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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年12月のランキング

磯部 智子の<<書評>>
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SPEEDBOY! ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 ナイチンゲールの沈黙 竜巻ガール こいわらい 雷の季節の終わりに ワーホリ任侠伝 東京公園 眼を開く―私立探偵アルバート・サムスン コレラの時代の愛


SPEEDBOY!
SPEEDBOY!
舞城 王太郎(著)
【講談社】
定価1260円(税込)
2006年11月
ISBN-4062836033
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評価:★★★
 走る! 走る! 成雄は走る! 疾走感に翻弄されて、何かがどこかをチクリと刺すが掴みきれないまま読み終える。成雄の鬣がはえた背中を見送り取り残される。ここはいったい何処なんだ?最初、長編だと思って読んでいたらどうも繋がらない。時系列を混乱させた7編の連作短編かと考えても齟齬が生じる。全てに成雄が登場し楠夏など登場人物もかぶりながら、7つの別の世界を生きている……のか? 最初の成雄は100mが7秒を切る。音速を超えて走り出す。壁を破り「限界」を超える。「人の意識は自分の体にブレーキをかける」から逆に「できると思えばできるようになる」 自分だけを信じて突き抜けないといけないという一方で、一回喧嘩するとすぐ人のことを諦める成雄や、目的の為ならあらゆる人やものを踏みつける成雄を批判したりもする。白玉を追いかける人間と石を積んでいく人間、世界を見限ることと世界から見捨てられることは全く違うのか? 7編目の「世界の双子のように複雑化」する自分と他人を受け入れることで、一つの答えが走り抜けて行った……ような気がした。

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ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉
ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉
飛 浩隆(著)
【早川書房】
定価1680円(税込)
2006年10月
ISBN-4152087676
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評価:★★★★★
 前作『グラン・ヴァカンス』は謎だらけだった。視界に収まり切らないほどの大きさの甘美な地獄絵図は、ひいて全体を見ようとすると細部が解らなくなった。『ラギッド・ガール』では、その細部のいくつかが鮮明になる。そこで確認したものの中から、現実的な質感を選び出し全体像に嵌め込むと、いくらか見えてきたものと依然として掴みきれない謎として残るものがある。AI=人工知能たちが住む仮想リゾートに、人間がゲストとして訪れなくなって1000年、取り残されたAIたちが同じ夏の一日を繰り返す中〈蜘蛛〉の大群が突然襲い掛かる。その「グラン・ヴァカンス」の成り立ち、突然人間の訪問が途絶えた理由、〈蜘蛛〉の正体などが、「情報的似姿」「硝視体」という言葉と共に少しずつ解ってくる。5編の短編は、肉体と意識への揺すぶりをかけ、人間の残酷さを描きながら、ひたすら美であることを忘れない。苦しみ続けるAIに感情移入し、彼らに映し出された人間の姿に愕然としながら物語の広がりに目を奪われているうち、私の内面が深くえぐられ、グラン・ヴァカンスがしっかりと根付いている事に気付く。仮想からの逆襲であり乗っ取り、脳内万能感に対する非常に危険で魅力的な反論として読んだが、読み返すともっと多くの発見があるように思える。

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ナイチンゲールの沈黙
ナイチンゲールの沈黙
海堂 尊 (著)
【宝島社】 
定価1680円(税込)
2006年10月
ISBN-4796654755
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評価:★★★
 大学病院、厚生労働省、警察庁、権力の三竦み……ならぬ面白すぎる構図。デビュー作にしてこのミス大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』から田口、白鳥が、加納を引き連れて帰ってきた。なんと素早いことか。前作の大きな特徴であり長所は健在で、人間関係ではなく人間そのものに力点を置いた上での人間同士の軋轢が、それは痛快な丁々発止の舌戦として描かれる。作家は現役の医師らしく今回も病院が舞台で、網膜芽腫で眼球を摘出される子供達のメンタルサポートを、不定愁訴外来・田口が依頼されるところから物語は動き出す。子供の親の一人が殺害されその捜査を骨子にして、伝説の歌姫、看護婦の小夜など病院内の人間模様が自由に様々な枝葉を伸ばし、その脱線こそが作品のもつ大きな魅力になっている。相変わらず面白いが、今回人物が多過ぎた為か、消化されないまま焦点がぼやけ、白鳥のデフォルメされ過ぎも気になった。又途中からミステリがどこかに飛び越えていったような流れになりあっけにとられたが、次回作に期待をつなぐことにする。

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竜巻ガール
竜巻ガール
垣谷 美雨(著)
【双葉社】
定価1680円(税込)
2006年10月
ISBN-4575235628
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評価:★★★★
 遅咲きの新人作家が描く人間模様は、人肌の温もりと人生のほろ苦さがあった。4編から成る短編集の中には、美しく生まれながら自ら男に消費される人生に飛び込んでいく母娘の話、「インチキ商売」の父とその山師気質に愛想をつかした母に一癖ある後妻の話、35歳のOLが川で溺れる不倫相手を置き去りにした顛末など、どこか滑稽で逞しく懲りない人々が描かれている。何れも面白かったが、特に印象的だったのが最後の『霧中ワイフ』、中国語で書かれた手紙がぎっしりつまった菓子箱と写真を見つけたことから、ひとまわり年下の「誠実を絵に描いたような男」である中国人の夫・黄河に対して突然湧き上がる疑念。極貧の農村出身で、弟に仕送りして……「夫のことをどれだけ知っている」のか解らなくなり、「お人よし」の主観で捉えてきた事を全て別の視点で見直していく切なさ。心の揺れをそれはきめ細かに描写し、もう仕方がないと諦めかけたところで、予想を裏切りこれしかないと思えるほどの結末にたどり着く。どの作品も絶妙なオチが付いており、作家の人間観察の奥行きと、折り合いをつけるべき臨界点を知る包容力のある視点につくづく感心した。

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こいわらい
こいわらい
松宮 宏(著)
【マガジンハウス】
定価1575円(税込)
2006年10月
ISBN-4838717199
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評価:★★
 何かのパロディか?とも思うが時代小説にあまりに疎く、そのままストレートに読む。ツッコミどころ満載だが、この作品もまた勢いがあり一気に読むことが出来た。大手門から玄関まで百メートル近くある西陣のお屋敷に生まれたメグルの運命が、急転直下したのは19歳の春。両親の事故死とメグル自身の小脳失調と借金。そこから5歳の弟と長屋に住みながら女剣士となり、帯の「プラダのリュックに一本の棒、それが秘剣こいわらい」へと続いていく……メグルを用心棒に雇う「京都宮内庁の会長」は岡山出身だが誰よりも京都弁を使い(ありがち)御茶屋の女将は謎めいて(更にありがち)賀茂大橋の下には剣術修行する男がいて(ないない)高校時代ぐれた男はフリーターならぬ板場修行に入り(地場産業で更生)連日のヤーサン(ヤクザのこと、関西では何かと「ちゃん」や「さん」をつける。飴ちゃん、ウンコさん……)との抗争のなか腕をあげるメグルの運命と絡み合って一気に突き進む。作家の親切な「あとがき」でテーマも分かった。素材としての京都をまといながらも、最後のオチは極めて大阪的……非常にベタだが「お約束」がカチッとはまる。チャンチャン

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雷の季節の終わりに
雷の季節の終わりに
恒川 光太郎(著)
【角川書店】 
定価1575円(税込)
2006年11月
ISBN-4048737414

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評価:★★★★
 しごく当たり前のことのように異世界が語られる。デビュー作『夜市』でもそうだったが抵抗無くすっとその世界へ連れて行かれる。そしてまた同じように目の前の知っていたはずの誰かが何者なのかわからなくなってしまう。「現世から隠れて存在する」異世界「穏」で暮らす少年・賢也。彼には、雷の季節に姉が行方不明になって以来、妖怪「風わいわい」が憑いている。その賢也が図らずも探り当てたある秘密の為、風わいわいと共に「穏」を出奔し追手に追跡されることになる。前半、賢也の視点で語られる「穏」の風景が非常に幻想的でかつ確かな存在感を持ち、後半は語り手が変わり物語は広がりをみせる。どう展開するのかと期待したが、複数の伏線が縒り合わされて迎える終息はいささか強引に感じた。それでもあちらとこちらを易々と境界越えする貴重な作家による新作は、充分読み応えがあり、現世と異世界が背反したり混じりあったりするその世界に魅了されてしまう。それにしても一体人間は、何から逃げて、何処で「変質」し、そしてこれから何処へと向うのだろうか……そんなことをふと思ってしまった。

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ワーホリ任侠伝
ワーホリ任侠伝
ヴァシィ 章絵(著)
【講談社】
定価1470円(税込)
2006年10月
ISBN-4062136821
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評価:★
 確かに勢いだけで読めた。過去をなぞったような乱暴な輪郭線のストーリーに、現代がところどころ着色されたチグハグな印象の物語。昼は腰掛けOLで夜はキャバ嬢……かつてたまに見かけた光景だが今でもこんなことあるの? おまけに顔はパリス・ヒルトン似で、好きになった男はその筋で、デリヘルでワーホリ…………バブリーな懐かしい匂いにノワールな味付け、とにかくエピソードがぎゅうぎゅう詰めで、今は真人間の「わたし」の外道時代としてこんな話を聞いたら、根掘り葉掘りと熱心に聞くかもしれないが、小説としてならどう読めばよいのか。小説現代長編新人賞受賞作で、帯にある選評の数々「衝撃、そして絶賛!」を読んでも助けにはならず、なぜ毎日がお祭りだった「あの頃」の記憶を、現代に塗り直してまで、いま小説として再生されることが一体誰にとって必要なのかと首をひねった。

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東京公園
東京公園
小路 幸也(著)
【新潮社】 
定価1470円(税込)
2006年10月
ISBN-4104718025
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評価:★★
 どこまでも同じトーンで描かれた水彩画のようで、反対色の入らないそれはどこか薄ぼんやりとして夢から覚める前のおとぎ話の危うさがある。物語はカメラマン志望の大学生・圭司が、偶然知り合った男性から、妻を尾行して写真を取ってほしいと頼まれるところから始動する。育った環境も年齢も違う妻に対する夫の疑念と、23歳で2歳の子を持つ妻の「公園巡り」をカメラで追う圭司の中に生まれた感情。不自然な始まりを読み手に自然と受け入れさせるミステリのような展開は、反論を金縛りにするような優しい結末へと導く。未だ人生の「途中」にある圭司とその周辺の人々は、良いカットが撮れたなあ、と思う写真の中にいるようで、ファインダーの外にあって排除したものは何だろうか、この楽園=東京公園には蛇はいないのか、それともその存在に未だ気付いていないだけなのかと考えた。映画『フォロー・ミー』へのオマージュとして書かれたらしいが、少なくとも劇場で見た記憶が私には無く比較する事が出来なかった。

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眼を開く―私立探偵アルバート・サムスン
眼を開く―私立探偵アルバート・サムスン
マイクル・Z. リューイン(著)
【早川書房】
定価1365円(税込)
2006年10月
ISBN-4150017921
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評価:★★★★
 13年ぶりの私立探偵サムスンシリーズだそう。初めて読む私は、彼らの過去の出来事、現在の関係にいたる歴史を知らないまま、ゆっくり感触を確かめながら読み進む。登場人物たちがウィットに富む会話(唇からナイフ)を交わし、アメリカのミステリでハードボイルドを読む実感を味わう。それは徹底的にギャラリーを意識した行為であると同時に、現実の厳しさを和らげ婉曲的に意思を伝え、また焦点をずらす事で新たな視点へと導く。サムスンが探偵免許を取り戻しての初仕事は、幼なじみで親友のミラー警部の身辺調査。折も折、彼の周辺では地域社会を揺るがす破壊行為が相次ぐ。いくつかの事件が並行して起こり、解決に向うサムスンの心情にも大きな変化が生じていく。サイコキラーも登場せず、ジェットコースターにも乗らず、アメリカがずっと内包する問題や自分の周辺に『眼を開く』こと、考える時間が十分与えられるミステリもまた良いものだと思う。この作品のように人を見ているつもりで、実は鏡を見ていた気分にさせられる場合は特にだが。サムスンの変化の原動力になった女性たちがあらゆる意味で強く、その生きる姿勢が心に残る

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コレラの時代の愛
コレラの時代の愛
ガブリエル・ガルシア=マルケス(著)
【新潮社】
定価3150円(税込)
2006年10月
ISBN-4105090143
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評価:★★★★★
 小説を読む喜びが溢れ出す。言葉の一つ一つが笑いと豊かさに満ち、感情の複雑さを余すことなく伝える。先を知りたくなる物語の面白さと、読んではすぐ読み返したくなる葛藤の中ゆっくりと読み進む。登場人物達は確かな質感と重量感をもち、原色が原色のままで反響し合う鮮やかさに目を見張り、彼らの情熱的でむせ返るような香りを深く吸い込む。話は至ってシンプル、76歳の男が夫を亡くしたばかりの72歳の女に愛を告げる……半世紀待ち続けたその長い年月が最初から描かれる。男は過剰なまでに様々な女たちと関係を持ちながらも、心では女を思い続け独身を通す。19世紀から20世紀初頭、内戦やコレラの流行を背景に、其々の歳月の描写が詳細を極める。女が男の愛を受け入れるようになるには、別の男との長い結婚生活、様々な試練を乗り越えてきた年月が必要であり、彼女が人間のありのままの姿や老いを受容出来て初めて、欠点の多い男しかも老いた男を愛することが出来る。二人が初めて嗅ぐお互いのすえた匂いは熟成だと思えるほど彼らに寄り添って読んだ。老いた二人が人生の終息に向うどころか解放された「愛」にひたすら感嘆する。

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