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女信長 アイの物語 アジア新聞屋台村 ツアー1989 てけれっつのぱ 145gの孤独 月が100回沈めば 風に舞いあがるビニールシート 秋の四重奏 元気なぼくらの元気なおもちゃ


女信長
女信長
佐藤賢一 (著)
【毎日新聞社】
定価1890円(税込)
2006年6月
ISBN-4620107026
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評価:★★★★★
 女性が不機嫌に「怒ってないもんっ」と怒っている時、言葉では怒っていないと言いながら、感情や口ぶりは確かに怒っている。どちらを優先させてもこじれるばかり。そんなよくあるご機嫌斜め状態の姫君が信長だったら。結果は、何やら壮大なラブストーリー。
 『王妃の離婚』も何だか好ましい読み終わり感だったが、佐藤賢一の信長=「女」大河ロマンはより楽しい。野望に満ちた信長は天下布武を目指し、同じ人物である「御長の方」は駄々をこねまくる。
 楽市楽座は「物が高いのは許せん」という自然な発想から。鉄砲は腕っぷしに左右されない武器だから。そんな「女だったら当然そう考えるだろう」説は、なるほど~に満ちて、もう私の中では信長=女に書き換えられてしまった。よく知っている歴史の顛末をこんな風に終わらせてくれてありがとう、とお礼を言いたいほど楽しい一冊。妻の御濃との友情もいい。
 読後感:大河ドラマ化希望!

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アジア新聞屋台村
アジア新聞屋台村
高野秀行 (著)
【集英社】 
定価1680円(税込)
2006年6月
ISBN-4087748146

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評価:★★★★☆
 アジア各国に関する新聞(日刊ではない)を日本で発行する小さな会社・エイジアン。この編集部で働くことになったライター・タカノ青年の物語。混沌としたアジアな人々の様子がとても愉快。屋台的にどんどん新規事業を立ち上げる女社長の劉さん。とてもパワフルでエネルギッシュで新聞も滅茶苦茶な作り方をする。マーケティングはしない、発行してみること自体がマーケティング(笑)。そして記事のネタ元がその国の雑誌記事やインターネット情報だったり。まあ、インスパイアというか。
 ニヤニヤしながら「ありえない~」と会社のエピソードを楽しみながら、いつしかロードムービー並に素敵な旅をした気分になる。ここに登場するカオスのように個性的な人々は【エイジアン的に】自立し、強いのだ。半年間の給料停止という危機的状況を脱して、タカノ青年が出した結論に、ふいに涙がこぼれた。『居場所は、自分で作るのだ』。のだ、って誰にも説明はしないのだが。
 読後感:ああ、良い旅をした気分

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ツアー1989
ツアー1989
中島京子 (著)
【集英社】
定価1680円(税込)
2006年5月
ISBN-408774812X
 

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評価:★★★★☆
 1989年に開催された香港旅行。そこに関わる旅行者、添乗者、旅行者から想われていた女、ノンフィクション・ライターとして旅のことを取材する青年、彼らを巡る連作短編。
 『迷子つきツアー』と呼ばれる香港旅行で迷子になった青年が出した手紙が鍵になる。ちょっとした謎解きの気分で読み進めながら、実はこの物語は「迷子つきツアー」というちょっとした喪失を内在した「旅」が必要とされた時代の気分を書いているのかなと思い当たる。旅の企画者が語る『迷子つきツアー』のもっとも重要なコンセプトは、『何かを置き去りにすること』だったのだ。それはバブルという経済状態、何かが終わる感慨と結びついている、とまとめられている。
 ITバブルの山の隙間である2006年に筆者がその気分を描き出したことにとても意味があるのではないだろうか。何かを始めることは何かを終えることでもある。潜在的に変わりつつある2006年の記念の書。
 読後感:作者の感性に感服するしかない。

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てけれっつのぱ
てけれっつのぱ
蜂谷涼 (著)
【柏艪社】
定価1890円(税込)
2006年6月
ISBN-4434076744

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評価:★★★☆☆
 切なくて寂しい、表題作『てけれっつのぱ』。御一新から少し後、俥曳(くるまひき)の稲妻の銀次は追われているような様子の異人の女を俥に乗せる。身振り手振りで「ライト、レフト」と道を指す女の言う通り俥を走らせるが、いつしか自宅の長屋へ連れ帰る羽目に。ロビンと名乗る女を匿う銀次に、長屋の女達は親切にロビンの世話を焼く。ちょっと野次馬根性の入った差配の女房・おシカ婆の噂話で「さる大名の頼みで、異国の女性をお匿い申し上げている」ということにされてしまう。
 居ついてしまったロビンに、北海道へ渡ろうとする銀次は身の上話を語る。一目惚れというよりも大切な感情のある女性を探しに渡ると。「てけれっつのぱ」はロビンが歌う歌の一節。ちょっと驚くどんでん返しとセットになっている。自分が決めた自分の身の程。人の想いや期待に応えようとその枠組みから一歩を踏み出せない、そんな男女が、少しだけ前へ向かおうとする。ガス灯で煙るような背景色に希望が仄かに見えて、少しだけホッとする。
 読後感:短いが折り重なるような濃い物語

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月が100回沈めば
月が100回沈めば
式田ティエン (著)
【宝島社】
定価1680円(税込)
2006年6月
ISBN-4087747956

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評価:★★★★☆
 式田ティエン氏の作品は初読なのだけど、一体どういう人なのか、ページをめくるほどに知りたくなる。
 高校生のコーは、サンプルという「普通の高校生」としてアンケートに答えるだけの暇なバイトをしている。サンプルとなった高校生同士は個人的に接触してはいけない決まりがある。しかし、密かに友人となった佐藤アッチが行方不明となり、コーは彼を探して渋谷の街を探偵に回る。渋谷の夜に活動する様々な人々と知り合う。
 そんな風に物語のベースはミステリー系。だけどページの大半はオモシロ会話なのだ。ベンチャー企業家飲み会トークといってもいいかもしれない。映画について、マーケティングについて、CRMや階級化が進む市場、銀行の1円未満端数を集めたらどうなるか。そして背景は家族の物語でもある。絞ってあればもっと感動したかもしれない。でも作者が繰り広げる登場人物の言葉を借りた雑談(失礼!)がとても贅沢だと思う。
 読後感:盛り沢山。最後に沁みるタイトルがいい。

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風に舞いあがるビニールシート
風に舞いあがるビニールシート
森絵都 (著)
【文藝春秋】 
定価1470円(税込)
2006年5月
ISBN-4163249206

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評価:★★★★★
 小さくてもずっしりとした物語が詰まった本。なんて色々なものが詰まっているのだろうと本を撫でたくなる。タイトルと同様に人生の波が打ち寄せて大きく小さく翻弄され、着地した場所で「さあ、生きていくぞ」と決意するような6編。
 『犬の散歩』。スナックでアルバイトを始めた恵利子がお金を稼ぐ理由は、犬の餌代のため。理由を明かせば保健所に収容された犬のほんの数匹を救うことなのだけど、そこに辿り着く経過が沁みるのだ。社会的な難題に向かい合うことは、自分の無力さと向かい合うことだと、ためらう主人公に訪れる『転機は、よくある一齣のような顔をして、ごくさりげなく恵利子の日常にもぐりこんだ』。ごく平凡な毎日と義父母との関係が少しだけ変化を見せるエピソードには、読み手の心まで駆り立たせる何かがある。きっと読むたびに沁みる部分が違うのだろうなと思う。
 読後感:自分の手に余る問題はもたらされない

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秋の四重奏
秋の四重奏
バーバラ・ピム (著)
【みすず書房】
定価2940円(税込)
2006年5月
ISBN-4622072165

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評価:★★★☆☆
 流れるような日々に、流される毎日も悪くない。変化を進んで起こすよりは、確実な毎日を淡々と送る喜びがある。
 物語は同じ職場で働く60代の4人が図書館に行く場面から始まる。でも何が起こる訳でもない。紅茶が濃すぎる。母の日が迫っていると話す。二階の部屋の鍵穴の調子が悪い。そんな風に小さなスケッチが続くだけ。
 エドウィン、ノーマン、レティとマーシャ。噛み合っているのか噛み合っていないんだか、絶妙な会話が続く。マーシャが死に(それも事件ではなく淡々と)火葬場に車で向う三人は「どのみち彼女はろくに口をききゃしないんだから、いつもの調子でしゃべりゃいいさ」と、またまた噛み合わない会話を繰り広げる。ツッコミではないけれどト書きのように会話に挟まる描写が絶妙で、火葬場に向っている場面なのに笑える。脱線してオムレツの話題になっていくあたりがツボ。食わず嫌いだともったいない。超大作エンターテイメント以外にこんな世界があるとはね。
 読後感:過剰な振幅がないユーモアって心地よい

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元気なぼくらの元気なおもちゃ
元気なぼくらの元気なおもちゃ
ウィル・セルフ (著)
【河出書房新社】
定価1995円(税込)
2006年5月
ISBN-4309621899

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評価:★★★☆☆
 ウィル・セルフを教えてくれてありがとう! 奇妙な味どころか『世界が裏返る感じ』と称されているそうだ。
 だって、解説に「たとえば『虫の園』はウィル・セルフが書いたとは思えないほどちゃんと意味の分かる作品だし」ってあるんです。ってそれは。
 訳者の愛に満ちた解説に負けず、訳の分からなさ加減満載の短編集から『愛情と共感』。かなりスパイシー。人が自分自身を守るために「内なる子供」を肥大化させる時代。その子供は3~4メートルに成長していて、エモートという名称で連れ歩かれている。エモートは繊細な大人を慰めてくれ、守ってくれ、世話を焼いてくれる。そして深夜、大人が眠った後のエモート同士の会話といったら、さばけていること。これを美しいアニメで見たいと思う。そう、なぜかアニメの中で動き出す場面を想像してしまう。脳内に「裏返る」ルートが1個出来てしまう。
読後感:面白いと思っていいのだろか……

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