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秋の四重奏
秋の四重奏
バーバラ・ピム (著)
【みすず書房】
定価2940円(税込)
2006年5月
ISBN-4622072165

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  清水 裕美子
 
評価:★★★☆☆
 流れるような日々に、流される毎日も悪くない。変化を進んで起こすよりは、確実な毎日を淡々と送る喜びがある。
 物語は同じ職場で働く60代の4人が図書館に行く場面から始まる。でも何が起こる訳でもない。紅茶が濃すぎる。母の日が迫っていると話す。二階の部屋の鍵穴の調子が悪い。そんな風に小さなスケッチが続くだけ。
 エドウィン、ノーマン、レティとマーシャ。噛み合っているのか噛み合っていないんだか、絶妙な会話が続く。マーシャが死に(それも事件ではなく淡々と)火葬場に車で向う三人は「どのみち彼女はろくに口をききゃしないんだから、いつもの調子でしゃべりゃいいさ」と、またまた噛み合わない会話を繰り広げる。ツッコミではないけれどト書きのように会話に挟まる描写が絶妙で、火葬場に向っている場面なのに笑える。脱線してオムレツの話題になっていくあたりがツボ。食わず嫌いだともったいない。超大作エンターテイメント以外にこんな世界があるとはね。
 読後感:過剰な振幅がないユーモアって心地よい

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  島田 美里
 
評価:★★★★☆
 人生の秋を描いたこの小説を読むと、短調の弦楽合奏が聞こえてきて、マロニエの枯葉をさくさく踏む景色が見えてくるような、もの悲しい気分になる。
 舞台はロンドン。同じ職場で、定年を間近にひかえた60代の男2人、女2人の4人組は、みんな独り身である。全く興味がない訳じゃないのに、お互いのプライベートには首をつっこまないという微妙な関係が物珍しかった。そして、男女の気質が日本とは逆のようなところも不思議だった。日本では、どちらかというと、企業戦士として必死で働いてきた男性が定年後に燃え尽き、おばちゃんは年齢を増すごとにパワーアップすることが多い。ところが、この物語では、男性はどこか超然としていて、女性の方がセンチメンタルだったりするのだ。美男子の主治医に恋をしたり、友人の婚約をうらやんだりと、愛を得ることなく老いてしまうことへの悔しさみたいなものを感じた。
 彼女たちに、もっと自分の老いを笑い飛ばしてしまえるような、図太さがあればいいのになあと思った。綾小路きみまろの漫談をぜひ聞かせたい。

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  松本 かおり
 
評価:★★★★★
 ロンドンに暮らす60代の独身男女4人の暮らしと心のありようが、淡々と綴られているのがいい。彼らは、老いを拒絶し若作りに精を出すような見苦しいことはしない。年齢相応の分別と立場をわきまえた心遣いによって互いに適度な距離を維持し、独り身ゆえの孤独感ともそれなりに折り合いをつけている。
 しかし同時に、彼らを見据える著者の目は、相当にシビアだ。4人のなかのお荷物・異端者的存在・マーシャの扱いにそれを感じる。自分らしくあろうとすればするほど同僚からも変人扱いされ、誤解され、近隣からも浮き上がっていた彼女を援護するどころかついに自宅で倒れさせ、最初に「四重奏」団から外すのだ。ダサくてヘタクソな楽団員は解雇よ、とばかりに。当然のように「四重奏」団には新メンバーが加わる。しかも皆、以前より楽しげな気配さえある。人間の命の尊さをいくら強調したところで、実際には死んでもたいして悲しまれないひとがいるものだ。目障りな存在が消え、残された者が安堵の目配せを交わすような死は確かにある。マーシャの救いのなさ、これこそ現実の一面だろう。  
 時間は過ぎ、ひとは老いてなお人生の紆余曲折と向き合う。そして死ぬ者は死に、生きる者は生きる。あたり前のことをあたり前のこととして描いた<大人の物語>だ。

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  佐久間 素子
 
評価:★★★☆☆
 イギリスでの出版は1977年。同じ職場で働く、定年間近の男女が四人。全員がひとりぐらしで、窓際業務に甘んじ、代わり映えのしない毎日を送っている。代わり映えのしない、というのは語弊があって、それなりに物事はおきているのだけれど、表立って騒がないからドラマには発展しない。賢明というよりは、習性で作り上げられる「穏やかな」日々。四人の誰かに肩入れするでもない、著者のつきはなした視線は、意地悪でもあり、優しくもあって、地味きわまりない小説だが、意外にもスリリングなのだ。
 変人度の最も高いマーシャの老いゆくさまは、冷静に考えるとひどく痛々しいものであるはずなのに、哀れみはきっぱり拒まれる。缶詰をためこみ、食べ物を極端に制限し、被害妄想におちいり、恋した医者をストーキングする。滑稽で醜いその姿は、でも、決して不幸というフィルターを通されていない。他人事だという気もちと心配の間をいったりきたりする3人と同様、ぎょっとしつつも受け入れてしまうのだ。誰もが美しく老いるわけではないし、その必要もないのよね、と妙に新鮮な驚きを感じる。

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  延命 ゆり子
 
評価:★★★☆☆
 これは老人版の『フレンズ』(アメリカのドラマ)だ。定年を控えた同じ会社の同僚の男女4人。どこか他人事だった老いの現実が自らに降りかかってくるときに起こる悲喜劇を、ときに面白く、ときにホロリと描き出す。
 大して会社でも必要とされておらず、定年後はすることもなく図書館に行ってみたり、忙しいフリをしてみたり。老人ホームに入りたくないがために新しい下宿先を探したり、骨折しやしないかと転倒をビクビク怖がってみたり、おせっかいなソーシャルワーカーに辟易してみたり。
 確かにユーモア。ちょっぴりブラック。だけど少し退屈。あまりにも平凡。何十年か後に私もこうなるかもしれない、とは思うけれどまだまだ今の私には対岸の火事。もう少し年を取ってから読めばまた違った感想になるのだろうけれど。その哀愁を身につけるまでにはもう少し時間がかかりそうでした。

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  新冨 麻衣子
 
評価:★★★★★
 舞台はロンドン、なんだかやたらヒマそうな部署で4人の定年間際の男女が働いている。その4人……レティ、マーシャ、ノーマン、エドウィンはみな一人暮らしで孤独な生活を送っている。先に定年となったレティはみるみる老い、マーシャはなんとか新たな人生に馴染もうとしていた。お互い気にはなるが、なかなか会うことのない4人……。
 とくに何が起こるわけでもない。4人4様の「老い」と「孤独」がありのままに描かれる。この作品で描かれる、未婚もしくは死別によって家族のいない老人たちの生活というのは、その人間関係においてとても現代的。長年ともに働いてきた同僚でも、退職すれば会うこともなくなり、お互いの境遇は知っているからこそ気にはなるが、ちょっとした親切心が相手の迷惑となることも考慮したりして。おせっかいな他人にイライラしたり、友人を妬んだり、遠慮したり、逆にかまいたくなったり、小さな恋心が芽生えたりして、飽きもせず繰り返しやってくる感情の揺れは人生が続く限りずっと。年をとれば人間丸くなるなんてこともなく、意固地さは増したりして。
 物語に刻まれる静かな時の流れは、ときにユーモラスで、ときに残酷なほどにストレート。でも何故か心地いい、不思議な読後感だった。

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  細野 淳
 
評価:★★★☆☆
 漠然とした不安や物悲しさ。そんなものを胸に抱きつつも、ひっそりと日常の世界を行き続けている登場人物たち。読んでいて、ものすごく感動したり、大笑いしたりするようなことは無いのだけれども、胸の奥からそっと何かが湧き上がってくるような感じがする小説だ。
 作中の登場人物に対して、軽蔑したり見下したりするのは、この作品においては意味の無いことなのだろうと思う。多分、老若男女に関わらず、どのような人でも、心の奥底では少なからず共感しあえるようなことがあるのだろうし。
 定年を迎え、人生を十分に楽しんだような風ではなく、どこと無く満足し切れていない、人生を全うした思いを抱くことのできない、独身で一人暮らしの登場人物たち。そんな人間の姿もまた、味があるものなのではないか。

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