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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年7月の課題図書ランキング

囚人のジレンマ
囚人のジレンマ
リチャード パワーズ(著)
【みすず書房】 
定価3360円(税込)
2007年5月
ISBN-9784622072966
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  川畑 詩子
 
評価:★★★★★
 謎の病気を患った父親は頑固にも病院に行こうとしない。いつも家族に謎かけをしては、皮肉な笑みを浮かべている。そんな厄介者的な存在だった父親が、次第に愛すべき人に見えてきた。
 父親が困難な生き方をするのは、何かに抗っているためなのは分かるのだが、何に対してどんな戦術で闘っていたのかは簡単に言えるものではない。
 第二次世界大戦におけるアメリカの戦時体制や戦意高揚の手段は知らなかった事ばかりで、史実をベースにしながら想像を大いに盛り込まれたそれはとても興味深かった。そして、あの閃光で人生観が一変した人がアメリカにもいたことに驚きを感じた。しかし、戦うべき相手を「戦争」に単純化することもできない、そんな深さがこの話にある。88年に書いたと思えないほど、9.11以降の世界を暗示しているのだ。世界と個人の関係にまともに向き合った骨太な作品。
 父親の問題に自分たちも向きあわざるを得ない家族の姿もよみごたえあり。離れられない家族というもののどうしようもなさと、深い結びつきが細やかに描かれています。

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  神田 宏
 
評価:★★★★★
 冒頭、父エディと共に暗い空を見あげるホブソン家の子供たち、エディが懐中電灯で示すはるか上空には星々が明滅している(が子供たちには暗くて見えない)。語り手の長男アーティは「父は、僕たちに、人は知れば知るほど傷つけられにくくなる、と言っているように思える。でも父はこの上なく重要な問い、いかにして知に到達するのかという問いには答えてくれず、生徒たる僕たちに宿題として託す。」と回想する。ホブソン家の美しかった頃の思い出。そして話は語りの層を変えて末っ子のエディ・ジュニアの18歳の誕生日前後のホブソン家に移る。父エディは謎の発作に見舞われ、その知的な頭脳はなぞなぞやアフォリズムとして家族にもたらせる、そしてそれは時に混迷を深め家族は父に病院に行くことを勧める。そして話はさらに異なる層にジャンプし、第二次世界大戦中のディズニーの日系人に対する強制収容を救うとんでもない計画に移り、さらにメタレベルの挿話も飛び出したりいかにも現代小説風の意匠を身にまとってゆくのだが、コアな部分はシンプルで痛烈に現代を批評する父エディに対してアーティが言う「世紀末の無感覚症に屈するあまり、(中略)父さんのジレンマの核心に向き合おうとしなかったのだ。それこそが(中略)父さんのジレンマなのだ。」今日感じることが不可能だとアーティが感じる「それ」。「一度でも足を止めれば自分を引き裂くであろう世界の中へ父はしゃにむに駆け込んでゆく。そして突然、僕は確信する。これさえあれば、教室の外の荒々しい美に自分は殺されずにすむはずだ」の「これ」。「唯一の出口は〈きみ−対−彼〉の中に閉じ込められた〈われわれ−と−われわれ〉を解き放つこと。」そのことこそが冒頭子供たちに示された問いの答えになりえて、エディが狂気に沈みながらも伝えようとしたことのエッセンスなのだ。そして、その「それ」「これ」を現代社会で確かに人々に伝えるには確信めいて、声高に言及できず、さらに回避できない罠が仕掛けられている。ミイラ取りがミイラになってしまうのだ。作者は文体においても「囚人のジレンマ」陥らないように多重にずらし、はぐらかす構造にしたのだ。まったく、恐れ入った。で「これ」、「それ」って何? それは読者それぞれが見つけて下さい。

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  小室 まどか
 
評価:★★★
 父親エディの抱える原因不明の病に立ち向かう1980年代のボブソン家が現在進行形で描かれる1〜21の番号の付された章、ボブソン家の子どもたちが父親との過去のエピソードを語る書体の異なるフラグメンツ、ディズニーをキーパーソンとして登場させ、エディが体験した現代アメリカ史を虚実取り混ぜて語る年代の付された記録、の三つの部分が交錯する構成。
 囚人のジレンマはゲーム理論で扱われる事象だが、話し合いのできない状況下で、協力しあったほうがよい結果をもたらすにもかかわらず、人は自らの死という最悪の状況を回避するためには、相手を裏切る選択をしがちである。歴史教師であったエディが、人生をかけてこの難問に取り組むのが話の肝のようなのだが、眩暈がしそうなくらい謎かけや作話が多いため、漫然と読んでいたら表層をなぞっただけで終わってしまった。アメリカの歴史・習俗・文学への造詣が深ければ、かなり楽しめたであろう(訳注の多さ!と丁寧さからも推測される)。もうちょっと勉強してから読み直したい作品。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★★
 生き残りをかけたゲームをタイトルに持つ小説。バワーズは最新作が全米図書賞を受賞し、いつかは読もうと思っていた作家。膨大な知識と笑いと重層な構造を持ち、そして何より「家族」の小説だった。ホブソン家の父エディは、復員後、時々原因が解らぬ発作を起こすようになり、自分だけの世界「ホブズタウン」に引きこもる。そして時にジョーク(警句?)を連発し、「なぞなぞ」のような問いかけを繰り返す。パワーズ自身、彼の小説を「ローカルな弧とグローバルな弧の交差」だと定義しているが、本作では前者が家族であり、後者が第二次世界大戦を中心に見据えた20世紀で、更にもう一つ加えられた三層で構成されている。妻と4人の子供たちは、それぞれ役割があり、一致団結して父と家族を支えようとするが、肝心の父が、歴史の教師であったことに象徴されるように、物事を先まで見通すことにより、逆に思考停止に陥り身動きが取れない。父に鍛えられ、極度に知的に成長した子供たちだが、父のルールに従う以上は、同じ呪縛に囚われる。果たして一家は父の謎を解き、このジレンマから抜け出せるのか? 人間が自分だけの利益を追求すると、なぜ不幸になるのか……その先にある答えがこの小説全体を温かく貫いている。そして更に意外な、いや、これこそホブソン家らしい粘り強い愛情なのだというラストにニヤリとした。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 初めての作家の本を読む時は、自分の読みとどこでピントをあわせて読みすすめられるか手探りのようにそろそろページを繰っていく。短編のように先のみえるページ数ではないだけに、ピントがあうまでは、個人的にはスリリングな読書タイムだ。読んでいくうちに、これは家族の話なんだとあわせる焦点を発見。夫婦というふたりの単位から子どもがうまれその数が増えていくなかで、家族でしか通じない言葉、家族語が形成されていくが、ここでも、父親の出すむずかしい「なぞなぞ」を子どもたちが解いていくことで、この一家の言葉が発展し、性質をつくりあげていく。
 それらの形成を、言葉を惜しむことなく語っていくなかで、物語はふくらみ、成長した子どもたちから今度は父の歴史へとさかのぼる。並行して語られるディズニーの映画の話もまた父のたどった時代とかぶり、ますますたがやされていく物語。とっぷりとその世界はまった。

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