにとって他人は暖かく感じるとか、肯定的に感じる(あるいは、腹を立てる)対象という意味では、ほとんど現実的な存在ではなかった……自分自身や被害者の運命に関しての感情がきわめて希薄だった」というレポートが現代の青少年の犯罪とオーバーラップして感じられことであった。

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