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勝手に目利き
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ツアー1989
ツアー1989
中島京子 (著)
【集英社】
定価1680円(税込)
2006年5月
ISBN-408774812X
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  清水 裕美子
 
評価:★★★★☆
 1989年に開催された香港旅行。そこに関わる旅行者、添乗者、旅行者から想われていた女、ノンフィクション・ライターとして旅のことを取材する青年、彼らを巡る連作短編。
 『迷子つきツアー』と呼ばれる香港旅行で迷子になった青年が出した手紙が鍵になる。ちょっとした謎解きの気分で読み進めながら、実はこの物語は「迷子つきツアー」というちょっとした喪失を内在した「旅」が必要とされた時代の気分を書いているのかなと思い当たる。旅の企画者が語る『迷子つきツアー』のもっとも重要なコンセプトは、『何かを置き去りにすること』だったのだ。それはバブルという経済状態、何かが終わる感慨と結びついている、とまとめられている。
 ITバブルの山の隙間である2006年に筆者がその気分を描き出したことにとても意味があるのではないだろうか。何かを始めることは何かを終えることでもある。潜在的に変わりつつある2006年の記念の書。
 読後感:作者の感性に感服するしかない。

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  島田 美里
 
評価:★★★★☆
 以前、旅先で忘れ物をしたことがある。帰宅後にすぐ気がついて、宿泊先などに問い合わせたが、まるで忽然と消えたみたいに、どこからも見つからなかった。それから10年以上も経っているが、いまだになんとなく気になる。その時のもやもやとした欠落感を、ふと思い出した。
 1989年に企画された、香港行き「迷子付きツアー」をめぐる物語である。何かを忘れてきた気持ちを演出するために、わざと人を迷子にさせるなんて冗談みたいな発想が面白い。ツアー中に、影の薄い男子大学生がなぜ姿を消したのかという謎の引っ張り方もうまかった。15年ぶりに消えた学生から、ある女性のもとに届いた手紙といい、15年前のツアーに参加した失業中の男性の述懐といい、すごく思わせぶりな予告編みたいなのである。
 うっとりする話ではないのだけど、読んでいるうちに、旅人が何だか風船みたいに思えてきた。風船と帰る場所をつなぐ1本の糸を切ったらどうなるのだろう? もし自分が旅人で、現実との間の糸を切ったなら?と、思わず想像してしまう。

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  松本 かおり
 
評価:★★☆☆☆
 全体につかみどころのない曖昧模糊とした物語。読後感、モヤモヤ〜、不完全燃焼気味。15年前に香港で「迷子」になったらしい青年を、乏しい情報を頼りに探索。その過程に、直接的・間接的に男女4人が交錯するが、4人それぞれに思惑があるようにも見え、深読みしようと思えばいくらでもできそう。4人全員が、自分の記憶の一部ないし全部を捏造、歪曲、隠蔽しているのでは、と疑い始めればキリがない。
 実はコレ、ある「男」が「俺の物語」として仕掛けたんですよ、というなら、そのスケールと緻密さに文句なしの驚愕、なのだが。15年前、香港、パックツアー、ボンヤリボーヤ、一通の手紙、ネットの書き込み。場所、年月、人物、行為、一見偶然に見えることさえもすべて計算済み事項だとしたら……。何もかも「男」の戦略だったら……。ずっと騙されてたってわけ?! クッソー、ヤラレタ!なんて、歯ぎしりしてみたい。

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  佐久間 素子
 
評価:★★★☆☆
 1989年の香港ツアーで、いつのまにかいなくなった青年をめぐる4つの物語。青年が片思いをしていた女性、ツアーに参加した男性、ツアーの添乗員、ツアーのことを調べるノンフィクションライター。ツアーには仕掛人すら存在するのに、結局、15年前の真相は混沌としたままだ。ただ、『薮の中』的な世界を想像していると、軽く裏切られるわけで、ここで何度も奏でられるのは、無自覚に「なにかを置き去りにすること」への奇妙な感覚だ。ほんとうに何も思い出せない。なにかを思い出さなくてはならない。盗まれた記憶を取り返したい。もやもやぐるぐるとしたこの居心地の悪さが、こちらにも伝染して、未体験の読後感。どこからともなく立ちのぼる、虚無や官能や甘美のかおりの、濃度の高さに窒息しそうだ。ぼやけた頭でいくら考えても、記憶のしくみはわからない。
 個人的には、解決編というべき四番目のエピソードの評価に悩むところ。吉田超人、解釈しすぎでは。まあ、これがなかったら、読み終わったあと、本当に途方にくれてしまいそうなのだけれど。

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  延命 ゆり子
 
評価:★★★★☆
 「人間の豚」(もしくは達磨)という都市伝説を思い出したがご存知だろうか。若い日本人女性がタイで行方不明になり、心配した両親が探しに行くと見世物小屋を案内される。そこには「人間の豚」という看板が立っていて、両腕両足を切り取られ豚のように転がって「たすけて」とつぶやく自分達の娘がいた……という薄気味悪い噂話だ。くだらないがしみじみと怖い。
 この小説は「迷子つきツアー」なる不可思議なツアーにまつわる4人の物語だ。そのパッケージツアーには「迷子」と呼ばれる客が紛れている。その役割は現地で迷子になること。そしてツアー参加者には不思議な体験をしたという記憶だけが残るというもの。それは旅行会社が企画したものなのか、実際に迷子になった男性はどうなったのか。香港やタイの雑多な雰囲気の中、人々の記憶も曖昧、どこに話が着地するのかが見えず非常に気持ちが悪いのだが、最後まで話を聞きたい気持ちを抑えられない。都市伝説を追いかけるような変わった小説。一気読みでした。

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  新冨 麻衣子
 
評価:★★★★☆
 専業主婦の凪子がある日、不思議な手紙を受け取ったことから物語は始まる。15年後に届いた恋文。旅日記のような長い手紙にはたしかに、差出人の凪子への淡い恋心が感じられる。ただ、凪子はまったくその差出人について覚えがなかったのだ……。15年前の香港、たったの4日間、行方不明の青年。いつしか消え入りそうな記憶を追う、4人の物語。
 記憶は時が経てば経つほどに、主観的なものになる。そして<忘れない>記憶の取捨選択は、自分のコントロールの外にある。まぁ簡単にいえば<大事なこと>と<どうでもいいこと>の二つにおおざっぱに分けられるけど。でも<大事なこと>と<どうでもいいこと>は人生の中でどんどん入れ替わって、だからこんなにも不安定なのか。
 <消えた青年>は手紙の中で、『忘れずにいるべきことは何か』ということを『思い出せるかもしれない』、と書いている。矛盾しているようだけどでも、わたしたちはいつも<忘れずにいるべきこと>を忘れて生きてる。そして時折、何かのきっかけによってそれを思い出す、という幸運によって毎日を生き抜いてると思うのだ。嫌な想い出だけはなかなか消えないのにね。やっぱり記憶は、コントロールできない。

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  細野 淳
 
評価:★★★☆☆
 とある旅行会社がかつて行っていた、「迷子つきツアー」という企画を巡る話。ツアーで海外旅行に参加し、帰るときになると、一人だけ人数が足りていない、というものだ。決まって存在感が薄い人物がいなくなり、それで何事も無かったかのようにツアーは終了するというもの。異国の地の非日常的なミステリアスな雰囲気と、謎の失踪。団体行動は苦手な自分であるのだけれども、こんなツアーなら参加してみたいし、できれば消える立場にもなってみたい。
 前半の三つの短編は、ツアーに参加し、無事に帰ってきた人々の立場からの話。そして後半は、ツアーで消える立場になった人のその後を追った話だ。とはいえ、そのツアーは十五年も前に行われたものだから、各々の立場の人たちの記憶は不確か。本のオビに書いてある通りに、「記憶はときどき嘘をつく」のだ。読んでいると、まるでキツネにつままれた気分。過去と今、夢と現実が交差するような感覚を味わうことができる。

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