年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年12月の課題図書

眼を開く―私立探偵アルバート・サムスン
眼を開く―私立探偵アルバート・サムスン
マイクル・Z. リューイン(著)
【早川書房】
定価1365円(税込)
2006年10月
ISBN-4150017921
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

  川畑 詩子
 
評価:★★★
 ウィットに富んだというのでしょうか、ストレートに問いかけたり返事をしないやりとり。どうもそれが私には理解できないので、繰り広げられる会話や、調査の時の質疑応答やらがピンとこないのです。
 心に響いたのは、一連の事件の後ろにある秘密組織。今のアメリカの風潮に対する作者の思いが透けているかと。あと、失意の底にいる人は平気にふるまっているつもりでも親しい人にはばれているということ。そして、本人はそんな精神状態に気付かない上に、周りのことも見えていないということ。
 長い失意の時代が終わって、ようやく再出発できたサムスン。覚醒したサムスンの今後はどうなるのか? ラストに至っても事件はほとんど解決しておらず、問題の根深さや黒幕が分かった段階。私的には、この心優しい探偵にはずっと活動してほしいと思う。

▲TOPへ戻る


  神田 宏
 
評価:★★★★★
 ミステリに疎い。「眼を開く」って目撃者かしらん? はたまた覗きの類のサイコパスかな?って気持ちで読み始めた自分を反省! 心の「眼を開く」ってことだったのね。インディアナポリスの私立探偵アルバート・サムスンに探偵の免許が返ってくることから、ストーリーは始まる。母のポジーの食堂の2階に間借りしていたサムスンは早速、嬉々として探偵業を再開するが、最初の依頼は、免許を没収した(この辺は前作に書かれているのかな)旧友ジェリー・ミラー警部の身辺調査だった。かつて、旧友から受けた免許没収という「裏切り」と友情の間で悩むサムスン。というのもミラーが汚職にかかわっているのでないかという依頼だったからだ。このことを軸に、ポジーが関わる街の「自警団」、娘のサム、恋人のメアリーを絡めてサムスンの周りがにぎやかになってゆく。「自分ひとりの世界に閉じこもり、ほかのことには眼をむけず、何も気づかなかったのだろうか?」と自問するサムスンが、心の「眼を開」いた後に見える世界とは?「脅しという手段を使うことが許されることが、あってはならない。特に、弱者、貧しいもの、老いたものに対しては」。「わたしは、人々がかかえる問題について調査する。そしてそれを解決するのに手を貸す。私は人々を助ける......」そう語るサムスン。ユーモアとちょっとハードボイルドっぽい会話で進められる、まっとうな市民の生き方。このあたりが、シリーズの邦訳を待ち続けたファンをひきつけるのだろうなぁと納得。

▲TOPへ戻る


  小室 まどか
 
評価:★★★★
 前作から13年の時を経て復活した、私立探偵アルバート・サムスンのシリーズ最新作! このサムスン、私は初見だが、読者に相当愛されてきたキャラクターのようだ。それもそのはずの人間臭さ。本作でも、冒頭から飲んだくれたり、娘にガールフレンドの心配をされたり、調査に出かけた教会で不審者と間違われたり……と、全く冴えない。調査活動もあくまで地味。しかし、不本意な暮らしに腐って塞がっていた眼が、天職への復活により次第に周囲に向き始めるや、ブツクサ言いながらも、つれない態度の親友をしつこく心配し、家族の幸せを願い……人としての誠実さ、あたたかみに一本貫かれた性格に、心掴まれてしまう。
 証拠を積み上げて犯人を追い詰めるというより、セレンディピティによって複数の事件がつながっていくようなプロットと、意外と言えば意外だがちょっと釈然としない結末は、やや物足らない気もするが、登場人物たちのスパイスの効いたやりとりにニヤついたり、じっくり愉しみたい作品である。

▲TOPへ戻る


  磯部 智子
 
評価:★★★★
 13年ぶりの私立探偵サムスンシリーズだそう。初めて読む私は、彼らの過去の出来事、現在の関係にいたる歴史を知らないまま、ゆっくり感触を確かめながら読み進む。登場人物たちがウィットに富む会話(唇からナイフ)を交わし、アメリカのミステリでハードボイルドを読む実感を味わう。それは徹底的にギャラリーを意識した行為であると同時に、現実の厳しさを和らげ婉曲的に意思を伝え、また焦点をずらす事で新たな視点へと導く。サムスンが探偵免許を取り戻しての初仕事は、幼なじみで親友のミラー警部の身辺調査。折も折、彼の周辺では地域社会を揺るがす破壊行為が相次ぐ。いくつかの事件が並行して起こり、解決に向うサムスンの心情にも大きな変化が生じていく。サイコキラーも登場せず、ジェットコースターにも乗らず、アメリカがずっと内包する問題や自分の周辺に『眼を開く』こと、考える時間が十分与えられるミステリもまた良いものだと思う。この作品のように人を見ているつもりで、実は鏡を見ていた気分にさせられる場合は特にだが。サムスンの変化の原動力になった女性たちがあらゆる意味で強く、その生きる姿勢が心に残る

▲TOPへ戻る


  林 あゆ美
 
評価:★★★★
 自分のポリシーを貫くため、結果的に探偵免許を長く失ったアルバート・サムスン。生活の基盤がなくなり、パートナーも去っていった落ちぶれた元探偵の「元」がようやくとれる時がきた。仕事の情熱がふつふつとよみがえり、復帰後初の仕事が入る。それは一筋縄でいかないことが最初からわかっている依頼だった。
 アルバート・サムスンシリーズ最新作にて、私にはお初の作品。仕事を失ってやけになり、アルコールに耽溺したり、お金がないので看板も壊れたままにしたりなど、地味で等身大の人間である探偵、私にはなかなか好みです。登場人物それぞれの人間性がよく出ていて、読みすすめるごとにどんどん知人のひとりになったかのように思えてくる。地域における小さなトラブル、対処するために組織された自警団、サムスン復帰のための仕事がこれらとつながっていき大きなうねりを起こす後半は読みごたえたっぷり。それでいて派手ではなく、しみじみ残る余韻が心地よい。

▲TOPへ戻る



WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年12月の課題図書