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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年5月のランキング>神田 宏

神田 宏の<<書評>>
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家日和 水上のパッサカリア 花宵道中 桜川ピクニック ハルさん 酸素は鏡に映らない 嘘は刻む 林檎の木の下で リヴァイアサン号殺人事件 エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇


家日和
家日和
奥田英朗(著)
【集英社】
定価1470円(税込)
2007年4月
ISBN-9784087748529

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評価:★★★★
 「家」を巡る6編。家と言っても旧家であったり、魑魅魍魎が跋扈するような屋敷では全然ない。勤め人の夫と主婦と子供がいる都会近郊のフツーの「家」である。僕らの日常と言っても良い。だが、その「家」ではありがちなんだけど、当人にとってはちょっとした齟齬のような違和感があったりする。まあでもそのことも至極、ありふれた悩みだったりするのだが、著者の温かい筆はそんな、ちょっとした不安にとらわれながらも、日常を続けてゆく人々のけなげだけど可笑しな姿を伝えてくれます。それは、ネットオークションに夢中になる妻であったり、会社が倒産して、息子に弁当を作る夫の姿だったり、妻と別居した夫のささやかな自己満足だったり。身につまされる噺であります。こうして、汲々する日々の中に幸せがあるのかな。そんなことを、息子の弁当をアンパンマンのハンカチで包む失業夫の背中に、ポリスの『シンクロ二シティ』をアナログで聴くために大枚はたいてステレオセットを買う別居中の夫の背中に感じましたよ。はい。
 今、話題の写真家の装丁写真も内容とベストマッチです。

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水上のパッサカリア
水上のパッサカリア
海野碧(著)
【光文社】
定価1470円(税込)
2007年3月
ISBN-9784334925413
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評価:★★★★
 『狙撃手が潜んだとしてもかなりの距離があるし、家は翡翠湖からいくらか突き出た部分に建っているので、左右数百メートルには湖水しかなかった。ボートで接岸されて撃たれたら身を伏せるしかないが。』『私にとっての女はまず性的な欲望の対象に過ぎず、あとはこちらの気の向いた時に(中略)くだらない冗談で笑わせてくれればそれでよかった。』ってゴルゴ13か。と、思いたくなる様なハードな設定。女を連れて郊外の湖畔に居を構える男から饐えて立上がる暗い過去。と、ここまで書くとクールで無慈悲な背中がツボに入る人には入るのだろうが、著者の筆はあくまで美しい。ミステリとしてより一般小説のような精緻さと芳醇な描写。湖畔の町から国分寺の旧家へとミステリは進むのだが、何よりも文体に惚れました。ラストの数行は久々泣きました。繊細さがほとばしる泣けるハードボイルドです。

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花宵道中
花宵道中
宮木あや子 (著)
【新潮社】 
定価1470円(税込)
2007年2月
ISBN-9784103038313
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評価:★★★★
 「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞受賞と言うことで、この芳醇で煌びやかなそしてしっとりとしたエロティシズムの眩惑は、まあ、R-18指定ですな。とは、いってもオヤジのスポーツ紙張りのエロスとは違った芳しい湿潤さは、著者が女性ならではのなせる業かどうかは判断がつきかねるのだが、江戸、吉原の遊郭を舞台にした連作の中篇は、凡百な遊女の悲哀を描くのではなく、虚に身を焦がしながらも実の恋を求めてやまぬ女性の美しさを細やかに描き尽くしている。『夜になれば好いてもいない男の魔羅を咥え込み、明け方になれば好いてもいない男にまた会いたいと媚を売る。それで良いのか。暗い部屋の中、ばいん、と不快な音を響かせて弦が切れた。』という文章のように強度のある文体は、色彩的、感覚的なディテールを遊女のはすっぱな江戸言葉に対比させ描くことに成功している。それはハレの日の花魁道中、しゃなりしゃなりと内八文字を踏む高下駄の乾いたじゃりじゃりとした音と、気だるい午後に、暗い廊下をきしませる歩く、くぐもった衣擦れの日常の中で、凛として生きる女の矜持を描いているのだ。

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桜川ピクニック
桜川ピクニック
川端裕人(著)
【文藝春秋】
定価1300円(税込)
2007年3月
ISBN-9784163257006
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評価:★★★★
 読み始めてしばらくしたら、正直、「はいはい、わかりましたよ。」ってな感じで食傷気味になった。っていうのも物分り良すぎるんだよ。「男女平等!」。「男も子育てを!」ってなことに違和感を感じながらも、やってみると見えてきた意外な日常性?みたいなステレオタイプが。裏返せば唯のマッチョ、男根主義。そんな、斜に構えた僕の気持ちを蹴飛ばして笑い飛ばす『おしり関係』に出逢うまでは。おお、この中篇の馬鹿馬鹿しさを。そして、子育てって理屈じゃないかもって思わせるパワーを。「おしり、おしりー」とパンクのリズムでジェンダーやら、男女共同参画社会やらを吹き飛ばす可笑しさを知ってからは、かしこまって意地張っていた自分にごめんなさいの読後感。しばらくはクレヨンしんちゃんばりのおしりくねくねが抜けなかったぞ。ホントに。お馬鹿家族に乾杯!

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ハルさん
ハルさん
藤野恵美(著)
【東京創元社】
定価1680円(税込)
2007年2月
ISBN-9784488017316
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評価:★★★
 妻に先立たれた人形作家。その娘の二人三脚のハートウォーミンな成長譚。まあ、大きな外れはないだろうとの思いを裏切らない。定型に落とし込まれた一章づつにちょっとした事件も盛り込まれて、それなりに楽しめた。それだけのはずだったが。意外や意外。キャラが立っているというか凡庸でいながらいい味を出しているのです。人形作家だからといって天才肌でもない父「ハルさん」や商売相手の「浪漫堂」。娘の「ふうちゃん」。それぞれが個性を持って生きているのだ。ミステリとしてよりジュブナイルっぽい作風に思えた。願わくばこの作品を読んだ10代の少年少女たちが素直に「よかった」と思える世の中であればいいが。

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酸素は鏡に映らない
酸素は鏡に映らない
上遠野浩平(著)
【講談社】 
定価2100円(税込)
2007年3月
ISBN-9784062705820

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評価:★★
 凝った装丁、懐かしみを帯びた挿画、それはアニメの一場面のようだ。漢字にはルビが打たれ、少し厚めのページは角がまあるくカットされている。少年の頃、学校図書館で読んだ冒険物語を思い出す佇まい。懐かしさの中に『酸素は・・・・・・』の不思議めいた表題。すわっ、これはジュブナイルのニューウェーブかと期待しながら読み始めた。ヒーロー物のTVドラマの主人公を演じる青年や、やや謎めいた「世界の支配者」=「オキシジェン」と呼ばれる青年や姉弟が謎の金貨を巡って冒険活劇に出立。うーん、メタフィクショナルな装いまで仕込むとは。と、うなってみたものの、、ついぞ物語りは立ち上がらず、書割めいた台詞が空しく宙を舞うばかり。『自分だけの確固とした意思、そんなものは存在しない』といった「オキシジェン」のアフォリズムめいた言葉が悲しく響く。この、素敵な装丁に★プラスワンってところで・・・・・・ 

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嘘は刻む
嘘は刻む
エリザベス・フェラーズ(著)
【長崎出版】
定価2310円(税込)
2007年3月
ISBN-9784860951863
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評価:★★★
 英国クラシックミステリとは、このような作品であるのかと納得。イギリスの片田舎で殺害された家具デザイナーの部屋には狂った100の時計が、狂った時を告げる。そこを、偶然訪れた、「ジャスティン・エマリー」はクローズドサークルめいた田舎町で、それぞれが動機を持つような人間関係の中で推理を進めてゆく。その中には、往年の友人「グレース」までも疑いの眼差しで見るのであった。ホントに教科書めいた設定と謎解き。1954年に発表されたという本作は、ミステリが確固とした解決に向かって弁証法的に進んでゆけた時代の幸福の中でまどろんでいた。

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林檎の木の下で
林檎の木の下で
アリス・マンロー(著)
【新潮社】 
定価2415円(税込)
2007年3月
ISBN-9784105900588
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評価:★★★★★
 僕たちに馴染みの、一人称で語られる私小説めいた家族の物語。しかしスケールは大きく、古くは19世紀のスコットランドの妖精蠢く丘陵地帯から、大西洋を渡って未開のカナダへとそれぞれの土地で生をまっとうしてゆく祖先のつつましくも逞しい姿を著者は静かな、慈しむかのような緩やかな筆でゆっくりと書き進める。その悠久の流れは、個を超えて累々と流れる物語を、古層から蘇(よみがえり)させることに成功している。インディアンの娘に向けられる人攫いの疑惑の挿話。活動的な母が夢見た煌びやかな時代の挿話。平凡な労働者になった父。若かりし著者が感じた階級社会への違和感。そういったものの、背後はあの貧しいスコットランドの前近代的なまどろみに端を発していたのだ。そしてそこは『黄金なる林檎の樹、美しく流るる歌姫のこえ』(ゴールズワージ)と歌われた調和の世界への黄泉帰り(よみがえり)でもあったのだ。そういえばゴールズワージの主人公の少女も貧しさの中、疑心にまみれて旅立ったのではなかったか? しかしそこには、個を超えた貧しくも美しいものへの憧憬があったのではなかったか? この長編が燻らす上質な憧憬は、はかなくも散る林檎の花びらとなって静かに静かに僕の心に降り注いだ。

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リヴァイアサン号殺人事件
リヴァイアサン号殺人事件
ポリス・アクーニン(著)
【岩波書店】
定価1680円(税込)
2007年2月
ISBN-9784000246347
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評価:★★★★
「アクーニン」=「悪人」という人を喰ったようなペンネームだけあって、作品にも喰わされます。パリで起こった冷血な大量殺人、その容疑者が豪華客船に乗り込んだとあって、ちょっと自意識過剰だが、憎めない「ゴーシュ警部」は嬉々として捜査を開始したが、そこで出会うは頭脳明晰なロシア人青年、我らが「ファンドーリン」であった。日本への外交官としての赴任途上であった。船上のまさにクローズドサークル。怪しげな人々を次々に槍玉にあげてゆく「ゴーシュ」であったが、そこには謎の「サムライ」=「アオノ」なる日本人もいたりして、そのステレオタイプな東洋人の描写はまあ、人を喰ったようなペンネームに免じておくとして、ウィットに富んだストーリーは、にやりとすること、請け合い。そう来たか!と思わせる謎解きも納得の面白ミステリに仕上がってます。

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エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇
エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇
ナギーブ・マフフーズ(著)
【早川書房】
定価2100円(税込)
2007年3月
ISBN-9784152088024
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評価:★★★
 アンソロジーの楽しみは、意外な作家との出会いに尽きる。そういった意味では『地球は広い まだまだ続く 不思議な国への旅』と帯にあるとおり、読書の幅を広げる水先案内にはうってつけの一冊。しかもそれが『異色作家短編集』とあっては、なおさらのこと。でるわでるわの珍妙さ。『奇妙な考古学』に描かれた今は懐かし東欧諸国の硬直したイデオロギー下に生きる人々の苦悩。『トリニティ・カレッジに逃げた猫』のマッドサイエンティストの馬鹿馬鹿しさ。『オレンジ・ブランデーをつくる男たち』の南米のマジックリアリズムの香り。『死んだバイオリン弾き』のB級ホラー映画のようなくすぐったさ。『誕生祝い』のバタイユを彷彿させるエロティシズム。不思議ワールド満載だ。しかし、表題作は2度通読したが最後まで「???」が頭から離れなかったぞ。それも「異色」なる所以だろうか?

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