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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年5月の課題図書図書ランキング

水上のパッサカリア
水上のパッサカリア
海野碧(著)
【光文社】
定価1470円(税込)
2007年3月
ISBN-9784334925413
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  小松 むつみ
 
評価:★★★★★
 これがデビュー作だとは、にわかには信じられない。よほど暖められた作品なのか、満を持してのデビューなのか、あまりの完成度の高さに手放しの賞賛を贈りたい。怜悧な心を内に秘めながら、毅然として孤独に人生を生きてきた男に、つかの間訪れた幸福な時間、そして、突然の喪失。彼の人生の軌跡を追いながら、失われたものの裏側に横たわっていた過酷な真実が、詳らかにされていく。
 前半の、何か秘密の匂いを漂わせながらも、田舎町の静かな湖畔に立つ古びた一軒家でつつましくも、堅実に暮らしを整えていく二人の姿から、一転して後半は怒涛の展開を見せるハードボイルドの様を呈する。静と動の鮮やかな切り替わり。しかし、その展開に溺れることなく、淡々と、精緻に筆は進められ、読者は息をつめて読み進み、ふーっとひとつ息を吐いて、大きな満足感とともに本を閉じることとなるだろう。

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  神田 宏
 
評価:★★★★
 『狙撃手が潜んだとしてもかなりの距離があるし、家は翡翠湖からいくらか突き出た部分に建っているので、左右数百メートルには湖水しかなかった。ボートで接岸されて撃たれたら身を伏せるしかないが。』『私にとっての女はまず性的な欲望の対象に過ぎず、あとはこちらの気の向いた時に(中略)くだらない冗談で笑わせてくれればそれでよかった。』ってゴルゴ13か。と、思いたくなる様なハードな設定。女を連れて郊外の湖畔に居を構える男から饐えて立上がる暗い過去。と、ここまで書くとクールで無慈悲な背中がツボに入る人には入るのだろうが、著者の筆はあくまで美しい。ミステリとしてより一般小説のような精緻さと芳醇な描写。湖畔の町から国分寺の旧家へとミステリは進むのだが、何よりも文体に惚れました。ラストの数行は久々泣きました。繊細さがほとばしる泣けるハードボイルドです。

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  福井 雅子
 
評価:★★★★★
 湖畔の一軒家で静かな生活を送っていた自動車整備士の大道寺勉は、一緒に暮らしていた最愛の女性を突然の自動車事故で失う。その死が自分の過去に絡む陰謀によるものだとかつての仲間から知らされた勉は、欲望と危険が渦巻く世界に再び足を踏み入れる。
 欲と血にまみれた裏社会の人間関係、サバイバルキャンプ仕込みの主人公が繰り広げる躍動感あふれるアクションとサバイバル術、湖のように静かで深い男と女の愛、どれもが静かだが力強い筆致で丁寧に描き出されている。日本ミステリー大賞新人賞受賞作と聞いてはいたが、ベストセラー作家の最新傑作と言われてもうなずけるほどのレベルの高さに、正直、驚いた。時々こんな作品に出会えるから、本読みはやめられない。作品全体を背骨のように支えているのが、早朝の湖のようにしんと静かで深く澄み渡った愛である──という構成も心憎い。絶対お薦めの快心作。次の作品が待ちきれない!

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  小室 まどか
 
評価:★★★★
 Q県の湖畔の家で暮らす「私」は、巧妙に装われたその平凡で堅実そうな生活の裏に、実は信じられないような過去を持っていた。半年前に愛する女・菜津を失ったのをきっかけに、「私」にその影が迫る――。
 序盤から謎めいた雰囲気と緊迫感を持続し、「私」が急速かつ無理やりに過去に呼び戻される後半に至って、惜しげもなく謎を明かしていく一方、次々と味のあるキャラクターを登場させ、飽きさせない。設定はやや現実味を欠き、オチのつけ方も若干強引ではあるが、ミステリというよりは、こうした展開の緩急と洗練された騙し合いを愉しむエンタテイメントととらえれば、さほど気にはならない。油断も隙もなく、他人に心を許すことのないはずの「私」に、変に律儀なところやある種の感傷があったり、得体の知れない計算ずくで冷徹なヤクザの岡野に、意外に憎めない魅力や弱点があったりなど、人物造形にも深みと茶目っ気が感じられるのが好もしい。

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  磯部 智子
 
評価:★★★
 女性の描き方が、あまりに「モノ」扱いなので、なんと無防備な作家なのかと思ったら女性だった。遅咲きの新人作家がもつ独自の感覚なのか、あるいは計算の結果なのかは解らないが、この「ハードボイルド」作品にはよくはまっていた。物事が全てカッコよく運ぶにはあまりにも細部が詳細に書き込まれ、その泥臭さがかえって真実味を与えているように感じ、伊坂幸太郎作品を地上に下ろしたような印象をもつ。今は平穏な暮らしを送る男の秘密めいた過去、一緒に暮らす女の死は本当に事故死だったのか。過去に引きずられまたもや泥沼に戻っていくのかと思いきや、後半意外な展開になる。かつての裏稼業の仲間達との係わり合いから男の生い立ちが明らかになり、その後は群像劇のようになるのだが、謎が解明されるたびややスケールの小さい答えを前にガッカリするより、ああ現実はこんなところかもしれないと妙に納得させられる。現時点でも人間をはじめとする描写に優れた作家なので今後どう書くかより何を書くかにより一層注目していきたい。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★★
 淡々とした筆致で、何が始まるのか、始まっているのかさえ最初は気付けなかった。抑制のきいた文章から少しずつ感情が見えてきて、最後には、ありきたりな言い方だが胸がいっぱいになった。
 平凡な女性として描写される奈津がどんどん存在感を増してゆくにつれ、話の筋がみえてきた。語り手の職業がわかり、いまの立ち位置がわかってくると、次は何がみえてくるのだろうとページを繰る手が早まる。ぶれることのない筆致がもたらすラストのカタルシス。私も審査員だったら文句なくこの作品を新人賞に推したと思う。

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